7 教師、恵比寿顔
おいしくなかったペピーノもどきはともかく、ダンジョンの中を丹念に探索すると、いろいろな面白い発見があった。
鉱石は傷つけられるとじわっと元に戻るし、ペピーノもどきをもぐとすぐまた実が生る。とても不思議だ。
ときどき半魚人と出くわしたが、半魚人はこちらが農具を武器がわりに持っていることに気づくと、ボチャンと潜って逃げてしまった。
こちらが武器っぽいものを持っているとスライムやコウモリもすぐ逃げてしまう。
それを見ると基本的に安全なところっぽいが、油断せず慎重に進む。
「配信どんな感じ?」
「うわ、同接500万だって!」
なんということだ。ライトノベルのダンジョン配信みたいな数字が出ているではないか。
画面を見せてもらうとすごい勢いで投げ銭がされている。ちょっと怖い。
『政府の公式ダンジョン配信クソつまんないから来ました』
『中学生に負けてる政府 イズ なに』
『政府の公式配信はここと違って細かい発見とか無視してひたすら踏破するだけだからなあ』
『神は細部に宿るってやつだな』
おお、めちゃめちゃに褒められているぞ。嬉しくなる。
『中学生だけでダンジョン配信してるって親とか学校にバレたらヤバいことにならない?』
『てかもうバレてるでしょ、同接500万だぞ』
それはちょっと怖いな。ドキドキする。そんな中5万円の投げ銭が飛んだ。
『俺中学教師なんだけど、こいつら俺の教えてるクラスの生徒だわ』
「ウワー!!!! ヤバいじゃん!!!!」
「豪、落ち着け。こういうのは単なる目立ちたがり屋だ。関心を引こうとして嘘をついているだけかもしれない」
「そ、そっか……そうだね、その通りだ……」
「それに本当の教師が5万円投げるか? 親ともども呼び出してコッテリお説教ルートだろ」
「愛助、冷静だね……」
まひろが冷や汗をかいた顔をしている。
その日の探索はそこでやめることにした。地上に戻ってハシゴを撤収し、清臣さんのボルボに積んで、清臣さんの家で着替えて帰ることになった。
夜は興奮してなかなか寝付けなかった。こんなに興奮するのは修学旅行で新宿末廣亭に行ったとき以来だ。落語に興奮する俺というのはなんなのか。
配信収益がドッサリ入る。そしてそれを握りしめて、東京に遊びにいく。コミケにだって行けるかもしれない。
ワクワクすっぞ!!!!
◇◇◇◇
とてもかったるく、月曜日の学校である。
放課後、美術室横の階段にいつメンが集まり、豪のスマホで配信収益を見せてもらった。
ちょっとビックリする額で、みんなで目をぱちぱちする。
「ところで豪が1人でやってた配信ってどうしてる?」
「アーカイブを非公開にしてある。でも正直ダンジョン配信のほうが稼げるから1人でやってた配信はやめようと思う」
「なんか、ごめん」
「いいんだ。どうせロリータっていってもしまむらの服だったし、メイクだってキャンメイクだったし、ウィッグもやっすいコスプレ用のやつだし」
そんな話をしていると、まさ爺が階段を降りてきた。
「お前らちょっといいか。第三相談室に来い」
……バレてた……。
4人して顔を青くする。まさ爺は心なしか嬉しそうな足取り。やはり教師というのは学校という地獄の獄卒なのだ。そんなふうに思った。
◇◇◇◇
まさ爺は言った。
「単刀直入に言うぞ。サインをくれ」
「……はい?」
「先生を含め、先生の家族はお前たちの配信の大ファンなんだ。きのうの昼、見るものがなくてユーチューブ見てたらたまたまお前らの配信の切り抜きが目に入って、なんだけしからんと思って見てみたらそりゃもう面白くてな。配信アプリダウンロードしちゃった」
まさ爺は恵比寿顔である。
「学校や進学先になんか言われたら誤魔化してやるから、サインをくれ。お前らはビッグになるぞ」
拍子抜けしてしまった。とにかく渡された色紙にサインする。練習なんかしていないからただ名前を書いた感じである。
「そうだ、お前ら東京のダンジョン科のある高校に進学する気はないか? 政府は3年後を目処に、ダンジョンに自由に出入りする許可を出す予定で、ダンジョン配信者を養成する高校が今年から入学の受付を始めているんだ」
豪がモニョり声で答えた。
「それはちょっと……僕は鳳鳴を出てそこから東大理Ⅲを目指さないといけないので……」
「お前の成績ならそれもできるだろうが……ほかはどうだ?」
「俺の家族ダンジョンに興味ないんで、ほーんって流されて終わりですね……」
「おれも無理っす。ふつうのとこに進学してニプロで定年まで働くのが目標なんで」
直言もだめなようだ。
「わたしは行きたいけどな、ダンジョン科……ただ親は反対すると思うんですけど、それって学費、仙台の音楽が学べる高校とどっち高いんですか?」
「え、まひろ仙台に進学すんの!?」
「うん。言ってなかった?」
知らなかった。そうか、まひろとは離れ離れになるのか。ちょっと悲しくなる。
「なんでまひろが仙台に進学するので愛助が悲しくなるのさ」
「愛助、お前めちゃめちゃ表情に思ったことが出るから気をつけたほうがいいぞ」
豪と直言にツッコまれてしまった。たぶんもうまひろと付き合っているのはバレているのだと思う。
改めてまさ爺の話を聞く。
「そりゃあ……ダンジョン科は国がどんとお金を出してやるから、音楽高校なんかよりはずっと学費も安いし、全国から生徒を集めるから寮も完備だし」
「ちょっと家族と相談してみます」
「ええ!?」
「ええ!?」
「ええ!?」
まひろの行動力にただただビックリする男3人であった。
◇◇◇◇
「やっぱサインの練習しなきゃな」
「そうだな……愛助はローマ字で書いたらショボくなりそうだな」
「ダンジョン科かー。楽しそうだなー」
浮かれポンチの俺と直言とまひろを、豪が冷静に睨む。
「あのさ、もうちょっと現実見ようよ。まさ爺はファンのよしみで庇ってくれるみたいだけどさ、僕らのやってることってギリギリのグレーゾーンなんだからね? いつ国のえらい人が気づいて、白い服の人に連れて行かれるかわかんないんだからね?」
なんだその「白い服の人に連れて行かれる」とは。
「でも豪、ダンジョン配信ノリノリでやってんじゃん」
「だってそれは楽しいから……でも僕は中学生の間だけにするよ。清臣おじさんみたいに祖母に嫌われたらもうあの家には住めないからね」
「なんで豪くんはおばあ様に嫌われるのをそんなに怖がるの? 家族に嫌いな人がいたっていいじゃない。わたし、親をこの人たち毒親だなって思って暮らしてるよ?」
まひろの境遇はともかく。
とりあえずダンジョン配信は中学の間だけにしよう。そこからは、そのとき話し合おう。俺たちはそこで意見の一致を見た。俺たちはまだ、人生を見はるかすほどの丘には辿り着いていない。(つづく)
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