6 保護者、登場

 みんなで豪のお婆さんのところに挨拶にいく。豪のお婆さんは「上品なお婆さん」という印象で、シンプルながら高そうな服をきて、きれいに化粧をしていた。


「あらぁみなさんが豪さんのお友達? みんなとても爽やかで賢そう。豪さんと仲良くしてあげてね。本当に、清臣もこうだったらよかったのに」


 豪のお婆さんはしみじみと僕らを見たあとだれかに文句をつけ、お茶と見たことのないお菓子を出してきた。カメの形の砂糖菓子で、口にいれるとジュワッと溶けてとてもおいしい。高級品だろうと思われるので1粒でやめておいたが、あとでもう一粒くらい食べてもよかったのかな、と思った。


 豪の部屋に戻る。


「清臣ってだれ?」


「僕の伯父さん。要するに父さんの兄さん。医者の家の長男なのに血を見ると具合を悪くする体質で、医者になれなかったせいで祖母にめちゃめちゃ嫌われてる」


「なんのお仕事をしていらっしゃるの?」


 まひろが「声に出して読みたい美しい日本語」でそう言うと、豪は少し考えた。


「うーん。いわゆる『親戚の、なんの仕事をしているかわからないけど、楽しそうにおひとり様で生きてるおじさん』ってやつ」


「それって漫画に出てくる概念じゃないんだ」


 まひろの鋭いツッコミに、豪は頷いた。


「でも頼りになるんだよ。配信のやり方を教えてくれたの清臣おじさん。未発見のダンジョンなら勝手に入っても捕まらないって教えてくれたのも清臣おじさん」


「……その人の家に、武器防具置けばよくね?」


 直言がそう提案し、満場一致で可決となった。その日の夜に荷物を運んでもらい、次の週末顔を合わせて、清臣さんが大事に乗り回しているというボルボでダンジョンまで送ってくれることになった。


 ◇◇◇◇


 清臣さんは俺の父親と変わらない世代の、背の高いメガネをかけた男性だった。


「おー。西遊記みたいのが来たな」


 俺たちを見て清臣さんはそう言った。確かにまひろが三蔵法師で……誰がサルで誰がブタで誰がカッパか、という議論を始めたら喧嘩になるのでやめよう、ということになった。


「ふつう大人ってこういう無謀なことは止めるものだと思ってました」


 三蔵法師、ではなくまひろが言う。なお三蔵法師は歴代のテレビドラマなどで女性の俳優が演じている印象が強いが、原作ではばっちり男性である。


「おもしろければそれでいいんだ。危ない目に遭わないように提案できることもあるしな。楽しく生きるのがいちばんだよ」


 清臣さんはふむ、と鼻を鳴らし、一言言った。


「いまのところ、政府の管轄するダンジョンでも、命に関わる危険は発見されていない。地上とは違う生態系なのは確かだが、そもそも人に害を与える生き物は確認されていないし、ダンジョンを出ればダンジョンで負った怪我は回復することが確認されてる」


 そういや手の皮がぺろんとなったとこ、すぐ治ったっけな。


「だから、お前さんらにはダンジョンを面白がってほしい。バレて責められたときは、責任は私がとる……かもしれない。なんせ社会の責任とは無関係なのが私だしな。中学生はバカやるのがいちばんだ」


 なんて危なっかしい人だ。

 豪がモニョり顔で尋ねる。


「あの。ずっと気になってたんですけど、伯父さんってなんの仕事してるんです?」


「アニメ化したラノベ作家だけど? ああ、ペンネーム名乗ってるから知らないか。ラノベ作家になっても声優さんとは結婚できなかったよ、材木座くん……」


 材木座くんというのはどなたか存じ上げないが、とにかくそういう職種なので、法律にも詳しいし、ダンジョンの現状にも詳しいらしい。


「よし。ダンジョン行くか。ボルボくんに乗りなさい」


 そうだった、豪がXで予告した時間はもうすぐだ。清臣さんの車に乗り込み、武器やハシゴを運んでもらい、ダンジョンにハシゴを下ろす。


「じゃあ地上は任せました」


 豪がそう言い、みんなで清臣さんに頭を下げる。


「いってらっしゃい」


 ◇◇◇◇


「この間の入り口と同じだね」


 まひろがスマホを開く。画面にはこの間マッピングした地図がある。スライムに靴をとられて追いかけたエリアや、お爺さんを救出したエリアもあとから書き込んで記録してある。すげー。


「あんまり奥に行くと時間食うから、ハシゴのあるあたりを中心に探索しよう。配信時間は1時間くらいを目処にやってこっか」


 豪がそう提案し、一歩踏み出す。豪は自撮り棒で配信を始めた。

 あのときは舞い上がっていて気づかなかった、ダンジョンの細かいところに目をやる。宝石みたいなきれいな鉱物が壁から生えていたり、植物が生えていたりする。

 案外命に満ち溢れた世界なのかもしれない。生き物かどうかはさておいて。


「この鉱物きれい。なんていう石だろ」


 まひろが石をコンコンとつつく。まひろは家族で遊びに行った小坂の七滝で、パワーストーンとして売られていた蛍石のかけらを買ってきた、と喜んでいたくらいには鉱物が好きだ。東京にいたらミネラルマルシェとかに遊びに行ったに違いない。


 そうだ、俺たちはダンジョンで配信して、仙台や東京に行って豪遊するお金を得るのだ。


「同接100万超えたよ!」


 よっしゃ!!


『装備きちんとしてて本気なのを感じる』


『ぜったい学者さんと自衛官のダンジョン配信より面白いに決まってるよね』


『ゴーちゃん女装してお優雅配信しないの? ティーカップ持って……』


 ライトノベルで履修したネタが混ざるのを面白がりつつ、ダンジョンのきれいな鉱物や植物を観察する。


「不思議だよね、粘土みたいな柔らかい壁にこんな硬い鉱物が生えてくるなんて」


 豪がそう言い、紫色の鉱物を眺める。


「なんか果物生ってるぞ!」


 直言が指差した先には、毎週楽しみに観ている「趣味の園芸やさいの時間」で見たペピーノにそっくりな果物が生っていた。自信はないが記憶を辿れば葉っぱに至るまでペピーノにそっくりだ。スマホでAIに調べてもらったら間違いなくペピーノだという。


「……食べてみるか」


 俺は果物に手を伸ばした。トゲや職種が出てきて刺されるなどの事件は発生せず、ふつうにペピーノらしき果物をもぐことができた。


『やめとけ』


『やめとけって』


 これは「押すなよ、ぜったい押すなよ!」と同じ意味だな。ペピーノだったら甘いはずだ。

 ガリッ。


「に、にがぁっ!!」


 思わず絶叫して果物を吐いた。吐いた果物はシュワシュワと消えていった。

 とりあえず苦すぎて飲み込まなかったので事なきを得た。チャットは大草原になっている。投げ銭もどんどん飛んでいる。

 さあ、もっと行くぞ。いろはすを飲んで口直しをし、俺たちはダンジョンを進む。(つづく)

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