第7話 俺、一難去ってまた一難なんですか!?

D組の退学がかかった団体戦。C組を相手にした大一番は、結果3勝2敗。薄氷の上ではあったが、俺達は勝利し、D組は退学を免れ、クラス中が歓喜に沸いた。

一方で、C組の面々は信じられないといった表情を浮かべていた。誰もが「最強」と認める一ノ瀬アヤカが、まさか敗れるとは思っていなかったのだ。


だが、当のアヤカは違った。激戦の末に敗北したというのに、晴れやかな笑顔を浮かべ、俺に向かってこう言ったのだ。

「楽しかったね! またデュエルしようよ!」

そう言って、握手まで求めてきた。


そのあまりの爽やかさに、俺も思わず握手に応じてしまった。

見る者を圧倒した死闘の後に、互いを称え合う握手で幕を下ろす――その光景に、C組・D組の双方から大きな歓声が湧き起こる。誰もが心から「いい戦いだった」と思えた瞬間だった。


もちろん、勝者と敗者にはそれぞれ思うところがあるだろう。それでも――あの団体戦は、清々しく終わったのだ。


そんな過日の団体戦から二日後が経ち、D組は次なる戦い、『新入生歓迎デュエル大会』に臨もうとしていた。

団体戦からほとんど日を置かずに次なる大舞台とは忙しく思えるが、そもそも団体戦はD組の戦績があまりにも悪すぎたために急遽組まれたイベントなのだ。D組に関しては忙しかろうと自業自得、真に同情すべきは巻き込まれたC組の方だろう。


新入生歓迎デュエル大会は団体戦と異なり、基本的に1年生全員参加のイベントだ。腕に覚えが有ろうと無かろうと、誰もがデュエルを行わなければならない。

そんなイベントを前にして、D組の中では、僅かばかりの変化が起こった。


「犬飼君、デッキの事でちょっと相談があるんだけど……」


俺こと犬飼リョーマが、最近はクラスの色々な人間から『アルカナ&モンスターズ』に関する相談を受けるようになったのだ。デッキや戦術のこと、戦い方のアドバイスなどだ。


以前の俺は、「原作の犬飼リョーマ」を演じるために、常に傲慢不遜な嫌な奴を演じていた。そのせいで、クラスメイトから話しかけられることなど皆無だった。しかし、団体戦で一ノ瀬アヤカと激戦を繰り広げた事で、クラスメイトたちの俺への評価は、少しずつだがいい方向に変わり始めているようだった。


「ああ。この場面はこのカードを使うより、あえて温存してこっちを……」


対する俺はというと、実は態度を改めることにした。つまり、もう「原作の犬飼リョーマ」を演じるのをやめたのだ。


団体戦でアヤカと戦った時、俺は「犬飼リョーマを演じたままでは勝てない」と感じた。だから俺は、犬飼リョーマを演じず、純粋に自分として戦った。そしてあの戦いで味わった高揚感、勝利した時に思わず上げた雄たけび――あれは間違いなく、俺自身のものだった。


あの戦いの中で、俺は気づいたのだ。どんな因果で、どんな理由でこの世界に転生したのかはわからない。でも、俺はきっと、「犬飼リョーマを演じるため」ではなく、「犬飼リョーマに転生しながらも、自分として戦うため」にここにいるのだ、と。


だから、団体戦以降、俺は俺として振る舞うことに決めた。クラスの皆も、たまに「犬飼君、何か変わったよね」と噂している。まあ、その通りである。もっとも、急に態度が変わったからといって、今までの俺の傲慢な振る舞いを完全に許したわけではないだろうが。


変化と言えば、我らが主人公ツバサである。やはり彼は原作通り、先の団体戦で何かを掴んだようで、ここのところデュエルの勝率がグングンと上がっている。これまでは大幅に負け越していた彼だが、「もうすぐ勝率5割に復帰するぜ!」などと嬉しそうに語っていた。俺としても、原作を守るために陰ながら色々と動いた甲斐があるというものだ。これからも、可能な限り原作の流れは守って行こうと思う。ただし、犬飼リョーマとしてではなく、俺として。


話を戻そう。原作での新入生歓迎デュエル大会は、いわば『ツバサにとってのライバル登場イベント』だった。

成長を遂げ、戦績も実力もメキメキと上げるツバサの前に、強大なライバルが現れる。

そのライバルは、単なる「超えるべき壁」ではない。物語の最終盤に至るまで、幾度となくツバサの前に立ち塞がる宿命の存在なのだ。大会時点ではまだ「主人公」としてようやく覚醒したばかりのツバサにとって、その強さはあまりに鮮烈。圧倒され、打ちのめされ、何も残せぬまま敗北を喫することとなる。


敗北の瞬間、ツバサは思い知るのだ。己が目指す高みには、彼の想像を遥かに超える怪物が待ち構えていることを。そして、その怪物こそが、これから長きにわたり彼の成長を促し続ける「ライバル」だということを。

原作『アルカナ&モンスターズ』では、ツバサの前に様々な敵が立ち塞がるが、それらを総合し、この物語をあえて一言で表すならば、「二人の戦いの物語」。そう表現するに相応しいライバルが、今回の大会で現れる。


俺は、秘かに昂揚していた。原作の流れを必要以上に壊すつもりは依然として無いが、それでも、『俺は俺としてこの世界で生きる』と、そう決めたのだ。そんな俺が、この大会でどんな結果を、何を残せるのか。何を成せるのか。そう思うと、気持ちの昂りを抑えきれない。

原作通りにツバサが主役で、俺は原作通りにかませ犬で終わる存在かも知れない。それはそれで悪くない。『犬飼リョーマという役を演じる』、それを止めた上でその結果なら、何の文句も無い。


何よりあわよくば、俺も『ライバル』と戦ってみたい。勿論、ツバサの出番を奪うつもりなど無い。しかし、『ライバル』は俺を含めた多くの視聴者が『作中最強』と位置付けた最強のデュエリスト。

他ならぬ俺自身が知りたいのだ。原作には存在しなかった『俺』が、そんな『ライバル』を相手にどこまでやれるのかを。


――――――――――


更に数日が経ち、いよいよ新入生歓迎のデュエル大会が始まる。

この日は、A組からD組まで、新入生の皆が体育館に集められていた。思えば、退学の危機を伝えられたのもこの体育館だった。あの頃の俺は『原作の犬飼リョーマ』を演じていた。今となっては全てが懐かしい。

クラスごとに整列させられた生徒たちの間を見渡せば、期待に瞳を輝かせる者、不安に唇を噛む者、そして俺のように新たな決意を抱えている者と、その表情は実にさまざまだ。


そんなざわめきのただ中で――壇上に一人の影が現れた。


ピタリと空気が止まる。

まるで誰かがスイッチを切ったかのように、喧騒は一瞬で飲み込まれ、体育館全体に緊張の糸が張り巡らされる。


登場したのは、俺たちD組の担任でもある葛西先生だった。姿勢は真っすぐ、視線は鋭く、まるで一切の甘えを許さぬ刃のようだ。

壇上中央に立つだけで、そこが戦場に変わるような威圧感がある。


「――静かに」


その一声だけで、新入生たちの背筋が一斉に跳ね上がり、残っていた私語は消え失せる。


葛西先生は、生徒たちの反応を確認するように一度会場を見渡す。


「よし……」


低く、しかし確かな声がマイクを通じて会場全体に響き渡る。


「新入生諸君。これより――『新入生歓迎デュエル大会』を執り行う」


その宣言に、場内の空気がさらに張り詰める。ごくりと唾を飲み込む音が、あちこちから聞こえた。少し離れた位置にいるツバサが、無意識に拳を握り締めているのが分かる。カオリもまた、目を見開き、壇上を真っすぐに見つめていた。僅かに見えるC組の一ノ瀬アヤカは…余裕そうだった。彼女の性格上、純粋にこれから起こる事が楽しみなのだろう。いるよな。ああいう緊張とは無縁の奴。正直ちょっと羨ましい。

…そして、ここから視認することは出来ないが、この戦いで現れる『ライバル』も、剣呑な表情をしているのだろうか。


葛西先生の言葉は続く。


「この大会は、ただの余興ではない。入学したばかりのお前たちが、自らの力を示す最初の場である。勝ち負けはもちろん重要だが、それ以上に――この場で『何を見せるか』が問われる」


その声は決して大きくはない。だが、一語一語が鋼鉄のように重く、会場にいる全員の胸を打つ。俺もまた、心臓の鼓動が早まっていくのを感じていた。


「ここでの戦いは、今後の学園生活に確実に影響を与えるだろう。甘い気持ちで挑む者は、容赦なく淘汰される。だが逆に、強さを示した者は、一躍注目を浴びることになる。生徒の間でも、勿論それ以外でも」


会場のあちこちで、息を詰めたような気配が漂う。

張り詰めた空気の中、誰一人として笑っていない。皆、自分の中で何かを賭ける決意や覚悟を固め始めていた。俺とて、決意という意味では負けてはいない。


そして葛西先生は、淡々と告げる。


「以上が、大会の趣旨だ。次に、具体的なルールと形式を説明する」


会場の空気が一段と重く沈む。誰もがこれから語られる内容に、耳を澄ます。


「まず最初に告げておくが、これから始まるのは、新入生歓迎デュエル大会の『予選』だ。 流石にこの人数でトーナメントなど行えないからな」

「大多数の者は、予選で姿を消すことになる」


はっきりと告げられた一言に、生徒たちの間で小さなざわめきが走る。葛西先生は構わず、言葉を続けた。


「具体的な予選の形式だが、全員に平等に――4000点のDP(デュエルポイント)を配布する」


「デュエルで勝てばDPは増える。負ければ減る。ただし、対戦相手の所持DPによって増減量は変動する。強者に挑み、勝利すれば大きな報酬を得られる。だが、格下に負ければ――その代償は大きい」


体育館の空気がじわりと張り詰めていく。そんな中、ツバサが思わず息をのむ気配が隣から伝わってきた。彼の表情は緊張を残しつつも、これから始まる戦いに胸を躍らせているようにも見える。ここでその表情が出来る辺り、流石に主人公だ。


「自分のDPは各自のデュエルガジェットから常に確認できる。加えて、上位5名の名前と所持DPは、常に掲示され、リアルタイムで更新される」


会場の一部がざわついた。名前がさらされる。それは栄光というより、標的にされるという意味合いの方が強いだろう。

このルール、戦う相手のDPが高ければ高いほど、勝利時のメリットが大きく、敗北時のデメリットは少ないのだから。


「制限時間終了時点で、DPの多い上位8名が、本選に進出する」

「そして、この大会予選の制限時間についてだが…」

「本日午前10時より、3日後の午前10時が、制限時間終了時だ」

葛西先生は視線を全体に巡らせ、重々しく告げた。


この宣告に、流石に生徒たちは動揺を隠せないようであった。

3日。大会の予選期間としては、長い。


流石にこの長さの期間となれば、生徒達は各々ペース配分を考えることになる。頭脳派のカオリだけでなく、直情型のツバサでさえ、「どう戦うべきか」を考えるような表情を見せている。序盤からスタートダッシュをかけて逃げ切るか。後半で一気に追い上げるか。


更に言うなら、原作アニメではこの3日間の間に、DPの増減に関するいくつかのイベントが用意されているのだ。例えば、『DP逆転ゲーム』。途中段階で保持DPの下位数名が対戦相手を指名でき、DP下位者が対戦相手に勝利した場合、その相手と保持DPをまるっと入れ替えることが出来る。そういったイベントが、期間中にいくつか開催される。いわく、『本当の強者ならばこの程度の想定外には難なく対応するはず』だそうだ。もっとも、原作を知っている俺にとってだけは想定外でも何でもないわけだが。これも一種のチートかも知れない。


様々な思惑のもとざわめく生徒達を尻目に、葛西先生は告げる。


「現在の時間は午前9時過ぎ。予選開始時間まであと1時間足らずだ」

「学園の敷地内でさえあれば、予選開始時にどの地点に居ても構わない」

「…念のため説明しておくと、原則として期間内に学外に出る事は禁止だ。仮に何らかの理由で学外でデュエルが行われたとして、それはDPに影響しない」

「私からの説明は以上だ。 どこへなりとも好きな場所へ行き、予選開始を待つといい」


告げるべきこと告げ終えた葛西先生は、壇上から姿を消す。

皆一様に「どうすべきか」、「どこへ行くべきか」と悩んではいるようだが、行動の速い者が体育館を後にすると、それに続くように一人、また一人と外へ出始める。これもある種の集団心理か。どの地点に居てもいいんだから、別に体育館に居ても何の問題も無いのに。


我らが主人公ツバサはというと、カオリと何やら話し込んでいるようだった。ツバサとカオリは中学時代の3年来の付き合いのはずだ。そんな二人なのだ、「いきなり戦うか」とか、「互いの本選出場を信じて、今は戦わないか」とか、話したいことは多いのだろう。ここはそっとしておこう。割って入る理由も無い。


俺はと言えば、「とりあえず体育館か、その近場からスタートして、初日は無理しない程度のペースで走ろう」ぐらいに考えていると、


「やあ。犬飼君」


話しかけてきたのは、先日の団体戦で俺を苦しめに苦しめた、激戦の相手、C組の一ノ瀬アヤカだった。


「犬飼君も体育館スタート? じゃあボクと一緒だね」


「とりあえず体育館から出る事は今決まった。初戦からお前みたいなのと戦ってたらどう考えても息切れするだろ」


「えー。ツれないなあ。 勝ち逃げはズルいと思うなー」


冗談交じりの俺の返答に対しアヤカはわざとらしく頬を膨らませるが、その動作がかえって『これが他愛のない軽口である』事を示している。彼女の性格上、俺と戦いたいのは本心だろうが、予選期間内でいずれ戦えると思っているか、或いは、順当にいけば本選でぶつかると考えているか。恐らくそのどちらかだろう。

予選の開始時間までは他にやる事も無いので、俺はアヤカと肩を並べ、しばし他愛もない話で笑い合っていた。――と、その時だ。


背筋を針で刺されたような感覚。空気が急に張り詰めた。背後から、強烈な「気配」が迫ってくる。反射的に振り返った俺は、そこで思わず息を呑んだ。


立っていたのは、一人の少女。

漆黒のロングヘアを後ろで束ね、凛とした佇まいでこちらを見据えている。その瞳は紅玉のように鋭く、ただ一目見ただけで理解できた。『こいつは、強い』と。


少女はゆっくりと歩み寄り、俺の前で立ち止まる。その気配に、体が勝手に強張るのを抑えきれなかった。まるで巨竜に睨まれているかのような圧だ。


「……犬飼リョーマ、ここに居たか」


低く澄んだ声。「何故名前を知っている?」などという疑問を抱く余裕すらなく、ただ名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねる。

だが同時に、その雰囲気にはどこか覚えがあった。初めて会うはずなのに、懐かしさに似た既視感が胸の奥に灯る。


俺は返答を返す前に、目の前の彼女の正体を探ろうと彼女を凝視していたが、隣のアヤカがあっさりと答えを用意した。


「ありゃ、竜崎さん。君も相手探し?」


…ちょっと待て、今『竜崎』と言ったか?


「まさか、『覇龍ドラゴニック』の竜崎か?」


あまりにも動揺していたために、考えるよりも先に言葉が出てしまった。俺の質問に対し、目の前の凛々しい少女はあまり表情を変えずに答える。


「ほう。初対面だったと思うが、既に私のデッキタイプを把握しているとはな。存外に研究熱心ではあるらしい」


この返答は即ち、俺の質問に対しては『肯定』が答えと言う事か。

『竜崎』、その名前と『覇龍ドラゴニック』デッキの使い手と言えば、俺の脳裏に真っ先に浮かぶのはあの男、『竜崎レオン』だ。主人公ツバサと何度も対戦し、そして幾度となく、圧倒的な力でツバサを叩きのめしたあの『ライバル』。


だが、今、目の前に立っている存在を見て、心臓が止まりそうな心境だった。


(ちょ、ちょっと待て。何だ、この光景は…?)


そこにいるのは、容姿も声色も制服も、全てが女子であることを示していた。あの竜崎レオンが、まさか女になっている…? いや、女だ。確実に女だ。


俺の脳内で原作の記憶と現実の光景が激しくぶつかり合い、思考が追いつかない。頭の中で「ありえない」と叫ぶ自分と、「でもこの存在感はアイツで間違いない」という現実が同時に存在し、混乱は膨れ上がる。


「…なあ、竜崎レオン…か?」


動揺のあまり、言葉が勝手に口を突いて出る。吐き出した瞬間、手のひらに汗が滲み、全身が熱を帯びたような感覚に襲われる。


少女、いや、『竜崎』は冷静そのものの表情でこちらを見据えた。眉を軽く寄せるその瞬間、俺の鼓動はさらに早まる。


「デッキタイプは把握しているのに、名前はうろ覚えとは失礼な奴だな」

「まあいい。レオンではない。レオナだ。『竜崎レオナ』。それが私の名だ」


言葉を聞いた瞬間、脳内に電流が走った。レオナ…女子!? いや、信じられない。原作では男だった。あの気高くも冷徹で、圧倒的な『ライバル』の竜崎レオンが、今、目の前で女として立っている…。

先の反応から察するに、『竜崎レオン』という名にはそもそも心当たりがない様子だ。『実はレオンの妹でした!』とかそういうパターンでも無いらしい。


俺は混乱し、呼吸が浅くなるのを感じた。手が震え、心臓は爆発しそうに打つ。何をどう受け止めればいいのか、理解が追いつかない。原作とは全く異なる展開だ。主人公のライバルとなる男子生徒『竜崎レオン』が、女子生徒『竜崎レオナ』になっている。なってしまった。


(原作を壊すってレベルじゃねえぞ…)


だが思えば、予兆は無いでもなかった。先の団体戦、原作では勝利し、負けるはずの無かったカオリが敗北を喫したのだ。

カオリの『原作から外れた』敗北。それは俺の転生が原因なのか、それとも全く別の、俺の知らない何かが原因なのか。あの時は測りかねたが、今なら分かる。俺の転生とは全く別の何かが、原作を狂わせている。だとしたら、その何かとは一体何だ?

…考えても答えなど出るはずも無い。


「なーんか、のけ者にされてる気がするなあ」


俺の心中など知らず、アヤカが不満を口にする。実際、『竜崎レオナ』という存在の事で頭がいっぱいになっていたため、のけ者にしていたというのはあながち間違いでも無いのだが。


「私が知るか。この男が勝手に動揺しているだけだ」


俺の動揺など、見抜かれていたか。確かに、今のやり取りだけで動揺するのは完全に挙動不審だ。原作の事はひとまず置いておき、何とかこの場を取り繕おう。


「いや、まさか学年で一番強い竜崎レオナが急に声をかけてきたら、流石に動揺するさ」


女になっているとは言え、コイツがあの『ライバル』なら、学年で一番強いのはまず間違いないはずだ。だが、そもそもこれは言い訳としてやや苦しいか…?


「…『一番強い』か。暗にそれは『自分よりも強い』と認めたような物だが…。随分と弱気だな」


言いながらも、目の前の少女、『竜崎レオナ』は、まんざらでも無さそうな表情をしている。原作の『竜崎レオン』は非常にプライドが高かった。だからレオナもそうだろうと思い、プライドをくすぐってやる作戦だったが、どうやら成功したらしい。


「ボクも聞き捨てならないね。それは」


アヤカが割って入る。


「1戦だけとはいえ、犬飼君はボクに勝ったんだから。戦う前から『自分より上だ』なんて言われちゃったら、君に負けたボクは立つ瀬が無くなっちゃうよ」


アヤカの言う事ももっともだ。

『犬飼リョーマとしてではなく、俺として、この世界で生きる』。そう決意した俺には、プライドがある。

原作を狂わせた原因がどこにあるのか。それは今は分からない。正直、未だ動揺は抜けきらないが、アヤカのお陰で思い出すことが出来た。

『原作の最強キャラと、戦いたい』。俺は確かに、そう思っていたはずだ。

だから、これは宣戦布告だ。


「あくまで、現時点での評価だ。今この時点の評価では、間違いなく学年で竜崎が一番強いだろ」

「けど、この大会が終わったら、竜崎、お前はきっと二番になってるぜ」


俺の返答に、アヤカは満足げな表情だ。肝心の竜崎レオナはと言うと、あくまで冷静さは崩さず、だがわずかに不敵な笑みを浮かべていた。


「成程、悪くない啖呵だ」

「『D組の中で』とはいえ一番強いともくされている男がどんな奴かとわざわざ見に来てやったが…、そうか。少しだけ、戦うのが楽しみになったな。勝つのは私だが」


「犬飼君は、強いよ」

「だからそんな風に油断してると、足元をすくわれるよ。油断なんかして無くても、ボクはやられちゃったしね」


アヤカが俺を援護してくれる。団体戦での勝利以来、俺への評価は高いらしい。正直、悪い気分はしない。


「フン、現時点で私が負けることなどありえない」

「だが、その上で私と戦うならば……、強くなれ。せいぜい強くなって、私に挑んで来い」

「一応、その時を待っておいてやる」


揺るぎない自信をその身にまとい、レオナはゆるやかに踵を返す。背筋は微動だにせず、歩みは確固として揺らがない。彼女の背中には、ただの新入生とは思えぬ威圧と風格が漂い、体育館を去るその一瞬すら、まるで覇者の退場を見ているかのような重みを感じさせた。まさに、原作最強の『ライバル』の振る舞いだ。


「竜崎さん、相変わらずスゴい自信だね」


アヤカが再び話しかけてくる。


「そうだな。 …そう言えば、一ノ瀬は竜崎と知り合いなのか?」

「さっきの感じだと、初対面には見えなかったけど」


「ああ。今と似たような感じだよ。『C組最強の顔を見に来てやった』なんて言ってボクに会いに来たことがあってね」

「それ以来、まあちょくちょく話したことがある程度かな」


「そうか…。想像に難くないのが何ともコメントに困るな……」


取り留めのない話もそこそこに。


「じゃあ、ボクは行くから」

「犬飼君とは、本選で戦う事にするよ。だから、こんな予選なんかで絶対に負けないでね」


アヤカが体育館の出口に向かって歩み出す。俺が「勿論だ。お前も生き残れよ」と返すと、アヤカは振り返らず手を振って、体育館を後にした。

…そう言えば、アヤカは『俺と同じで体育館スタート』みたいな事を言っていた気もするが……。気が変わったのだろうか。まあ、大きな問題では無いだろうが。


気付けば、ツバサやカオリも既に体育館を後にしたようだった。いよいよ知り合いらしい知り合いがいなくなってしまったが、かえって好都合だ。

あくまで俺が思うに、だが、ルール上、予選で戦う相手と言うのは『DPをくれるカモ』でしかない。だったら知り合い以外と戦った方が気が楽だ。


体育館にはまだそこそこの人数の生徒が残っているが、D組の生徒は少ない。

ますます好都合だ。皆、D組の俺こそ『カモ』だと思って、こぞってデュエルを挑んでくるだろう。

この予選、最序盤の動きは、体育館に残ったこいつらを相手にDPを稼がせてもらうとしよう。




――胸に期待を抱く者、不安を抱える者、決意を刻む者。

様々な思いが交錯し、今、大会予選が始まろうとしている。


『午前10時です。 1年生は、予選開始の時間です』


アナウンスと共に、私立竜聖学園1年生達の、それぞれの戦いが始まった。


―第7話、 了

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