もしも、あの夜に踏み出していたら
桜井遥
第1話 春、同期との出会い
社会人になったばかりの春。
新しいスーツにまだ着られているような気がして、ぎこちない挨拶を繰り返していた。
私は関連会社の事務職として、リース料金の消込作業を任されていた。
やがて、彼の担当先の入金状況を確認するために、何度も電話をかけるようになった。
「お世話になっております、入金の確認なのですが…」
受話器の向こうから返ってくる声は落ち着いていて、若さと勢いが混じっている。
顔は知らない。けれど、不思議と印象に残る声だった。
何度もやり取りを重ねるうちに、その声は私の日常の中で特別なものになっていった。
やがて同期会の場で、私は初めて彼と直接顔を合わせた。
その瞬間、胸の奥で小さくざわめきが広がった。
──まるでスクリーンから抜け出してきた俳優のように見えたのだ。
端正な輪郭と、軽やかな笑み。電話で感じていた声の印象が、目の前の姿とひとつに重なった。
笑い合う輪の中で、彼がいるだけで少し特別な時間に変わっていった。
──この小さなときめきが、やがて私の人生の記憶を揺さぶるほどの想いに育っていくとは、そのときまだ知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます