『腸内戦記Ⅰ 〜死して腸を守る〜』


◆ プロローグ ◆


 冷蔵庫の奥、青いパックの中でビフィズス菌たちはざわめいていた。


「ついに我々にも、使命のときが来た――」


 長老菌が低くつぶやく。祈りを捧げる仲間たちは、震えながらもその覚悟を決めた。


 やがて人間の手がパックを開け、スプーンですくわれる。


 冷たい甘さに包まれて、彼らは口から食道へと旅立った。


 喉を滑り落ち、胃にたどりつく——そこは、胃酸の湖。


「この胃酸の湖を抜けられるのは、耐酸性を授かりし一握りの戦士だけ……。ここで多くの兵は倒れる。しかし、それでいいのだ」


 長老の声に、まだ若い菌が涙をこらえ叫んだ。


「死んでしまったら、無意味じゃないのか!」


「違う。たとえ死骸となっても、腸の仲間にかけがえのない力を分け与えることができよう。私たちは生きて届くことがなくても、与えられた役割を果たすことができるのだ」


 次々と仲間が崩れ落ちていく中、彼らの言葉は受け継がれていく。

 酸に身を焼かれ、形を失っても、その欠片は腸の奥で光の糧となるさだめ。

 善玉菌たちを呼び寄せ、人間の体を守る――ただ、それだけのために。


 最後に長老は静かに笑った。

「死して腸を守る——それが我らの宿命だ」


 臆するな、若ものよ。


 そして波に飲まれるように、彼もまた消えていった。


 前線にいるラクトの耳に、長老ビフィドゥスの末期の言葉が届いた。


「ビフィドゥス……あなたたちの死は、無駄にはしない」


 腸は静かに、善の菌たちで満ちてゆく。


 体は健やかに、息づいていた――。



〜つづく〜


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<次回予告:「乳酸菌の逆襲」お楽しみに!>

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