『肩の力を抜く短編集』

今砂まどみ

『それが椅子』


 電気椅子? 笑わせるな。

 あんなもん、一瞬の苦痛にすぎない。

 俺を何年も苦しめてきたのは、職場の椅子だ。

 安物のパイプ椅子。背もたれはガタガタで、座面は中途半端にへこんでいる。そこに毎日八時間。痔と腰痛を抱えたまま。拷問官も真っ青の環境で、俺は何度も「死なない程度の地獄」を味わわされてきた。


 「屁でもない」と言ってやった。

 実際、屁をこくことさえできない。

 屁をこいた瞬間、俺の痔は破裂する。激痛とともに。だから俺にとって屁とは、最大の爆弾だ。

 最大の敵が自分の体内に潜んでいるなんて、皮肉な話だろ。


 同僚は言う。「そんなに辛いなら辞めればいいじゃん」

 だが違う。俺にとっては辞めるほうがよほど痛い。生活費が消え、家賃が払えず、結局は路上の石ころに座ることになる。石ころに比べれば、まだパイプ椅子のほうがましなんだ。


 だから今日も俺は座る。

 爆弾を抱えながら、耐え、言葉を吐く。


 ――電気椅子なんざ、怖くもない。

 俺が本当に恐れているのは、明日も変わらずそこにある「職場の椅子」だ。


 椅子に殺されるか、痔に殺されるか。

 それでも生きるしかない。人は生きて笑うしかない。椅子と――。

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