第二章・推しに推されてこまります!?


 初めての活動日。よし! 気をひきしめないと! 

 とりあえず、生徒会室に向かう。生徒会の活動をするための部屋。前は通ったことあるけど、入るのは始めて。他の教室からはちょっと離れた場所にある。

 ろうかの奥の方の目立たない場所。ドアの上に『生徒会室』というプレートがあった。逆にこれがなければ、見落としちゃいそう。

 すると、ドアの前に誰か立っていた。スラっとした背の高い男の子。ほんのり茶色い髪に優しそうな顔立ち。見覚えがあった。

「えっと……須藤尊(すどうみこと)君」

 私と同じ6年の男子だ。クラスが違うから話したことないけど。かっこいいから女子人気がすごいことだけは知ってる。

 だけど、なんだか困ったような表情をしてる。近くまで行くとこっちに気がついた。とたんに顔が明るくなる。

「会長!」

 会長……? あ、私か。なんだかまだ実感わかないや。

「僕、副会長の須藤尊! これからよろしくね!」

「あ、こっちこそよろしく」

 なんてさわやかで力強いあいさつ。思わず膝に両手を当て頭をペコリ。

 そういえば、須藤君が副会長だった。会長以外の選挙演説は、お昼の放送でやった。時間の都合と感染症予防のためらしい。須藤君が当選したことは知っていた。女子たちが「須藤君が出るって知ってれば、私も出たのに~」って言ってたし。会って話をするのは初めてだ。

 あいさつすると、また困った表情に逆戻り。

「どうかしたの?」

「……実はね、生徒会室に入れないんだ」

 須藤君はドアノブに手をかけて押す。ドアはびくともしない。

「鍵かかってるんじゃない?」

「たしかに鍵はかかってる。だけど、中にいる奴が開けてくれないんだ」

 ??? どういうこと?

「おい、早く入れてくれよ!」

「ダメだな」

 中からちょっと低い声がした。

「さっきからずっとこれでさ。もう一人の副会長が、いうこと聞いてくれないんだよ」

「もう一人の副会長って、たしか……天野海斗(あまのかいと)君!」

 同じ6年で、須藤君と同じクラスだったはず。いつも校庭でサッカーをしてる活発な子で、背は私と同じくらいの元気な男の子って印象。天野君も、女子のファンが超多いみたい。

 女子に人気の二人が副会長だなんて、ちょっと緊張する。ま、でも私は推しの二人「あまみか」と一緒に仕事できた方がはるかに楽しいけどね!

 須藤君はあいかわらずドアを開けようと説得してる。

 入れてくれないって,中に立てこもってるってこと? どうして!?

 ひょっとして、中でサボってるんじゃ……。もしそうなら、とんでもない人が副会長になっちゃったな。

「なあ、どうすれば出てくる気になるんだ?」

 須藤君が呼びかける。

「そうだなあ。お気に入りのドリンクを持ってきてくれたら出ていくぜ」

「お気に入りのドリンクって、フェアリージュースか」

 知ってる。最近発売されたばかりで、学校の前の自動販売機にある。けっこう人気で売り切れてることも多いんだよね。

 ジュースを買ってくれないと開けないなんて……。6年にもなって、なんてわがままな!それで教室に立てこもり? ありえないよ! きっと私の目は、白黒してたと思う。

 でも、今日は生徒会初日。いきなりモメるのも嫌だな……。

「おい、あんまり好き勝手言うなよな」

 須藤君の声が強くなる。私はヒソヒソ声で、須藤君に話しかけた。こういうときは相手を刺激しないのが一番。前に、立てこもり事件のドラマでやってた。

「いいよ、いいよ。私が買ってくるから」

 さいわい、何かあったときのために少しお金を持ってきてもいい。例えば、学校の帰りに熱中症になりそうだったら、近くでお水を買えたりするように。

 だけど、買い食いは普通にダメだったような……。ええい、この際しかたない! 

「いや、僕が買いに行くよ」

「平気、平気。会長はこの私なんだから!」

 と、自分の胸にこぶしを押し当てる。まあ、初仕事にしては予想外すぎるけど……。

「ごめん。じゃあ悪いんだけど、お願いできるかな?」

 須藤君が顔の前で両手を合わせる。申し訳なさそうな表情。私は指でOKサインを作ると、階段の方に向かった。

ろうかの角を曲がった、そのときだ。

「そういえばピーチ味とマスカット味、どっちがほしいんだろう?」

 味は二種類ある。こういうのは間違えると、よけい怒らせるんだよな……。あわててUターン。部屋の前に戻る。

 須藤君はまだ部屋の前にいた。こっちを見てないから、気づいてないのかも。

「わかった。じゃあ、出て来なくていいよ」

 え? ちょっと、須藤君! 何いってんの!?

「そのかわり今夜はアレ、僕ひとりでやるか」

 アレ?

「みんなの人気をひとりじめすることになるけど」

 須藤君が得意そうに腕を組む。人気って?

「なっ! それだけはさせるか!」

 次の瞬間、ドアがガラッと開いた。黒髪のワイルドな感じの男の子が顔を出す。

「それだけはさせるか! 配信は二人で一人なんだからな」

 配信? そういえば、「あまみか」の二人って、いつも前の日に動画をとって配信してるて言ってた。明日は動画更新の日だから、今日とるはず……。

……って、そういえば、あの二人も生徒会選挙に出るって言ってたけど……。

あらためて見てみると、この二人って……。王子様系にワイルド系……。「あまみか」キャラまんまじゃん!

ま、ま、まさか!


「あまみか!!!」


 思わず大声を上げてしまった。二人がいっせいにこっちを見る。

……あ、し、しまった。

 須藤君がにっこりとほほえむ。

「僕らの話、聞いてたの?」

「いや、その……」

「聞いてたんだね?」

 顔はめちゃ笑顔なのに、圧がすごい。

「俺らのこと、知ってるのかよ」

 知ってるも何も、生活の中心なんだけど……。

「バレたらしかたないね」

 須藤君が、やれやれという顔を見せる。

「僕が美神で」

 !!!! このさわやかな声って!

「俺がAmatoだ」

 !!!! いたずらっ子みたいな声。間違いない! 二人ともさっきと声色を変えてる。何十回と聞いた声。同じ動画を何周もして耳に刻みつけた声。


 あまみかの二人が、め、目の前にいいいい~。


 突然のことに、どうしていいかわからない。頭がクラクラして、目がグルグル。目の前が暗くなる。そのまま後ろ向きに倒れていった……。

「会長!」

 視界のはしっこで、かけよってくる二人の姿が見えた。そのまま意識を失って……、

 と思ったら、大丈夫だった。二人がさっと私の背後に回り、背中と肩を支えてくれた。おかげで、クッションに包まれてるみたい。怪我ひとつなかった。

 目の前には、二人のきれいな顔。

「大丈夫か?」

「ゆっくり深呼吸して」

 スーハー、スーハー。

……って、これじゃろうかで仰向けになって、深呼吸する謎の女だよ!

「もう大丈夫だから、おろして!」

「本当に?」

 須藤君が心配そうに顔をのぞきこむ。

「保健室に行かなくていいか?」

 天野君の表情がこわばる。

「本当に平気だから! おろして!」

 その言葉で、ようやく二人とも、優しく床に座らせてくれた。

「ありがとう。もう大丈夫だから」

 二人がホッと胸をなでおろす。

「だけど、驚いたよ。会長が僕らのチャンネルのバディだったなんて」

 バディ! それは「あまみかチャンネル」を見に来てる視聴者のこと。二人はみんなのことを「バディ」って呼んでる。

 そこまで聞いて、私は大事なことに気がついた。

 ハッ! そうだ。私、学校では二人のバディだって秘密にしてるんだ!

 まさか、その二人が目の前にいるなんて……。夢みたいだけど……。一度自分で決めたことだ。例外はない!

「バ、バディってなんのこと? 私は、友達からたまたま二人のこと聞いただけで、動画もほとんど見たことないし!」

「え? そうだったんだ……」

「なんだ、違うのかよ」

 須藤君はさびしそうな顔になり、天野君は明らかに気持ちが冷めた感じだ。

 うう、二人ともごめんなさい……。でも、これは決めたことなの……。

 私は心の中で、泣きながら土下座する勢いだった。

「まあ、その方が好都合だったね」

 そう言うと、須藤君は床にかたひざをついた。

 え? どういうこと?

 私と目線が同じ高さになる。

「高知ほのか会長。僕はこれから副会長として、全力で君を支えるよ!」

 キラキラした瞳で、まっすぐ私を見据えてくる。

「だって……」

 須藤君は一呼吸おいてから、口を開いた。

「僕の推しは、会長だから!」


…………え。


 一瞬、何を言ってるのか理解不能だった。


「ええええええ~っ! ど、どういうこと!?」


 私が、須藤君の、推しぃ?

 須藤君はからかうつもりなんか、まったくなさそう。顔は真剣そのものだ。その顔がぐっと近づいてくる。やっぱり整っていてきれいだ。また目まい起こしそう……。

「この前のスポーツ大会での活躍、すごかったよ!」

 ああ、あれは推しのため、っていうか、今目の前にいるあなた達のためなんだけど……。

「あのとき決めたんだ! これから、この人を応援していこうって!」

 須藤君が私の両手をにぎりそうになる。いやいやいや、そんなの刺激が強すぎるって! あわてて手をひっこめた。

「それをいうなら、俺だって!」

 天野君が仁王立ちになり、須藤君を見下ろす。

「この前の放課後、見たんだ。会長が教室の割れた花瓶を、たった一人で片づけて掃除してたのを!」

 花瓶? ああ、思い出した。あれは「あまみかチャンネル」の次回配信が中止になって、やけくそで教室の掃除をした時だ。別にほめられるようなことじゃ……。

「俺はあの日、風邪気味で保健室で寝てた後だったんだ。体はつらかったけど、会長の姿を見て、一気に気分がすがすがしくなった」

 あ、そうか、だから配信中止になったんだ。そうとは知らず、イライラしてた自分が情けない……。

「あの時、俺はなんてまじめな人なんだって思ったよ。俺の方が、会長推しだ!」

「僕だって負けてないよ。そもそも会長が選挙に出たから、僕も立候補したんだし」

 えええっ!?

「俺だって! もし推しが会長に当選したら、全力でサポートするために出たんだ」

 そ、そうなの!? っていうか、天野君も私のこと、推しって……。

「サポートって、君は会長のジャマしてたじゃないか!」

「お前こそ、会長がここにいるなら最初から言えよ!」

「会長には、君のジュースを買いに行ってもらってたんだ」

「いやいや、何、会長をパシリにしてんだよ!」

「会長が買いに行くっていうからさ。本当の推しだったら、相手の気持ちを尊重しないとね」

「結局、パシらせてんじゃねえか!」

 ちょ、ちょっと待って!

「二人とも、ろうかで言い争いしないで!」

 これじゃまさに、いつもの「あまみかチャンネル」だよ~。

「あ、ごめん。会長」

「悪かったよ」

 あ、意外と素直。やっぱり、推しのいうことは聞くのか……。って、私まださっきのこと受けとめきれてないからね!

「大体、君はどうして生徒会室に閉じこもってたんだ?」

「あ、そうだった! ようやく完成したんだ」

 天野君は「ジャーン!」と言って、ドアの横で両手を広げて見せた。

「わあ、すごい……」

 机も本棚もピカピカにみがかれて、本や書類はきちんと整理されてる。机の上のランプには切り絵みたいなシェード。明かりでおしゃれな影ができてる。ペンやノートも、手に取りやすい位置にいろんな種類が用意されてた。とても、普通の教室とは思えない。

 そして床には汚れた水の入ったバケツと、ぞうきんが……。

「ひょっとしてこれ全部、天野君がやったの?」

「ああ、会長に喜んでほしくてな!」

 ハア……と、須藤君がため息。

「まったく。それならそうと、最初から言えばいいのに」

「言ったら驚かせらんねえだろ!」

 天野君の表情はすごく真面目。きっと、悪気なくやってくれたんだろうな。多分、表現の仕方が独特なだけで、いい人なんだよね。

「ありがとう、天野君!」 

 そう言われて、須藤君の方に勝ち誇ったような表情。

「くっ……」

「あ、須藤君もありがとう。ずっとドアの前で説得しようとしてくれて」

 須藤君、絶対に天野君をどなりつけたりしなかった。もし無理やり中に入るような人だったら、これから不安だもん。

 今度は勝ち誇った顔が逆転。そして、二人はドアの両脇に立つと、私を中へうながしてくれた。

「さあ、どうぞ会長!」

「俺たちが、いや主に俺が、しっかりサポートするぜ!」

「だって僕の」

「俺の」 

「推しだから!!」


 いや、どうなっちゃうのおおおお!

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