推しに推されてこまります!
山村しょう
第一章・推し活してたら立候補!?
「あとひとりだよ!」
「ほのかちゃん、頑張って!」
コートの内野と外野から声が聞こえる。私は真っ白いドッジボールを両手で持っている。相手のコートにいるのは、男子がひとりだけ。こっちをにらんで、うまくよけるタイミングをはかろうとしてる。
絶対、はずすもんか!
私はふりかぶってボールをかまえた。かならず当ててやる!
緊張の一瞬。これが当たれば、試合終了だ。
試合が終われば、自由に帰っていいことになってる。
そして、帰ったら…………。
思いっきり、推し活するんだ~~~~!!!
私はボールに推しへの思いを込め、全身の力をふりしぼって投げた。
私の名前は、高知(たかち)ほのか。小学6年生。勉強はまあちょっと苦手だけど、体を動かすことなら自信あり!
今日は学校でスポーツ大会の日。私はドッジボールのメンバーに選ばれた。トーナメント形式だから、負ければそこで終わり。うちのクラスはなんと決勝戦まで進んだ!
嬉しいけど……、実はフクザツ!
というのも、私にはどうしてもやりたいことがあった。
推しのライブに参戦するんだ!
ライブといっても、どこかの会場に行くわけじゃない。ネットの動画サイトでやる。
私の推しは、そのサイトに動画をアップしている。本当の姿じゃなくて、デザインされたキャラの姿。イケメンでとってもかっこいいの! そのキャラを画面上で動かして、声だけあてている。その声も透き通っていて、聞いててとっても心地いい。
推しはいつも二人で配信している。
ひとりは、美神(みかみ)。王子様みたいなキラキラした顔立ちに金髪がよく似合う。いつも穏やかな笑顔で、ささやくように話す。きれいでとても優しそう。その声を聞いてるだけでいやされていく。
もうひとりは、Amato(アマト)。ワイルドな無造作ヘアの黒髪に、ほんのり日焼けした肌。顔はかわいいから、ぶっきらぼうな猫って感じかな。だけど、時々小さな子みたいに無邪気に笑う。それがとってもキュンキュンする!
その姿がとってもかわいくて、面白いの!
こないだの配信も神回だった。あ、神回っていうのは、とってもすばらしい回ってことね。
『みんな~! ちゃんと学校の宿題はちゃんとしてる?』
美神が手を振りながら、みんなに呼びかける。
美神の中の人、つまり配信してる人は私と同じ、小学生らしい。それに一番びっくり! Amatoも同じ。だから、視聴者も私と同世代の子が多いらしい。って二人が言ってた。
『俺は、全部終わらせたぜ!』
『へえ、でも答えがあってなければ意味ないよ』
『そういうお前は、全問正解なのかよ?』
美神が金髪をサッと書き上げる。
『僕は普段から、予習復習をおこたらないからね、実力が違うよ。誰かと違ってね』
『それ、誰のことだよ!』
『別に誰のことなんて言ってないよ。なのに、どうして僕の言葉に反応したんだい? そういうの、墓穴をほるっていうんだよ。またひとつ勉強になったね』
『ち、ちっきしょ~』
Amatoが歯を見せてくやしがる。
『ああ、頭きた! もうお前との配信なんかやるもんか!』
そう言って、そっぽを向いてしまった。
『まあまあ、そんなに本気で怒らないで……ねえ……ねえってば?』
Amatoは何も答えない。美神の表情があせりだす。
『ご、ごめん! 僕が悪かったよ。あやまるから、配信しないなんて言わないで! 僕には君が必要なんだ! 本当にごめん!』
『……ぷっはっはっは! また引っかかった~、何度目だよ! そっちこそ勉強がたりないんじゃねえか?』
『し、しまった~!』
私はパソコンの前で、おなかを抱えて笑った。二人の話って漫才みたいだし、仲のよさがすっごく伝わってくる! このわちゃわちゃ感が最高なんだよね~。
私が動画を初めて見たのは去年。ネットを見てたらたまたま見つけた。そのときは登録者が100人くらいだった。動画を気に入った人は、そのチャンネルをお気に入り登録しておく。そうすると新しい動画が出るたびに、通知がとどくってわけ。登録者が多ければ多いほど、人気のチャンネルってことになる。
二人の『あまみかチャンネル』いまやその登録者は1万人! すごいと思う。そりゃもっと何百万人っていう配信者もいるけどさ。一年で100人から1万人って、百倍じゃん!
『あまみかチャンネル』を見つけてから、私の毎日が変わった。週に2回新しい動画を配信してるけど、たまにサプライズで新作が出ることがある。それを毎日学校から帰ったらチェック。気に入った動画は何回も見てて、自分で二人のイラストを描いたこともある。まあ、他人に見せられるほどの上手さじゃないんだけど!
私の生活の中心は、今や二人のチャンネル。完全な推しだ!
あまみか大好き!
……そして、今日。なんと二人のライブ配信がある! 登録者1万人突破記念ライブ!
ライブ配信。それはとても大事なイベント。
どうしてかって? 普段の動画は、録画したものを流している。だけどライブ配信は二人が話してる様子をそのまま流す。テレビの生放送と一緒だ。
そして一番大切なのが……コメント機能!
パソコンやスマホで打ち込むと、コメントが画面に表示される。それを推しが読んでくれることがあるんだ。
必ず読んでくれるとは限らない。
でも私は! この前のライブ配信で! な・ん・と!
応援コメントを読んでもらった!
しかも「ありがと~」って返事までもらった。
まさか、本当に読んでくれるなんて!
百万円もらうより、断然うれしい! 1千万よりうれしい! 1億円より……まあ一億だったら、ギリ同じくらい。とにかく、1億円ぐらいのコメント返し! 神対応だ!
映像はあとからでも見られる。でも生じゃないと、コメントを読んでもらえない。
だから、なんとしても配信に間に合いたい!
始まるのは夕方5時からだ。
今はもう4時! 早くしないと始まっちゃう!
この試合が終わったら帰れる。だから私はめちゃくちゃ頑張った! 運動なら得意なんだ!
ボールを取っては投げ、取っては投げ、三人連続でノックアウト!
「私のじゃまをするなああ! よけいなことして試合を引きのばしてみろ! 頭蓋骨をこっぱみじんにしてやるぞおおお!」(注・他人の頭蓋骨をこっぱみじんにしてはいけません)。
のちに目撃者は語ったそうだ。「彼女は目から炎が出ていた……」と。
そして、ついにあとひとりになった。
絶対に、ここで決める!
私は渾身の力でシュートを打った!
相手チームの男子がかまえる。ところが、手に当たった瞬間に落としてしまった。
「……やった、勝った」
試合終了のホイッスルが鳴る。クラスのメンバーから喜びの声が上がる。
「やったぜ!」
「すごい、ほのかちゃん! 何人たおした?」
みんなが集まってきてくれる。やられた男子がくやしそうな顔をした。
でも頭の中はドッジより正直、推しでいっぱい。
……よかった。これで帰れる。
私はタオルでささっと汗をふくと、教室に戻ろうとした。
「早く着替えて帰ろう」
そのときだ。クラスの他の子が走ってきた。
「ほのかちゃん、お願いがあるの!」
……な~んか、嫌な予感。
ついていったら、そこはグラウンド。
その子は目の前で両手をあわせて拝んだ。
「サッカーの試合、助っ人で入って!」
「ええええ~!」
って、今から!?
「決勝戦なんだけど、メンバーがひとり肉離れしちゃって!」
見ると、クラスの男子が手当てを受けてる。肉離れってかなり痛いやつだよね。すると、試合は無理か……。
だけど、時間が……。
でも、目の前の子は期待のまなざしで見てる……。
「お願い! ほのかちゃん。さっきのドッジでもすごかったでしょ? ほのかちゃんなら、頼りになるから」
「う……。わ、わかった。出るよ!」
「ほんと!? ありがとう!」
しかたない。試合はもう後半戦を半分すぎたみたいだし、そんなに時間はかからないはず。
と・こ・ろ・が!
試合は一対一のまま。ついに延長戦に突入した!
まずい! このままじゃ確実に間に合わない。
大会のルールでは、どちらかに点が入った場合そこで終了だ。つまり、早く帰りたければ、点を入れるしかない!
なんとしてでも、さっさと終わらせないと!
モタモタしてられない! 私はドリブルで、次々と敵の選手を抜きさっていく。妨害なんてさせるもんか! 早くしないと配信が始まっちゃう!
「ジャマだジャマだ! 私を早く帰らせろ~!!」
そして、驚異の5人抜き! あとから聞いたら、スポーツ大会数十年の歴史の中で誰もやったことがないらしい。
「おりゃああああ!!」
弾丸シュートが見事に決まる! のちに目撃者は語ったという。「まるで稲妻のごときシュートだった……」と。
やった!! 私の周りにはクラスのみんなが集まってくる。
「おかげで優勝だぜ! ありがとう!」
「ほのかちゃん、かっこいい!」
「よっ! 6年1組のスター!」
「いや~、それほどでも」
私というより、これも推しのパワーだ!
「そうだ! ほのかちゃんなら、立候補いいんじゃない?」
「立候補?」
「今度、生徒会の選挙があるの知ってるよね?」
ああ、そういえばそんなこと、先生がホームルームで言ってたような……。だけどよく覚えてない。私はその日、新作動画のことで頭いっぱいだったから。
「各クラスから、代表をひとり立候補させることになってるの。ほのかちゃんいいなって思って」
「だけど、私なんて……」
「そんなことないよ! ほのかちゃんならみんなついていくと思う!」
生徒会の仕事って、放課後に残ってやるんでしょ? そんなことしてたら、推しの動画をチェックするのが遅くなっちゃうじゃん!
推し……って、しまった! 私としたことが二人を忘れてた!
「こんなことしてる場合じゃない! ごめん! 私、用があるから!」
「あ、ほのかちゃ~ん!」
ごめん、これは生徒会より大事なことなの! 私はサッカーで見せた疾風のごときダッシュで教室に向かった。
すぐに着替えて、家に帰ってきた。パソコンの前に座って、ヘッドホンを装着。時間は、5時3分前!
よかった~、なんとか間に合った……。
『LIVE』と書かれた動画をクリックすると、カウントダウンが始まっていた。
だんだん0に近づいていく。私のワクワクも一緒に高まっていく!
「3……2……1……」
画面が変わって、美神が映しだされた。笑顔で手を振ってくれる。
『みんな~、元気~?』
「元気だよ~!」
画面に向かって、全力で手を振り返す。
『今日はライブ配信の日だね。来てくれたみんなありがとう~。みんなで盛り上がっていこう!さあ、今日のテーマは……』
『……おいおいおい、ちょっと待てよ』
画面にAmatoが入ってきた。
『俺を忘れんなよ!』
『どなたですか? こちらは美神チャンネルですけど』
『ああ、そうかよ。そういう態度ならいいぜ。俺もAmatoチャンネル始めるから』
『ごめん、ごめん! 冗談だってば~、Amato~! 許して~』
『ふん、まあそこまで言うなら、しょうがねえか』
この二人、なんだかんだいって本当に仲よしだな。スポーツ大会疲れたけど、このやり取りを見てるだけで疲労が飛んでいくよ!
私はさっそく『こんにちは! いつも見てるよ!』とコメントを打った。
他にも同じようなコメントをしてる視聴者がたくさん。私のは、埋もれちゃって気づかれないかも。でも二人が『コメントありがとう~。どんどん送ってね~』と言ってくれた。
私は何回もコメントを送ったけど、なかなか読まれない。こういうのは運もあると思う。最近、全然読んでもらえないなあ。どうやったら読んでもらえるんだろう?
二人のトークが始まった。話題は学校であったこと。
『そういえば今度、学校で生徒会の選挙があるよね』
それって、うちと同じだ! どこの学校でも、同じようなことやってるんだ~。
『今、立候補者を探してて』
ドキッとした。さっき私がいわれたことと同じだ。だけど私は、生徒会になんて入らない。そんなことしたら、推しに会う時間が少なくなっちゃうもん!
『お前出るのかよ、美神』
『……出ようかなって思う』
え!?
『でも面倒くさくねえか?』
『だけど、チャレンジしてみたい』
『ふ~ん、じゃあ俺も出てみるかな』
ええ!?
『Amatoも出るの?』
『出ちゃいけないのかよ』
『いや、いいけど……。面倒くさいんじゃなかったの?』
『でもさ……お前ひとりだけだと心配じゃねえか』
『あ、Amato~』
コメント欄には、『二人なかよし!』『尊い!』といった言葉があふれてる。
びっくりした……。まさか二人も生徒会に立候補するなんて……。
待てよ、これはチャンスかも……。
私も生徒会に入れば、二人と同じ。生徒会トークができるってことじゃん!
コメントで『私も生徒会に入ってるよ!』って打てば、反応してくれるよ絶対!
『僕たちも同じだよ~』って!
私は思わず、椅子から立ち上がった。
「よし、決めた! 私も生徒会に入る!」
この時の私は、まさかあんなことになるなんて、想像もしてなかった……。
翌日の学校。
私の机の前には仲よしの友達二人がいた。
ひとりは月岡みのりちゃん。ツヤツヤの黒髪ロングが似合う、クール系のメガネ女子。もうひとりは宇佐菜々海ちゃん。天然系のゆるふわウェーブがかわいい女の子。
二人に向かって、言った。
「私、生徒会に入るために生まれてきたのかも」
「え?」
どっちも、きょとんとした顔になる。
「今度の生徒会選挙に立候補するよ」
「ほのか、昨日入らないっていってなかったっけ?」
みのりちゃんが腕を組んでいった。
「気が変わったの。私が生きる道は、生徒会だと思う」
「どうして急に?」
菜々海ちゃんがあごに指をあて、首をかしげる。
「それは、その……」
「待って」
みのりちゃんが眼鏡をクイッと上げた。
「こんな言葉があるわ。『男子三日会わざれば刮目して見よ』」
出た、みのりちゃんの名言! みのりちゃんって本をよく読んでて、昔の人の名言が大好きみたい。話の中で時々出てくるんだよね。聞いただけじゃ、意味はわかんないけど。
それを聞いた菜々海ちゃん、笑顔でいう。
「『男子ミカンかざれば、カットしてみよう?』男子はみかんが大好きだから、カットして食べちゃうってこと?」
「あのねえ」
私は笑いをこらえた。菜々海ちゃんって、中身もちょっと天然入ってる。本人は大真面目だから、笑っちゃいけない。
「男子は三日も会わなければ大きく変わってるから、真剣に見なければいけないって意味よ。女子は一日で変わるのかも」
「そ、そうそう。それ! 私、変わったの!」
「でも、生徒会って何するの?」
「それが、実際何をするかは聞いてないんだよね」
先生に聞いたら「生徒会長は、生徒たちみんなのために働く!」これだけ。説明になってないってば!
「わからないのに、立候補するの!?」
まあ元々は、推しと生徒会トークしたいからなんだけど。それは絶対にいえない。
そもそも、私は一番仲よしの二人にも推しのことは話してない。学校の誰にも話さないって決めてる。
どうしてかって?
バレたとき「そんなやつ好きなの?」とか、「どこがいいの?」とか言われたら嫌だもん!
この二人はそんなこと絶対言わない。それはわかってるけどさ。噂ってどこからもれるかわからないもん。他の誰かに言われるかもしれない。
そういう人が世の中にいるってことは、知ってる。だったら言わない方がいい。
「私ね、今までやったことないことにチャレンジしてみたいんだ」
と、もっともらしい言い方をしてみる。
「なるほど、それはいいことね。なんでもやってみることが大切よ。アメリカの自動車王と呼ばれたヘンリー・フォードが言ってるわ。『自分で暖炉のたきぎを割りなさい。そうすれば二倍暖かくなる』って」
みのりちゃんが、名言で助けてくれる。
「ほのかちゃんが出るんなら、私応援するよ~」
菜々海ちゃんもニコニコ笑顔でいってくれた。
「ありがとう、二人とも!」
私は立ち上がって、右手を出した。その上にみのりちゃんと菜々海ちゃんが手を重ねる。
「よし、生徒会に立候補するぞ~!」
「ちょっと、立候補だけじゃダメでしょ。当選しないと」
「あ、そうか! じゃああらためて、絶対当選するぞ~(主に推しのために)!」
「おー!!」
そんなわけで、生徒会に立候補。先生もすごくノッてくれた。
「いっそのこと、生徒会長の選挙に出たらどうだ?」
「生徒会長? 私が!?」
「会長は6年生しかなれないんだ。いい経験になるし、かっこいいぞ!」
かっこいい……。生徒会長になれば、二人と生徒会トークできるだけじゃなく、かっこいいってほめられるかも……。いい……。
「はい、やります!」
私は両手でにぎりこぶしを作った。
選挙の前に、体育館でみんなの前で演説。なにしろ推しのためなんだから、頑張れる! すごく堂々とした演説ってほめられた。
すると、見ていた生徒たちが話してる声が聞こえた。
「あの子って、この前スポーツ大会で活躍した……」
「驚異の5人抜きって子?」
そういう覚え方されても……って思うけど。まあ、いい意味で覚えらえてるからね。
「すげーな、俺あいつに投票しようかな」
「私も! なんか頼りになりそうだもん」
お、なんかいい感じかも。
私が超頑張ったのは、推しの配信を見たかっただけなんだけど……。それで応援されるのは、ちょっと申し訳ないかも……。
ええい、そんなこと気にするな、生徒会長になったら、ちゃんと仕事すればいいんだ!
そして……、見事に当選した!
こうして、私の生徒会長ライフが始まった。
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