シルヴィア・グロリア~少年兵の実情~
彼方夢(性別男)
第一章 隻眼の悪魔
第1話 隻眼の少年兵
世界は穢れている――そう感じていた男がいた。
蒼穹を見上げたついでに、静かに流れていた涙をぬぐった。
その男の名前は、ヴィロンデ。年齢は十八歳。
ヴィロンデは1944年、ノルマンディ上陸作戦にて少年兵として徴兵されていた経験を持つ。
彼は当時十歳だったが、その年齢は善悪の判断が容易に判断出来る年齢でもある。
だからこそ、躊躇うのだ。
人を国家のために殺すことを。
そこに大義や名声があるわけでもない。あるのは邪なイデオロギーだけだ。
ノルマンディ上陸作戦にて徴兵された少年兵の数は正式な記録には残っていない。だが、当時の作戦に参加していた兵士の証言によれば「いたことにはいた」と語っている。
ヴィロンデのような少年兵は、第一次世界大戦――もっと言えば紀元前まで遡ってしまうほど記録が残っている。
だが、そんな切っても切れない戦争と少年兵の歴史の中で、ノルマンディ上陸作戦のみ記録に残っていないのはなにか深い意味があるのではないか、と勘繰ってしまう人も多いと思う。
――ヴィロンデは煙草に火を点ける。紫煙をくゆらせながら遠い海の彼方を望んだ。
1
少年兵は突如として徴兵される。
中性的な顔立ちの少年であった。名はヴィロンデ。女々しい奴で、豪胆な性格の人間が多い兵士には向いていないのではないか、と憲兵は思った。だが、士官の命令で徴兵令が施行されているからその命令に従わなくてはいけない。
薄汚れた瞳をしていたヴィロンデ。光が瞳に無かった。諦観めいている、というわけなのか。憲兵のひとりが自身の頭をがしがしと掻いた。この少年にこれから絶望への道をあゆませないといけないのか。どうするのが正解なのだろう。ここで取り逃がしたという報告をすることも脳裏に宿った。が、それだと公平性に欠ける。他にも少年を兵士にさせているから。
そして憲兵は知っていた――秘密の鉄則を。
少年兵は消耗品だ。十四歳まで生き残れる奴は九割九分いない。
ただこれも仕事。憲兵は少年の腕をつかみ軍事基地へと連れていこうとする。
2
まずは少年兵の身体検査だ。ずらりと並んだ二十人ほどの少年たちを上裸にさせて医師による検査を進めていく。
そのとき、ヴィロンデの右目が無いことが発覚した。長い前髪のせいで憲兵が気付かなかったのだ。
「どうするよ……」
憲兵がざわざわとし始める。
右目が無い兵士、ましてやソルジャーとしての経験が無い少年ではもっと使えないだろう。
「――射撃テストをさせてみたらどうだ?」
ひとりの屈強な兵士が言った。目が終始ぎらついており、精力が感じられる男。
分厚い胸板。血管が浮き出た上腕。そのどれもが芸術的であった。
「分かりました。おい、こっちに来い」
右目が無い少年を射撃場へ行かせて三十メートルほど離れた的に発砲させる。
――的のど真ん中に弾丸が当たった。
片目で銃撃の制度をあげられるのは、熟練の兵士でも難しい。
「すごいな。この少年は名はなんと言う?」
憲兵に訊ねた屈強兵士。憲兵が粛々と、「ヴィロンデです」と答えた。
「おい。ヴィロンデ」
ヴィロンデは兵士に視線を向けた。
「これから頼むな。共に頑張ろう」
その言葉は、単純な呪いだった。
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