23〈ギーギ・フーブ〉とノーノ
〈ああ、全く何て凶暴なんだ〉
ギーギ・フーブは閉じた目の奥で自分を刺した人間が立ち去るのを待ちながら考えていた。
ギーギ・フーブの元いた世界では、村のあちこちに隠れている自分たちを探して殺して回る人間も時々はいたが、そう云う人間はある程度の数の
✣ ✣ ✣
この世界に来たあの日以来、ギーギは街の路地裏や車の下に隠れて生きていた。路地裏ではネズミや茶色い虫をよく捕まえる事ができたから飢えることは無かったが人間に見つからないように生きるのは大きな緊張を強いられるものだった。
ギーギはそんなある日一匹の猫に出会った。
痩せたトラ縞模様のオス猫で尻尾が半分ほどしか無いそいつに気まぐれでネズミの半分をやって以来行動を共にするようになっていた。
「ノーノ」
ギーギ・フーブは猫に名前を付け、時には一緒にネズミを狩り、夜は一緒に眠った。自分に近い大きさのノーノのお腹は今までギーギが体験したことの無いふかふかの寝床で、ノーノにもたれて眠る事はとても気分のいい事だったしノーノから時々飛び出すノミをつまんで食べるのも気に入っていた。
デッかいネズミがいた。
今までも時々見かけていたが、
「あいつはきっと食べごたえがあるよなあ、ノーノ」
「ニャゥ」
居酒屋「
「こいつでカタメアブラを釣るぞ」
その日ギーギは残飯の唐揚げをポリバケツの蓋に置いて自分はバケツの中に隠れた。ジッと息を潜めて臭い(ギーギは臭いとは感じていないが)残飯の中で待った。ノーノも近くで隠れている筈だ。今やお互い何となくの本能的な意思疎通ができている。
そうして数十分を待った頃、二匹のネズミが蓋の上に乗ったのが分かった。トタトタトタッと足音がバケツの中のギーギの耳に届く。警戒して直ぐには唐揚げに近づかない。ギーギには蓋の裏から足の影だけが何となく透けて見えた。
「キーッ、キッ」「キッ、キッ」二匹の鳴き声が聞こえる。バケツの蓋を二周ほど走って安全を確かめると二匹のネズミは思わぬご馳走にはしゃいで喜んでいる。一匹が唐揚げに手を伸ばし、掴もうとした瞬間、《パシンッ!》と鞭で地面を叩いたような乾いた音が狭い路地裏に響いた。それはバケツの中のギーギにも聞こえる程の強い音だった。
ビクッと動きを止めた二匹のネズミの目に路地の影から《ヒュンッヒュンッ》と空中を舞い、風を切る肌色の鞭の姿が映った。《パシンッ!》威圧するように再度その鞭が地面を打つ。
物陰からのそりと、其の鞭の様な尻尾の持ち主であるカタメアブラが現れた。
「キッキッ」二匹のネズミは慌ててバケツから飛び降り、逃げ去っていく。ギーギがバケツの側面に空けた小さな孔から覗くと僅かにカタメアブラの尻尾が《ヒュンッ》と風を切るのが見えた。
周囲を威圧する様に《パシンッ!パシンッ!》と太い尻尾が地面を叩く。カタメアブラは盛んに地面の匂いを嗅ぎながらゆっくりとポリバケツに近付いてきた。残飯に
〈ギッ、さあ、来い…〉ギーギ・フーブはバケツの蓋に手の平を当て、じっと息を潜めて其のの時を待つ。《パンッ!》カタメアブラは尻尾でポリバケツの蓋を叩く。其の振動だけでギーギの手の平が《ビリッ》と痺れた。
《クンクン、クンクン》匂いを嗅ぎながら巨ネズミが蓋の上の唐揚げに近付くのが分かる。長い時間を掛けて、やっとカタメアブラは唐揚げを両手で掴み、齧り付いた。
《バァアン!》其の瞬間、蓋を跳ね上げてギーギが飛び出す。不意を突かれたカタメアブラは空中に無防備に投げ出される。そして物陰から飛び出したノーノが空中のカタメアブラに飛び掛かった。
「ウニャァ!」ノーノの爪がカタメアブラの柔らかい腹を捕らえる、かと思われたが巨ネズミは逆に猫の様な挙動で空中で身体を捻り、爪を
バケツの中からスローモーションの様に一部始終を見ていたギーギは
「ギ、ギッ、なんてヤツだ…」と唖然とした。
「ギャゥ」一時的に視力を奪われたノーノが《ドン》と地面に叩き付けられる。ギーギは慌ててバケツから飛び出しノーノに駆け寄った。トラ猫の身体にはダメージは無さそうだが未だ目の辺りを気にして痛そうにしている。
《バチィンッ!》
「
「ギッ、わ、わかった、悪かった」
ギーギは慌てて散乱する唐揚げをかき集めてカタメアブラの足元に転がす。
「ギギ、こ、これで手打ちにしよう、ギッ」
足元に転がって来た唐揚げの匂いを
「ギギッ、かかったな、
「ギッ、やったな、ノーノ」
「ニャオーゥ」猫が嬉しそうに鳴いた。
✣ ✣ ✣
刺された傷を癒やすのにはかなりの時間が必要だった。やっと傷が塞がったのを確認してギーギはノーノの側に走った。
「ノーノ…」
路上に内臓を
猫の瞳は光を失い、最早何も映らなかった。
「ごめんなあ、ノーノ、ごめんなぁ」
「あいつ、ぶっ殺してやるからなぁ」
と強い口調でノーノの死体に誓った。
其れはギーギが初めて自分より強い存在と戦う事を決意した瞬間だった。
ペタリ、ペタリ、
アスファルトに足音を立てて一匹の
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