21〈パロミデス〉eye of the Fiksriga
「
勇者パロミデスは思わずつばを飲み込んだ。
目の前に居たのはダーク・シーでも最悪の怪物の一つ、
✣ ✣ ✣
大きな魔力の蠢きを感じ、飲食店や事務所が入居する六階建ての『第1カネマツビル』に入ったパロミデスは慎重に歩を進め、二階を目指した。一階は既に瓦礫の山と化し人々の死体が散乱していた。死体はどれも口から鼻から、ある者は目からも血を噴き出して倒れている。薄暗い階段を聖剣クロスクレッシェンドラムを構えて進む。階段を上がってすぐの「喫茶ロレアン」のショーケースにはパスタやカレーを中心とした食品サンプルが並んでいた。
「まがい物の
書いてある文字の意味も料理の味も見当が付かないが、その精巧さから技術・文化レベルが高いことはパロミデスにも
《ガンッバカンッバキバキッ》と何かが破壊される音が薄暗い廊下の先から聞こえてくる。
音の聞こえる先で木片やコンクリート片、ガラス片が宙を舞っているのが見えた。
「
ビルの二階の天井を突き破り、三階の床の大部分を削り取って宙に漂う
怪物を中心として渦を描くように瓦礫の中に倒れた二階フロアの人々は、目や鼻から噴き出した血が顔面にこびりついている。パロミデスも戦った事の無い強力な魔物の姿がそこにあった。
〈
「アイボガルドォ、デデデデルマ、イルゼゼナェー」
片方の目でパロミデスをチラリと見た
其れを聞いた途端、パロミデスは後頭部を鉄塊で殴られたかの様な強烈な頭痛に襲われ、思わず膝を付いてしゃがみ込んだ。《ゴォオオオオオッ》と云う耳鳴りがパロミデスの脳内に響き渡りとても立っては居られない。
「アイボボボガルドォー」
蔑みのような目でパロミデスを見下しながら
「グ、グッ、このままでは本当に死ぬ…」
パロミデスは
「
パロミデスの掌から黄金色の光が溢れ出し、地に横たわった其の手に光波打ち、輝く槍が生成された。パロミデスが持つ数少ない強力な遠距離攻撃だが、相手に向かって投擲する必要がある。
「ボボォォードララーガァー」
「グ、ググぅ…」
何とか腕を持ち上げようと試みるが立ち上がることすらできない。やがて光の槍はその形を維持できず霧散してしまった。消えて行く光の槍を見つめるパロミデスは視界が薄っすらと赤くなっている事に気付いた。
「何だ?」
疑問は直ぐに解消される。消えて行く槍を握った手の平に自身の目から滴り落ちた血が丸く染みを作っていったのだ。
「フ、
直径20㎝ほどの火球がパロミデスから発射される。
「デデデルマァー」
完全に地面に倒れ込み、鼻と目から出血しながらパロミデスは死を覚悟していた。口中に鉄の様な血の味が広がる。
手も足も出ない…、完敗だ…。
この何処かも分からない世界で突然死ぬ、元の世界では勇者と呼ばれ無敗を誇ったこの私が呆気ない…。
《ビュゥゥウウンッ!》
床に伏せたパロミデスの耳に大きな風切り音が響く。
次の
「ボォォオオオォッ!」と云う
パロミデスには知る由もないがそれは「一時停止」の標識だった。
「ボォッボォオオオォー!」
グルグルと激しく回転し、
「
声と同時に
「そりゃっ、とぅ、ほれっ」
掛け声を掛けながら女は回転する
「自由意志の…民…」パロミデスが呟く。
「これで最後っ」
女が言った直後に
池の様に溜まった水の中、ふわりとパロミデスの側に降り立った女は大きなつばの付いた黒い帽子を目深に被り、沢山の美しい金細工のアクセサリーで身を飾っていた。
「
女は勇者を向いて回復術を詠唱した。大きな回復力は無いが頭痛が消えただけでパロミデスには充分だった。
「助かった、ありがとう」勇者の力で自己回復しながら礼を言う。
「勇者パロミデスだね、懐かしいな、私はノル」女が名乗る。
「
それを聞いたノルはふふっと笑い
「まあ、君はそういうものなのだろうね」と
「しかし君は
「
聞けば
「あれの口には舌が無いからね、石でも詰めれば自分で吐き出せないんだ」
「攻撃音を出させない為に最初に目を刺したのか」
攻撃魔法は遮断されてしまう為に使えない。音が届かない距離から物理的な攻撃で先制し、攻撃音を止めさせる必要があったと云う事だ。
「体を回して抜こうとするから刺す物には抜けないように『返し』を付けるのが大事だよ。攻撃音を出す余裕が無くなれば後はあいつの口を塞ぐだけだからね」そう言ってノルはサンダルのヒールで標識ポールの先端を曲げた時の様子を演じて見せる。
「大きな口はどうする?石では塞げないだろう」
「大きい口は吸気専用なんだよね、だから塞ぐのは小さいのだけで良いんだよ」
経験に裏打ちされた完璧な攻略法、パロミデスは心底感心した。
《ズリリ、ズリリリリィ》尚も回転し続ける怪物を見てノルは
「パロミデス、あなたがトドメを」と言った。
パロミデスはコクリと頷き、手から煌めく光の槍を生成し
「ブゥッ!ブゥッ!」
石の詰まった口の隙間から怪物の嗚咽が漏れる。回転を止めて体を激しく左右に振っている。
「まだ生きてるね」
ノルの言葉を聞いて、一撃で仕留められない己の非力さを恥じてパロミデスは赤面した。
「
渾身の魔法力を込めた勇者の両手から放たれた火球がバチバチと怪物を燃やす。
「ブゥゥゥウウフッ」
最期の断末魔を漏らしながら
「おー、凄い!めっちゃレアだよそれっ」
ノルが興奮してパロミデスの背後から肩を叩く。
パロミデスが拾い上げたそれは眼球を模したペンダントだった。
「〈eye of the Fiksriga〉だ、良いものを拾ったね」とノルが言う。
「いや、これは君の物だろう」
パロミデスが振り返りペンダントを差し出すと、ノルは突然吹き出した。勇者は何が起こったのか分からず差し出した体勢のまま戸惑ってるが、魔女は構わず腹を抱えて
「ふひひひひっ、ヤバい、ひひひっ」と
「あー、ヤバい、めっちゃ面白い」
「鼻血
ペンダントを渡そうとするパロミデスだったが、良いからとノルは其れを断った。
「きっと役に立つから、勇者が持っていればいいよ」
✣ ✣ ✣
行くところがあるからと別れを告げた魔女の背中を見送りながら勇者パロミデスは己の弱さを噛み締めていた。自由意志の民と比べて自分に決定的に足りていないもの…。
「経験、か…」
勇者はギュッとペンダントを握りしめた。
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