17〈鈴花と勇者〉勇者 v 悪魔
魔法力を持たない魔剣士の全ての技は生命力を消費して発動する。
レベルが50を超えると飛躍的に生命力が増え、
そんな中でレベルに依存しない高威力の火焔を生命力の続く限り噴き続けられるこの技は格上相手にもダメージ低減されない、正に切り札だった。
「ぎぉおおおっ!悪魔めぇぇえ!」
《バチバチバチッ》と音を立てて、其の切り札を浴びせられた勇者パロミデスが目の前で燃えている。
聖剣ゴムボーイが地面に伏せった状態からやっとの思いで顔だけを持ち上げ、勇者に浴びせ掛けた炎。
両足は既に勇者によって斬り落とされ、激痛に耐えながら放った地獄の炎だ。
聖剣ゴムボーイは命の限界まで炎を吐き続ける。
✣ ✣ ✣
大樹と勇気には父親しか居ないようだった。
聖剣ゴムボーイが気付かれないように二人を見守るようになって四日目、三人は旅支度を整えて車に乗り込んでいた。感覚強化技能を使ってその会話を確認すると何処かの避難所に向かうようだ。
「本当に大事な物だけにするんだ」
英俊が勇気に言っている。
「でもこれママの大事なのだから」
「パパ、ママが帰って来たら僕たちがどこに居るか分かるようにしとかないと」大樹が言う。
「そうだな、みんなで書き置きをしておこう」
やがて準備が整い車は避難所目指して走り出す。聖剣ゴムボーイは何なくその後を追い駆けて行く。
避難所に向かう国道6号線も今や乗用車やトラック、バイクが所々に乗り捨てられ順調に走ることはできなかった。
英俊は時速40㎞程度で慎重に車を走らせる。時々落ちている人間の死体を踏まないよう気を使いながら。子供たちにはタブレットでアニメ映画を見るよう言ってある。窓の外を見るな、と。大樹も勇気も何となくその意味を理解しているようだった。いつ怪物が襲ってくるか分からない。通りはすっかりゴーストタウンの様だが残された人々の死体がここも襲撃に遭った事を物語っている。
||実際、走り抜けた英俊の車に気付いた
一時間ほど6号線を北上したところで
「パパおしっこ」
長く我慢していた勇気がおずおずと云う。怪物の姿はしばらく見ていない。
「よし、もうちょっとだけ待ってくれよ」
「パパが見てくるから車で待ってろよ」
英俊は金づちを固く握り締め、ゆっくりとトイレに向かう。扉のサインは青、誰も入っていない事になっている。緊張で汗ばむ手で《ガチャリ》ドアノブを慎重に回し金づちを構えて扉を一気に開ける。
中は本当に無人だった。
「勇気、大丈夫だ。おいで」
「大樹もトイレしときなさい」
車の中の子供に声を掛ける。
子供たちがトイレを済ませている間、英俊はコンビニの棚を物色していた。缶詰などの保存の効くものは何も残っていなかったがラムネや小さいガム等は少し残っている。それに見合うだけの代金を英俊はホコリまみれのレジカウンターに残す。英俊の置いた以外にも
こんな世界になっても日本人の中に良心は消えないと英俊はその現金の固まりを眺めながら考えていた。
出入り口前で子供たちを待っていた英俊は急に空が暗くなったのを感じる。
「え?」
空を見上げた英俊の目に映ったのは不自然な姿勢でゆっくり落下してくる巨人の姿だった。
《ドォォオン!》と云う轟音と共にその巨人は其の
そして巨人に潰された車の部品と削れた地面の
咄嗟に身を屈めるが避けられる筈も無い。
《ガンガンガンガンッ!》と云う金属音の後、英俊は自分を護るように悪魔の様な異形の騎士が立っているのを見た。
「大丈夫?」
悪魔のような騎士は見た目に反した優しい声、それは女性のようだった。
「下がってて」
英俊が何か言う間もなく女騎士は鋭い声で指示をする。その目線の先は落下してきた巨人に向いていた。
「グロォォム」
低い唸り声を上げながらゆっくりと巨人が身を起こす。あの高度から落ちてきても死んでいなかったのだ。女騎士は腰から二本の分厚い小剣を抜き素早く巨人の左側に回り込む。
巨人は武器を何も持っていない様だが其の拳だけで原付バイクほどある大きさだ。殴られたら無事で居られるものはいないだろう。
女騎士は滑り込みざまに両手の剣を水平に薙ぐ。巨人の脛を切り裂き傷口からはドス黒い炎が舞い上がる。
「オオオオッ!」明確な怒りの雄叫びを上げて巨人が右拳を振り下ろすが其処には既に女騎士の姿は無い。拳は虚しく地面を叩き、其の衝撃が英俊の足元までも揺らした。
「前の巨人よりでかい…」
英俊は八幡南駅で見た巨人の事を思い出していた。あの時、身動きも取れずただ泣くことしか出来なかった。泣きながら二人の子供と、鈴花にもう会えない事を考えていた。
『
女騎士は地面に拳をめり込ませた巨人の背後に回り両手の剣を縦に振り下ろす。英俊は巨人の背中からまた黒い炎が立ち上るのを見た。
「そうだ、あの時もこの騎士が来て巨人を倒したんだ…」
巨人の威容に身動きが取れなくなったあの駅で、突然現れた悪魔の様な姿の騎士が口から猛烈な炎を吐いて一瞬で巨人を屠った事を思い出す。そして直ぐにその悪魔の騎士は姿を消した…子供と鈴花にもう会えないと泣いていた自分に目もくれず…。
あの後家に帰ると鈴花は居なかった。
帰路の途中、怪物の死体を見た。
玄関前にも怪物の焼け焦げた死体があった。
子供たちは無事だったが鈴花は居なかった。
テレビやネットで世界中がとんでも無い事になっている事が報じられた。
三日待ったが鈴花は帰って来なかった。
「英俊の帰りを待ってる間はこのゲームしてるんだよ」
昔、鈴花が言っていた。
あの時チラリと鈴花のゲームブックを覗いて見た。
巨人…鈴花…悪魔の騎士…。
巨人から守ってくれる悪魔の女騎士…。
子供たちはあの夜、聖剣ゴムボーイと名乗るノコギリのお化けに会ったと言っていた。
「鈴花」
真っ赤な山羊の目をしたこの悪魔の騎士は鈴花なのだ。
「鈴花なんだろ?」と問いかけた。
自分が話し掛けられている事に気付いた悪魔の騎士が顔をこちらに向ける。顔を覆うフルヘルムの隙間から真っ赤な山羊の目が見える。全身から黒い炎と煙が絶え間なく漏れ出している。どう見ても人間じゃない。
「鈴花だろ?」
もう一度英俊が問い掛けると
「私に言っているの?私は聖剣ゴムボーイ」
と悪魔が答えた。
「パパ」
何時の間にか大樹と勇気が英俊の後ろに立っている。何と二人に言えば良いのだろう。
「なあ鈴…」言いかけたその時、
《ズドォオオオォォン!》
突然、遥か上空から一直線に何かが駐車場に降ってきた。
《ビキビキビキ!》と音を立て衝撃でコンビニのガラスに無尽にヒビが入る。砂ぼこりが巻き上がり、周囲の視界を遮断する。
降ってきた其れは何か、では無く男だった。あまりに上空から降ってきた為、駐車場のアスファルトは大きく凹み、男を中心にクレーターのようになっている。圧縮されたアスファルトが瞬間的に放った熱風が親子の脛に当たった。
男は僅かな落下ダメージも負っている風も無く
「やあ!」
と片手を上げて親子にニッコリ微笑んだ。
「巨人を投げ飛ばしたのだが知らないかい?」
「こっちに飛んできたと思うんだよ、知ってたら是非教えてほしい」
「巨人なら私が倒した」
聖剣ゴムボーイが男の後ろから声を掛ける。
男はゆっくり振り向き、燃え燻る巨人の死体をそこに認めるとしばらく沈黙し、両手を広げて声を発した。
「素晴らしいじゃないか!よくぞ怪物を倒してくれた」
「あなたが巨人を投げ飛ばしたの?この人に当たるとこだったわよ」
「いやあー、それは本当にすまない!」
男は心から面目ない、と言った表情を作る。
「怪我は無かったかい? ん?」
無事を確認するように英俊の両腕を軽くパンパンと叩きながら尋ねる。
英俊は自分は無事だと頷いた。
「あんなに飛んで行くと思わなくてね、怪我が無くて本当に良かった、おや、かわいい坊やたち、君の子かい?」
英俊の後ろに隠れる二人に男は手を振る。
「ハローハロー」
男はゆっくり振り返り聖剣ゴムボーイを見つめ質問する。
「僕が逃してしまった巨人を倒してくれたんだね、君のレベルは…いくつくらいだろう?」
「36」
「そうか!道理で!」
男の顔が急に真顔に変わる。
「36じゃあ僕の事を知らないな」
雰囲気を変えた男の言葉で聖剣ゴムボーイはそっと武器に手を掛ける。
「あなた……誰」
「んふっふ? 僕は勇者さ!勇者パロミデス。君がもう少しレベルアップすると出会う事になる筈だったかな?」
「そう、勇者ね」
「ああ、君が巨人を倒してしまって正直! ガッカリしたんだけど……」
「この親子と君を殺せばもぉ|||||っと経験値が貰えるな!!」
最後の言葉を発したと同時に勇者が剣を抜き放ち、英俊を脳天から縦一文字に両断した。ハロウィンフェスタで永江キュルンを殺した技だ。パロミデスの一撃で英俊の体は均等に真っ二つになり、二つになった肉塊がその断面から血を噴き出しながらそれぞれ左右、大樹と勇気の
「ああっっ、快感っだっ!」
経験値獲得の快感に勇者が身震いする。ブルッと体を震わせ、勇者は二人の子供にねっとりとした視線を向ける。
《ドガッ!》
次の瞬間、勇者の体はコンビニの棚をなぎ倒しながら店内に吹き飛ばされた。かつてはおにぎりやドリンクの並んでいたであろう什器が《ガッッシャ||ン》と倒れ込み勇者を下敷きにする。聖剣ゴムボーイが背後からタックルしたのだ。
「早く逃げなさい!」
聖剣ゴムボーイは大声で二人を怒鳴りつける。
「パパ?」
大樹と勇気は床に座り込んで二つの肉塊となった英俊を見ている。
「見るな!早く逃げろ!」
もう一度怒鳴る。
「
聖剣ゴムボーイから吹き出た突風で大樹と勇気は駐車場まで転がり出された。
「やれやれ、ヒドイじゃないかw」
重なった棚を押し退けて勇者がゆっくり立ち上がる。
「早く行けぇぇええええ!」
聖剣ゴムボーイの絶叫にも似た声が店内に響き渡る。ガラスの向こうで大樹が勇気の腕を引っ張って立たせているのが見える。
「
怪物に見つかりにくくする付与術を子供たちの背中目掛けて放ち、聖剣ゴムボーイは勇者の前に立ち塞がった。両手には小剣、グランダアルボとクラーゴンが《ギュウっ》と強く握られている。
「来い!」
勇者は其れを見て今までの作り笑顔を消し、立てた人差し指を振りながら言う。
「悪魔風情に何ができるのかな」
戦闘の構えすらしない余裕の表情だ。
聖剣ゴムボーイは
《ガィイイン!》と金属音が鳴り響き勇者は
「何だ、速いじゃないか」
破壊されたコンビニの中で勇者は薄ら笑いを浮かべる。
こいつは多分自分よりレベルが高いんだろう、
「
聖剣ゴムボーイの腕から発した雷が地面を伝い天井を伝い勇者に襲いかかる。生命力の20%を消費する技能だ。
「おお、怖いな!」
降り注ぐ落雷で店内の什器や照明が次々と弾け飛ぶが、勇者はその中をゆっくり近づいて来る。
何発もの雷が勇者を直撃しているがまるで効いている素振りがない。
「この程度の雷は鎧で無効化だw」
と歩きながら上段に剣を構えたが、少し考え
「君は速いんだったな」と言い残し姿を消した。
聖剣ゴムボーイが辺りを見回そうとした瞬間、視界が崩れ、彼女は前のめりに倒れてしまった。何時の間にか背後に立っていた勇者に両足を膝関節から5㎝ほど上で切断されてしまったのだ。
「ぅぅううぅうっ!」
余りの激痛に声にならない呻きを上げ、両手の剣を振り回す。
「うわっ、君、汚いな!」
魔剣士である聖剣ゴムボーイの両足からは大量の血と同時に膿がゴボゴボと流れ出ていた。其れを嫌ってか勇者パロミデスは聖剣ゴムボーイの頭側に回り込む。
「君の頭も彼みたいに真っ二つにしようかww」
勇者は剣を振り被る。
痛みと言う言葉では表せない程の激痛が両足から上半身までも襲っていた。
切断された断面から血と膿と炎が絶え間なく噴き出す。意識を保っていられるのが不思議なほどだが、あの子供たちの事を考えると気絶することは出来なかった。上手く逃げられるだろうか?これから二人でちゃんと生きて……。
聖剣ゴムボーイは震える首を最後の力で持ち上げ勇者と目を合わせた。
勇者が何か言い掛けたその時、《ガチャン!》と聖剣ゴムボーイのヘルムの顎部が開き、口を大きく開けた真っ黒に焼けただれた醜い悪魔の顔が露出する。その喉から噴き出した猛烈な地獄の炎が勇者を焼いた。
「ぎぉおおおっ!悪魔めぇぇえ!」
バチバチと音を立て勇者の体が燃える。
『
生命力1を残すまで、力の限り
勇者から立ち上る火炎の柱は破壊されたコンビニの店内を駆け巡り次々と延焼していく。壁に貼られたポスターも棚に残された手書きのPOPも炎の中に消えていく。壁紙が焼け落ち、レジ袋に引火し奇妙な甘い匂いを放つ。英俊がレジカウンターに残した現金も、二つになってしまった英俊の体も炎の中に呑まれていく。燃え上がるコンビニの中で勇者を包む炎だけがやがて小さくなり…。
「………ハァアァ、ハァ、ハァ、クソ悪魔め」
炎を限界まで吐き切った聖剣ゴムボーイの前に勇者が立っていた。
レベル差が大きすぎた。
「
勇者は神話武器の一つ、大振りの片手槌を取り出し
「死ねwww」と振り被った。
両足も無くなった、最後の炎もこいつを殺すには力が到底足りなかった。
聖剣ゴムボーイは勇者が自分の頭を跨ぐように立つ気配を感じていた。
指一本動かす力も残っていなかった。彼女の全てを使い果たしていた。もう何も、やれる事は無かった。そして自分がこれから間違いなく死ぬ事を理解していた。
聖剣ゴムボーイのかすれる目線の先には2本の愛剣があった。
彼女が自身で製作し、名を付けた剣だった。
その剣の名前は「
ああ…その名前…何から取ったん||||
《バキャァァァン!!》
『星公女の鉄槌』が振り下ろされ、
鈴花の頭部はヘルムごと水風船の様に砕け散り、
そして炎に包まれるコンビニが彼女の墓標となった。
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