8〈佐々木〉襲撃


「およそ5000はいる様子です」


怪物の大群が進行しているとの報告を受けた千葉県警の対策本部に自衛隊習志野空挺部隊の佐々木一佐も詰めていた。柏市内から自然発生的に現れた敵性生物群は次第に集合し北西、つまり東京方面に向かっている様子が確認されている。

「一佐」

敬礼をし、日に焼けた精悍な青年、榎本二尉が本部テントに入ってくる。

「花見川区、美浜区でも敵性生物群の発生を確認、8000を超える集団を形成しつつあります」

「一佐、即応可能です。出動のご判断を」二尉が促す。

佐々木にも気持ちは痛いほど分かるが、どんな法的根拠で出動すると云うのか。

佐々木が見つめる先には広げられた千葉県の地図、其処そこには赤いマジックで幾つもの敵性生物軍の発生場所、青いマジックでれらの予想進行方向が書き込まれていた。


テントの外に置かれた牽引式の発動発電機が出す《ブゥウウウン…》と云う音が妙に佐々木の耳に響く。


「北部方面隊第11旅団隷下、普通科連隊長皆守みなかみ一佐よりお電話です」の時、土居通信員が佐々木に声を掛けた。

「佐々木です、お久しぶり」

「皆守です」同期の皆守の声が受話器から聴こえてきた。普段冷静な皆守が幾分上ずった声を出すのは珍しい。北海道の真駒内まこまない基地にいる皆守はその苗字を体現するかの様に何よりも国民の安全を第一に考える男だった。

「承知の通り敵性生物群がこちらでも発生した」怒りと、僅かな恐怖を押し殺す様に皆守が話す。

「道警が道路の封鎖、市民の避難誘導に当たっているが、既に市民にも警察官にも犠牲者が出ている」

「佐々木、連隊の出動を考えている」

「待て皆守、そちらには総理の出動命令が発布されたのか? そちらの総監は、谷口陸将は何と言っている」

「陸将は関知しない、まで俺の判断だ」皆守が答える。

「その様な事は例え存立危機事態であっても許されんぞ」思わず佐々木の声が大きくなった。

「道知事からの出動要請はあった、シビリアンコントロールは担保される」

「それは災害派遣だろう、防衛出動は国会の承認が無ければ許されん」佐々木は気色ばむ。

「無論だ、災害派遣で出動する」

「武装無しでか、部下を殺す気か」佐々木の語気が強まる。榎本二尉や県警の幹部たちも佐々木の電話を固唾を呑んで聞いている。

「防災道具扱いとして最低限携行し、そののち、緊急避難の為の使用を許可する」

皆守は法令ギリギリの線を何とか探っているようだった、しかし無理がある。

20ニイマルで対抗できるのか?」絞り出すように佐々木が問う。最低限の道具扱いと言うことであれば20式小銃の携行が限界だろう。

「分からん、携帯放射器も携行する」携帯放射器とは所謂いわゆる火炎放射器の事だ。

「昭和の時代、新潟の38サンパチ豪雪派遣で先達が使用した前例があるからな」佐々木が言うと電話の向こうで皆守がかすかに笑った気配がした。

「雪が相手だった時代が羨ましいよ」皆守が呟いた。

「話は以上だ、佐々木、話ができて良かった。幸運を祈ります」

「皆守……」


電話はそこで終わった。

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