自己紹介代わりの、止まない雨が降る――そんな日のこと
御伽草子913
第1話 自己紹介代わりの、止まない雨が降る――そんな日のこと
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※この短篇は、以前pixiv小説にて投稿した
『君がいるから』第3話 自己紹介代わりの、現状報告(1)
を再構成し、加筆、修正して短篇化したものです。
この話が一番『自己紹介』に合った話だと思います……
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何十年か前、『俺』が生まれたらしい。
だけど体が弱く、おかんが5才の時に死んだ。
腹の病気だったそうだ。
……早く死んだから、”神さま”の元にいたらしい。
27年前、俺は生まれた。
……健康を持ってきて、今度は丈夫な子になるだろう、と言われたそうだ。
3歳になる前、祖父が死んだ。
肺がんだった。
……「お母さんのことを頼む」と伝えて『向こうの世界』へ旅立った。
11歳になった頃、祖母を見送った。
老衰だった。
……その死に顔を見た時、悲しくもなく、何も感じなかった。
「勉強しなさい」……それが、この人の最後の遺言となった。
……『向こう』では祖父と会っていないらしい。
……死んだら再会する、なんて感動する話は無いんだなと思った。
17歳になる前、オッサンが死んだ。
脳梗塞だった。
何も言わず逝っちまった。
……脳が壊されたから
21歳の頃、教育実習の期間中に母が死んだ。
過労だった。
「いってらっしゃい」が生前に聞いた最後の言葉となった。
―Жア―ェ――ギ―§ャ―ァ――Φッ―――――――
……23歳の頃、『先生』が死んだ。
病死だそうだ。
………………
……最後に聞いた言葉が「30までに就職するだろう」と「止まない雨はないさ」だった。
……そこで、人生のレールが消えた……
頼るべき『道しるべ』も、目標も、希望もなく……
守るべきだった人が、先立ってしまった……
だからこそ俺は、止まっちまった……
……今はただ流されるがままに生きている。
今を無駄にしながら……壊れていきながら……
後悔しながら……
今、俺が願っているのは――
―― 一体、なんだろうな……? ――
「――橘さんって、幽霊信じます?」
「……へっ、いきなりどうした?」
「いや、何となくっス」
へー、と言いながら腕を組む。
二枚重ねで付けた医者が使うようなビニール手袋は、既にびちょびちょに濡れていて、手はふやけて、生理的嫌悪感が押し寄せてくる。
早く交換したいが、話し掛けられてきたので我慢するしかなかった。
回転寿司のバイト中、共に洗浄で皿洗いをする中村さんがそんな与太話を振ってきたからだ。
しかも、陰鬱に己の人生を軽く振り返っている真っ最中に。
しかも感傷に浸りながら若干気持ち良くなっていたところを、そんなどうでもいいことで邪魔されたから、少々の苛立ちを覚えるッ! 脳波コントロールは出来ないッ!
たくっ、こっちは妄想や考え事をしながら、ひたすら流れてくる食器を仕分け、皿洗浄機に放り込み、出てきた皿を積んでいく単純作業の仕事をしているというのに!
あっ、ただの皿洗いだと侮ってはいかんぞ?
皿が無いとお客さまに提供できなくなるから、割と重要なポジションだぞ皿洗いは。
洗浄するヤツがいなければ、繫忙期なら、たったの一時間で3000枚の皿が無くなるからね。体感だけど。
そして何よりも、速さが求められる! 早くしないと仕事が進まないからね……
こんな回転寿司屋の洗浄では、手が早い奴ほど『英雄』になれる。
因みに俺は既に神さま扱いされてる。
へっ、伊達に9年も皿洗いしてるしねー。バイトだけど……
そういうわけで、洗浄なんて誰でもできるから見下されるポジションだけど、割と大事な仕事だ。お客様に快適なサービスを提供する為にも、こうして皿を洗っとるわけですよー。
……と、いかんな。
こっちも与太話しちまった。
ともかく――幽霊信じてるカーだっけ?
「……いや、居ねえだろ普通。居たら見えるはずだし」
「ですよね! あーよかった!」
……なんでそんなに嬉しそうなんだ?
そう思っていると喋り出した。
「実は今日、心理学の講義でやったんスよ。『幽霊を信じるか信じないか』ってテーマで」
「へー、講義でそんなことやるのか」
「グループディスカッションっス。んで、信じない派……アタシだけでした」
「へー」
話しに夢中になりすぎて、手を止める中村さん。
俺は慣れた手付きで、
てか、グループディスカッションとかシャレた用語を使ってやがるな、さすが大学生だと少し感心する。
しかし、懐かしいな大学生とか……あれ? 俺、卒業してからもう……
――て、
「……え? 一人?」
……思わぬ返事に問い直した。
一人って、お前……って信じられない顔をすると、
中村さんは悲しそうに頷いて、ぶちまけた。
「そうっス。五十対一! もう完全アウェイ! いくら正論言っても、皆『可能性は否定できない』って押し切ってくるんス。集団心理ってやつですよ!」
「うわっキツ!」
「しかも、後で友人や家族にも話したら全員ソッチ側! 弟も『いるかもしれないじゃん』って、私、悲して、つい泣きそうでした……」
「ああ……な、なるほどね……あはは……」
……なるほど。孤立のしんどさは、よくわかる。
自分だけが浮いてる感じ、あれは地味に堪える。
そう、今まさに俺みたい――ゲフンゲフン!
と、ともかく、そんな親近感を勝手に感じた俺は慰めることにする。
「わかるよ、大変だったな……安心しな、幽霊否定派は、ここにいるぜ!」
「ありがとうございます……橘さん優しいっスね」
照れた笑顔、でも目は少し赤かった。
――誰か、一人でも味方が欲しかったんだろう。そんな笑顔だった。
「えへへ、橘さんが”信じない派”で安心しました! 仲間がいた! これで立ち直れそうっス!」
「お、おお……そりゃ良かった」
「はいっ、ありがとうございますねっ、橘さん!」
中村さんが少しだけ明るく皿を洗う。
俺もマスク越しに笑顔を作りながら、思った。
……こんな”俺”なんかで、役立てたなら、いいんだが……
……夢も、希望もない、俺なんかで……
しかし、幽霊か……
……ふと、心の中で呟く。
「――嘘だけど」
ザーザーと強くなる雨に打たれながら帰途の途中、ふやけた手でチャリのハンドルを握りしめながら呟いた。
まあ、どうでも良い与太話だ……
中村さんは結構そんな話を仕事中にしてくるから、助かる。
……たまに人と話すと心が温まるんだよなぁ。
勝手に社会人になっちまった今だと、結構いいんだよね。人見知りなのに……
そんな訳で、どうやら俺は人見知りだけど、人を何よりも求める傾向らしい。
変な性格してんね。
まあ、天涯孤独だからな……寂しいから、自然と人を求めてしまうのだろう……
そんな陰鬱な気分に浸りながら、早く帰りたいが為に必死にペダルを漕いでいると、前方に傘を持つ人影が見えた。
横切る寸前に見えたのは、サラリーマンらしきスーツを着た男性。
まだ20代なのに、その顔は少し疲れた表情だった。
仕事帰り……だわな。
こんな12時まで頑張って仕事とは……
キツイな、と心の中で同情した。
まあ、俺もそうなんだが……こっちは6時間(休憩時間一切無し)労働だけど。
……けど、そんなやつれたサラリーマンが、眩しく見えた。
フリーターなんかより、そのサラリーマンの方が立派に見えて……
悲しくなった……
『隣の芝生は青い芝生』っていう名台詞はその通りだけど……
それでも、彼の方が眩しく見えた……
……俺は、いつまでこんな生活をしなければいけないんだろうか……
や、自分からこんな道に進んだっけ。自動的に……
そう思ったとき、ふと見上げた漆黒の空を見上げた。
「……雨、止まねえな……っと!」
前を見なかったせいで、縁石にぶつかりそうになって転びそうになった。
チャリ走行中によそ見運転は危険だという事を、言語ではなく心で理解できた。
……雨は、小ぶりになりつつある。
けど、”雨”は当分止まないことも……理解していた。
……ふやけた手は、まだ乾かない……
※続く
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