7.邪神、あらわる!

「み〜か〜る〜氏〜〜〜〜!」

 現れたのは、せととゆゆりん、一心くん。

 そしてゆゆりんのうでに抱かれた、ネコのぬいぐるみ姿の壱おじいちゃん。

 それに、一心くんのうでに抱かれた、犬のぬいぐるみ姿の、超激おこ☆の、阿弥陀如来サマだった。

「なにが『すごいっしょ? えへへ』ですか! 昨日あれだけ言ったのに、札のことを、あんなに軽々と人に口外するなんて……!」

 阿弥陀如来サマは、わなわなわな、と、めちゃくちゃ震えながらご立腹だ。

「私はみかる氏の、そういう軽はずみなところが解せません!」

 怒り心頭の、阿弥陀如来サマ。

 ひええっ! なんで私が、まゆうちゃんに札のこと話しちゃったって知ってるのー⁉

「私は神ですよ! そのくらい、その場にいなくてもわかります!」

 ぴしゃりと言い放つ阿弥陀如来サマ。

 そうだった。

 阿弥陀如来サマ、神様だから、私の心の中もわかるくらい、実はすごいんだった。

 ふだんあまりにも普通に話してるものだから、神様だってこと忘れてたよ……。

「いいい、犬のぬいぐるみが、しゃべった⁉」

 まゆうちゃんは、めちゃくちゃ驚いてる。

 やっぱ、そんな反応になるよね。

 生徒会メンバープラス阿弥陀如来サマと壱おじいちゃん、全員が集合したところで、「なあ」とせと。

「さっきなんか、オレのことが好きとか聞こえたんだけど……みかるがか?」

「はあっ⁉ 私があんたなんか好きなワケないでしょーが! 陽月ケン校長先生がだよ! 実はせとのことが、死ぬほど好きなんだって」

 ナイス、私!

 とっさのウソはとんでもないものだけれど、まゆうちゃんの気持ちがバレずに済んだよ!

「まじか。……変態教師じゃねーか。やべぇな……」

 せとは、口元をひきつらせて、私のウソにドン引いている。

 ホッ。うまくごまかせた。せとがアホで良かった。

 陽月ケン校長先生には悪いけど、仕方ないよねっ!

 あとで伝わって怒られませんよーに!

 と、バカなことを言ってると、まゆうちゃんが決意したように口を開いた。

「違うの! せとくんのことが好きなのは、ケン校長先生なんかじゃなくて……」

 まゆうちゃんの言葉に目を丸くする私。えっ? えっ?

『じゃなくて』……?

「あたしなの」

「「「えっ」」」

 私、ゆゆりん、一心くん。せと以外の、生徒会メンバーの声が重なった。

 阿弥陀如来サマとおじいちゃんは、だまってことのなりゆきを見つめている。

 うわわっ、まゆうちゃん、それ言っちゃうんだ⁉

 しかも、私だけじゃなく、ゆゆりんや一心くんもいるのに!

 ついでに、しゃべる犬とネコのぬいぐるみまで!

 イロイロとツッコミどころはあるけれど……。

 これって、コクハクだよね⁉

 まゆうちゃんっ! 頑張れえええ!

 親友の、一世一代のコクハクに、私は心の中で、元気なチアリーダーに変身して、ポンポンを精いっぱい振って応援する。

 そして、そんな私と、ゆゆりん、一心くんは、ごくん、と固唾を飲んで見守る。

 この乙女の勇気に……な、なんて答えるんだろう。せとのやつ……。

「ありがとう」

「「「えっ」」」

 またしても、私たち3人の声が重なった。『ありがとう』⁉

 って、え⁉ これってまさか、カップル成立⁉

 キャー! マジで!? まゆうちゃんあっぱれ! だれか赤飯持って来いっ!

 なーんて、思っていたら……。

「でも」と、せとが、続けて言ったんだ。

「オレ、見てのとおり、生徒会が忙しいし……あと、まだ中1だし。とくにみかるとか、めっちゃアホだろ? 世話しねーといけねーから、遊んでるヒマなくてさ」

 って、えええ⁉ ちょちょちょ、ちょーいと待った!

「世話あああ! なにソレっ⁉ 私、そんなに言われるほど、あんたにメイワクかけたりしてないもんっ!」

「メイワクかけてんだろ! 5月の遠足のプリントホッチキスでパチパチ留めてたとき、指挟んだってギャーギャーわめいてたのは誰だよ? 保健室までオレが連れていってやったんだろーが!」

 ああ、そういえば、そんなことあったな。

 流血さわぎだって私が泣いて叫びまわるものだから、ゆゆりんびっくりしてたっけ……。

 一心くんは、とまどったように心配してくれてた。

 結局、血はすぐに止まって、私はさわぎ過ぎたことをあとで反省したんだよね。

「……やっぱり、せとくんとみかるは、仲良しなんだよね……。あたしが入るスキなんて、ない、か。……あーあっ! うらやましいな!」

 まゆうちゃんは、ぽつり、とつぶやいたあとで、「んーっ」と両うでを高く上げて伸びをして、それから……。

「うん。告白して、ちゃんとフラレてあきらめついた。なんか吹っ切れたわ。こうして、みかるの前でせとくんに気持ち伝えられて、よかった。せとくん、聞いてくれてありがとっ。……みかる! 素直にならなきゃだめだよ?」

 まゆうちゃんが、びしっと私に指を突きつける。

 へ? 素直に? って。なっ、なに⁉ それ! どーいう意味よ?

 私がせとのことを、気になっているとでも⁉

 誰が、こんな、いちご牛乳泥棒!

 キッとせとをにらみつければ、まゆうちゃんはクスクス笑っている。

 ……まゆうちゃんの恋は、散っちゃったみたい。

 でも。自分の気持ちを伝えられたことが、本当に嬉しかったみたいで。

 さっきまで言い争っていたのがウソのように、まゆうちゃんが、私に向かってほほえんでくれている。

 だから私は、めちゃくちゃ嬉しい。

 ふー。今度こそ、一件落着かな?

 だけど、それにしたって意味わかんない!

「こんなやつ、好きでもなんでもないんだからあ!」

 さけぶ私に、そこにいたみんなが、アハハと笑った。

 私たち全員が、和やかな空気に包まれた、まさにその時。

 この屋上に、不気味な声が響いた。

 ──それでいいのか? まゆうよ。お前の親友、あの生徒会長を、傷つけてやるんだろう? お前がなにもしないというなら、我の出番ぞよ。

 なに。この声。

 胸の奥にズシンと響く、気味の悪い重低音。

 ビュウウ! と突風が吹いたかと思うと、まゆうちゃんの体に、黒いモヤがまとわりついた。

「きゃああっ!」

「まゆうちゃん!」

 ダッ! とダッシュして、悲鳴をあげるまゆうちゃんに、かけよろうとした私。

 でも、黒いモヤに触れたとたん、バチバチバチッ、と火花が散って、手にビリビリと、するどい電流が流れた。

 その痛さに、思わず手を引っ込める。

 私たちが立ち尽くして見つめる中、黒いモヤが渦巻いて、段々と形になる。

 現れたのは……。

 超巨大な、黒いコウモリのような──邪神!

「みなさん! アレが、邪神が体現した姿です! 気をつけてください!」

 阿弥陀如来サマが、ぬいぐるみから本来の神様の姿に変化して、さけぶ。

「ふおぉお〜‼ いよいよ邪神との初決戦じゃ! たたた、大変じゃああ〜!」と、壱おじいちゃんはネコのぬいぐるみ姿のまま、ゆゆりんに抱かれて震えている。

 ゆゆりんは、邪神の姿を見て、おびえた様子だ。

 一心くんが、そんなゆゆりんの前に立ちはだかった。

「なにか、棒……!」

「一心くん! ほいっ!」

 私は、屋上に落ちてたモップを、すばやく一心くんにパスする。

「オレが、相手になりますっ!」

 一心くんが、キリリ、とした迫力のある真剣な表情になって、モップを構える。

 わっ! 剣道の構えだ!

 しかもしかも、普段『僕』って言ってるのに、こんなとき『オレ』って言うんだ!

 そういえば、LINEのアイコンも、剣道着姿だったもんね!

 一心くんってば、かっこいいー! やっぱ、せととは大ちがいだよねっ!

 ──くくく。我と戦うつもりか。この娘の命、果たしてお前たちに守れるかな?

 ……って、感心してる場合じゃなくて!

 こんなのと戦うなんて、いくら一心くんでも無理だよ!

 邪神は、一心くんにはかまわず言葉を続ける。

 ──人間の美魂。自分にないものを持つ相手に抱く感情──嫉妬。そんなものは、我々邪神勢の甘い菓子に過ぎん。いわば、花の蜜なのだ。まゆうのお前に対する醜く染まった魂は、まさに特上の味であるぞ。

 まゆうちゃんが、ガクッとその場にくずおれる。

 一心くんが邪神の体に向かっていくけれど、邪神はヒラリひらりとかわして、まるで動じる様子もない。

 実践的な攻撃は、効かないの⁉

 まゆうちゃんの顔がどんどん、阿弥陀如来サマが最初に言っていた通り、目の下にクマが出来て、すごく疲れた表情になっていく。

 真っ青で、今にも死んでしまいそう──!

 ──まゆう、お前の哀れな姿、見ていたぞ。失恋とは、不憫でならん。その美味そうな美魂──お前の心臓を、ぜひもらいたい。

「あ、あ……」

 まゆうちゃんの表情が、どんどん悲壮なものになっていく。

 やだ、やだ。やめて!

「うるさいッッッ!」

 ガコン! とブラウン管テレビを床に落とした時のような、トツゼン響いた私の大声に、その場にいた全員がビクッ! とはねた。

 ……邪神も。気づいたら、さけんでいた。私はかまわず続ける。

「なに⁉ さっきからだまって聞いていれば、ワケわかんないことばっかり! 何が花の蜜よ! 嫉妬なんて、そんなの誰だってするわ! 好きな人が他の女の子と仲良くしてたら、誰だって……誰だって、少しはイヤな気持ちになるもんだもん! 邪神なんかに心臓なんて食べられてたまるもんかっ! 私の親友は、私が守るんだから!」

 ──ほぅ。ならば生徒会長よ。お前がこの娘のかわりに、心臓をよこすか。

「……へっ⁉」

 ──お前のような威勢のよい娘の魂も、我は食べてみたい気がするぞ。

 ええぇえっ⁉ どええぇー!

 かわりに私の心臓を、よこせですってええ⁉

 邪神は、興味が完全に私に向いたらしく、ジュルリ、と舌なめずりをしている。

 なにこの展開!

 いやいやいや、こんなのっ! ゼッタイにナシなんだからあ!

 私まだ、たったの13年しか生きてないのに! まだ死にたくなーい!

「きゃあああっ!」

 完全に狙いの対象が変わったようで、逃げる私の背中に、邪神の──コウモリのするどいツメがのびてくる。

「「みかるさんっ!」」

「みか、る……」

 ゆゆりんと一心くんが、同時にさけぶ。

 まゆうちゃんも、下がるまぶたを必死でこじ開け、うつろに私の名前を呼んだ。

 背後に、迫りくる気配!

 屋上中を逃げまどう私。

 背中の影が、ゴオッ、とひときわ大きくなった。

 もうだめ!

 瞳をキツくつむったその時──ガッ、と後ろで、にぶい音がした。

 あれ? 衝撃が来ない──。

 振り返った私の視界いっぱいに広がるのは──、誰かの背中。──せとだ!

「せと!」

「っ……痛ってぇ……。……みかる。大丈夫か?」

 ドサッ、とその場に倒れ込むせと。

 その表情は、痛みを堪えているかのように、切羽づまって苦しげだ。

 ……うそ。せとが……せとが、私のことをかばってくれたんだ!

 真っ先に私を心配してくれるせとの姿に、胸がジーンと熱くなって。じわっ、と目に涙がこみ上げてきた。

「うっ、うん! 私は大丈夫っ! でもせと、オデコにケガ……血がっ! 血が出てる!」

「いーよ。こんくらい平気」

 邪神のツメが刺さったんだろう。

 タラーッとオデコから血を流しながら、せとはぐいっと、それをうでで拭う。

「心配すんなって。……な?」

 ドキン……っ。

 あまい音で鳴る胸。

 あ、あれ、どうしてだろう。せとに、こんな風にドキドキするなんて──。

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