空からの贈り物

ヒマツブシ

空からの贈り物


「またか」


 会社へ向かう途中に鳩の糞が肩に当たる。

 最近になって1週間に一回のペースだ。

 狭い路地。

 ここを通るのが会社への最短ルートだ。

 違う道を通っても大して時間は変わらないが、鳩如きに道を強制されるのは癪だと意地でもルートを変えなかった。


「全ての事象には意味があるの」

 亡くなった母の言葉を思い出す。

 母はある新興宗教を信じていた。


 偶然ではなく必然。何事にも予兆がある。

 大事なのはそれに気付き自覚できるか。

 ご先祖様があなたを導き助けてくれるの。


 どこかで聞いたようなオカルトだかスピリチャルだかを詰め合わせたような内容。

 幼少期はそれが当たり前だと洗脳されていたが、思春期には母の話が嫌でたまらなくなっていた。


 社会人になる頃に大きな喧嘩をしてそのまま疎遠になった。怒りの感情に任せて着信拒否にしメールもブロックした。

 数ヶ月後、地元の友人経由で母が亡くなったことを知った。


 全てはあの宗教のせいだとオカルト的なものは全て毛嫌いして遠ざけた。


 不思議なこと、偶然、デジャブ。

 そんなものは勘違いだ。

 そこに意味を見出す必要なんてない。

 ただそれに対処していけば良いだけだ。


 狭い路地を通る。

 頭上を見上げて鳩の有無を確認する。

 電線や街灯などの下はなるべく通らない。

 どうだ?今日も俺の勝ちだ。

 そう思って会社に行く。

 それでも一週間に一回くらいは肩に糞がついている。


 クソッ! 何なんだこれは!



 その日は客先で大事な打ち合わせがあった。

 会社に行き上司と社用車で向かう予定。

 大事な日に鳥の糞のついたスーツで行くことはできない。

 それでも道は変えたくはない。

 路地の手前から空を警戒し歩くルートを慎重に考えながら進む。

 路地の途中で、日傘をさせばいいのかと気付いた。

 道を変えるか迷ったり空を警戒するよりよっぽどいい。

 よし、今日の帰りにでも買うかと路地を抜けた。

 そこで気が抜けたのか、こちらに向かってくる車に気づかず道路を横断してしまった。



 病院のベッドの脇に上司が立っている。

「打ち合わせは時間をずらしてもらえて何とかなったよ」

「本当に申し訳ありません。こんな大事な日に事故に遭ってしまうなんて」

「いやいや、こちらもそのおかげで助かったようなものだから」

「?」

 話を聞くとその日、客先に向かうルート上で大規模な玉突き事故があり、予定通りの時間で出発していたら巻き込まれていた可能性が高かったとのことだった。

「大型トレーラーに挟まれた車はペチャンコだったそうだ。まあ、うちらがそうなっていたとは限らないが」

 上司は、良い機会だ、ゆっくり休めと病室から去っていった。



 病院の向かいの公園まで松葉杖でやってきた。

 タバコを吸いながら頭上から聞こえる鳥の声の方に目を向ける。


 助けてくれたのか?

 何度も鳥の糞を落として?

 いやいや、そんなことありえない。

 糞と事故は関係ない。

 ただの偶然だ。


 自覚するとね、導いてくれるの。

 もし、私が死んじゃってもあなたのこと、助けてあげるからね。

 ちゃんと気付いてね。


 幼少期に見た光景を思い出す。

 母は本当に信じていたのだろう。

 あそこまでキツい言い方をしなければ良かった。

 母は最後にどんな思いでいたのだろうか。

 公園の木々から漏れる光は、滲みながらもキラキラと輝いていた。



「あ、またタバコ吸いに行ってましたね?」

 看護士に声をかけられる。

「あ、すいません。匂いますか?」

「もう。そんなに元気ならすぐ退院できそうですね」

「はは、そうですね」

 気まずくなり立ち去ろうとすると別の看護士に呼び止められる。

「あれ? 肩に何かついてますよ?」



 自分の肩に手をやる。

 ねちゃっとしたイヤな感触が手に付く。

 最近、何度か味わったこの手触り。


 はーっと大きなため息が出た。



「クソッ! またか!」








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空からの贈り物 ヒマツブシ @hima2bushi

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