第30話 俺はサブスク企業のコンテストにエントリーしたい(後編)
俺とあかりは、結局二人でコンテストにエントリーすることになった。
部室の笑い声がまだ耳に残っている。校舎の廊下を歩きながら、俺は少し不安になって口を開いた。
「……なあ、広告研究会のことと、コンテストのこと。あれでよかったのか?」
隣を歩くあかりは、一瞬だけ考える素振りを見せたが、すぐににこっと笑顔を見せる。
「うん。広告研究会は、楽しい先輩が多そうだったし、エントリーも全然いやじゃないよ」
彼女の瞳がきらりと輝く。
「それに、野菜サブスクの企業にも興味あるし、コンテスト自体も面白そう。だから、むしろ楽しみ」
俺が「本当に大丈夫か」と念を押すと、あかりは小さく首を振った。
「でもね……今日、お兄ちゃんが私を連れて行ってくれたのが、いちばんうれしかった」
「俺が?」
「うん」
あかりはふわりと笑みを浮かべる。
「この前のナスの料理を食べてもらったときから思ってたんだ。私にとっても何かにつながる大事なきっかけになるんじゃないかなって。だから、これはすごくいいチャンスだと思う」
立ち止まり、まっすぐこちらを見上げる。
「ありがとう。秋に向けて頑張りたい」
その真剣な瞳に、俺は言葉を失った。
ただ静かにうなずくしかなかった。
◇
マンションに戻ると、あかりは迷わずキッチンに立った。
エプロンをかけ、袖をきゅっとまくり上げる姿は、すっかり“家の人”の風格がある。
「今日は野菜多めでいこうかな。これから暑い季節になるから」
手際よくまな板の上で包丁がトントンと音を立てる。
ネギを刻む香り、煮干しと昆布の出汁の香ばしい匂いが広がり、部屋の空気が一気に食欲をそそるものへと変わった。
フライパンではナスが焼かれ、じゅうっと音を立てる。皮が香ばしく焦げ、甘い香りが漂う。
鍋では鶏肉と根菜がコトコト煮込まれ、だし汁が部屋に広がる。
やがてテーブルに並んだのは――
炊きたてのご飯、鶏肉と根菜の煮物、薬味をたっぷりのせた冷奴、そして焼きナスのおひたし。
見ただけで心が温まるような食卓だった。
「召し上がれ」
あかりがにっこり笑い、箸を差し出す。
「いただきます」
二人で声を揃え、箸を手に取った。
ナスのおひたしを一口。
香ばしさと出汁のやわらかな味が広がり、思わず息が漏れる。
「……やっぱりうまいな」
「ふふっ、よかった」
その笑顔を見ていると、今日一日の緊張がふっと溶けていく気がした。
◇
夕食を終え、二人で食器を洗い、テーブルを拭き終えた。
ひと段落してソファに腰を下ろすと、あかりが急に真剣な表情を見せた。
「ねえ……お姉ちゃんたちから少しだけ聞いたんだけど。料理のコンテストって、本当に参加して大丈夫? 高校のとき、嫌なことがあったって」
ズンと重たい空気が胸の中に広がる。
俺は、喉の奥に詰まったような感覚を押し出すように、ゆっくり言葉を絞り出した。
「……そうだな。あの頃の料理コンテストは、俺にとってはトラウマみたいなもんだ」
視線を落とし、指先をぎゅっと握る。
「でも――過去を乗り越えたい気持ちもあるんだ」
あかりは眉を寄せ、心配そうに俺を見つめる。
「無理に話さなくてもいいよ」
「いや……あかりには、ちゃんと話したいんだ。今はまだうまく言葉にできないけど、話せるようになったら必ず伝える」
「……お兄ちゃん」
切なげに呼ぶ声に、胸が少しだけ軽くなる。
彼女はそっと俺の隣に腰を下ろし、じっと見つめてくる。
「つらそうな顔してる。眉間にしわ寄ってるよ。……膝枕する?」
「いや、いつも俺が甘えてばかりじゃ……」
「じゃあ、代わりに――あたま、なでて」
差し出された頭に、俺はそっと手を置き、髪をやさしく撫でる。
「……ありがとうな」
自然に感謝の言葉がこぼれた。
あかりはそのまま俺の胸に顔をあずけ、目を閉じる。
「そのまま……もっと撫でてほしい」
俺は彼女の頭を撫でながら、苦笑いした。
「こうしてると、小さい頃を思い出すな」
「うん……。お兄ちゃんの手って、落ち着くんだよね」
彼女の声は小さくて柔らかく、心の奥にじんわりと染み込んでいく。
そのまま二人で小さい頃の思い出話になった。
夏祭りで金魚すくいに夢中になったこと。
冬に雪だるまを作って手が真っ赤になったこと。
小学生のとき、川沿いで石を投げ合って遊んだこと。
あかりは楽しそうに笑い、俺も自然と笑っていた。
まるで、あの頃に時間が巻き戻ったような気さえする。
気がつけば、時計の針は夜遅くを指していた。
窓の外には、静かな都会の夜景が広がっている。
――こうして、俺たち2人チームの挑戦は、静かに幕を開けた。
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幼なじみの優しい膝枕で俺のド田舎脱出計画は上書きされる ちかあま理久 @guuguunet
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