第29話 俺はサブスク企業のコンテストにエントリーしたい(前編)

広告研究会の部室に、俺はあかりを連れてやってきた。

ガラス窓から差し込む午後の光で、部屋は明るい。机の上にはノートPCや資料、コンビニのコーヒーカップやスナック菓子が散乱している。壁には過去のイベントポスターやコンテスト入賞の盾が貼られ、大学サークルらしい雑多な雰囲気が漂っていた。


「えっと……今日は、俺の知り合いを紹介したくて」

俺が声をかけると、雑談していた先輩や同期たちが一斉にこちらを振り返った。


あかりは少し緊張した面持ちで一歩前に出る。

白いブラウスに膝丈のスカート。長い髪は軽く巻いて、耳元には小さなイヤリングが光っていた。

柔らかい微笑みを浮かべた瞬間、部室の空気が少し和んだ。


「はじめまして。山谷屋あかりです。心理学部の一年生です。よろしくお願いします」


「おぉ、かわいい! ……新入部員?」

先輩の一人が興味津々に首をかしげる。


俺は苦笑しながらフォローを入れる。

「コンテストに興味があって今日は見学で……。地元の幼なじみで、佃煮屋の娘なんです。食材や出汁の勉強をしてて、この前、夕食で野菜佃煮のアレンジコース料理を出してくれたんですよ」


「えっ、すごい! コース料理?」

「佃煮ってご飯のお供ってイメージだけど、アレンジできるんだ?」


先輩たちの目が輝く。その視線に、あかりは少し恥ずかしそうに笑った。


「えっと、まだ勉強中ですけど……。野菜と出汁を合わせて、副菜やスープにしてみたり。実験みたいな感じで楽しんでます」


「じゃあ、普段からごはん作ってるの?」

女性先輩が興味津々で身を乗り出す。


「はい。同じマンションに住んでいるので、いつも私がお兄ちゃんのご飯も作ってます」


「同じ建物?」

「同じ部屋です」


その答えに、一瞬、部室の空気が止まった。


「……それ同居、いや同棲でしょ?」

「えっ、えぇ!? いやいや、彼女とかじゃなくて!」

俺は慌てて手を振る。


だが、女性先輩は腕を組んでにやりと笑った。

「桐谷君、こんなかわいい彼女がいるなら、“彼女ほしい”とか言っちゃだめよ?」


「ち、違います! あかりは妹みたいな存在で……!」

「妹みたいって……それ本人の前で言う? ひど〜い」

「ねぇあかりちゃん、ほんとはどうなの?」


「そ、それ以上は……ひ・み・つです!」

顔を真っ赤にしながらも、あかりは小さく笑った。


「きゃー! かわいい!」

「見た? 今の反応! 完全に彼女ポジじゃん」

「桐谷、隠すだけムダだな」


部室は爆笑と冷やかしに包まれる。俺はただ頭を抱えるしかなかった。



その後、あかりは女性先輩たちに完全に取り囲まれてしまった。


「朝ごはんも作ってるの?」

「はい、簡単ですけど……卵焼きとかお味噌汁とか」


「洗濯とか家事も?」

「はい、全部私が……。でもお兄ちゃんも手伝ってくれます」


「お兄ちゃん呼びしてるの? かわいすぎ!」

「ちょっと! 今度部室にもお弁当持ってきてよ〜」


「えぇ!? そ、それは……でも考えておきます」

あかりは頬を染めて目を泳がせる。


「じゃあ桐谷は? 掃除とかちゃんとしてんの?」

「えっ……俺? いや、まぁ……」

「ほら、言葉濁した!」

「ぜったい何もしてないでしょ〜」

「うん、してない顔してる」


「あの……! 一応、ゴミ出しとかは!」

必死に反論する俺を、先輩たちは完全におもちゃにしていた。


その間も、あかりは楽しそうに笑っていて、むしろ居心地がよさそうにすら見えた。

――なんでこんなに馴染んでるんだよ。



俺はなんとか話の輪から抜け出し、机の端に置かれた資料をめくった。

国産野菜のサブスク企業が主催するビジネスコンテスト。

優勝すればインターンや起業につながるチャンスと聞いて、どうしてもエントリーしたいと思っていた。


「なぁ、一緒に出てみない?」

隣にいた広告研究会の1年生に声をかける。


「いやいや、蓮。お前、もう同棲彼女いるんだろ?」

「みんな知ってるぞ〜!」

「二人で出るしかないっしょ!」


「えっ、もう広まってんの?」

「だって、今の会話聞いてたら誰だってそう思うよ」

「そうそう。“お兄ちゃん”呼びなんて破壊力抜群だし」


……完全に部室中に噂が広まってしまったらしい。


ため息をついた俺の耳に、女性先輩の笑い声が飛び込んでくる。

「あかりちゃん、コンテスト頑張ってね! 桐谷をよろしく!」

「えっ、わ、私も出るんですか!?」

「もちろん。だって二人で同居してるんでしょ? 最強チームじゃん!」


あかりは真っ赤になって俺を見上げる。

俺も返す言葉がなく、ただ苦笑いするしかなかった。


――どうやら、この勝負のパートナーは、最初から決まっていたらしい。

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