第24話 俺は原宿でクレープを食べ歩きたい(後編)

マンションのドアを開けると、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。


同時に、リビングから軽やかな声が響く。


「いらっしゃいませ」


え? と思って顔を上げると、そこには見慣れない格好をしたあかりが立っていた。


「……ただいま。すげー、何の衣装だ?」


とまどいながらそう言うと、あかりは胸の前で手を重ね、にっこりと微笑んだ。


「和カフェ・あかりへようこそ」


白い着物風の上着に、紺色の前掛け。胸元には赤い組紐の飾りが結ばれ、足元は草履風のサンダル。


髪は低めの位置でまとめられ、涼やかな簪が差されていた。


和とモダンが混ざったその装いは、どこか懐かしく、けれど新鮮な雰囲気を漂わせている。


「和カフェ……?」


俺が首をかしげると、あかりは楽しそうに説明を付け加えた。


「うん。和テイストの内装や服装で、スイーツや軽食を出すカフェのことだよ。


抹茶や和菓子をメインにして、落ち着いた雰囲気でゆったりできるんだって」


まるで本当に店員をやっているかのような口ぶりで、彼女はさらりと言った。


「どうかな、この服」


「すごい、いいな……なんかグッとくる」


「ふふっ、ありがとう」


あかりは満足そうに微笑んだ。その表情は、ちょっと照れたようで、でも自信もにじんでいて。


俺は鞄から袋を取り出した。


「そうだ。お土産を買ってきた」


「わぁ、嬉しい! 開けてもいい?」


袋の中には、原宿で買った焼き菓子と限定パッケージのチョコレート。


カラフルな包装に、あかりは子どもみたいに目を輝かせた。


「かわいい! ありがとう、お兄ちゃん」



「今日はね、お兄ちゃんのために和風クレープを準備したの」


そう言って、あかりはキッチンから皿を運んできた。


クレープの生地はほんのり色づいていて、中にはチキンときんぴらごぼう。


「……おかずクレープ?」


「うん! そば粉で生地を作ってみたの。ガレットの応用だよ」


ぱくっとかぶりつくと、香ばしい生地と甘辛いきんぴらが意外なほどマッチしていた。


鶏肉の旨味と野菜の食感、そこにそば粉の風味が合わさり、食欲がどんどん進む。


「……うまいな。こういうの、アリだ」


「ふふ、良かった」


あかりも嬉しそうに口に運ぶ。


「生地はどうやってつくったんだ?」


「そば粉と卵と牛乳を混ぜて、一晩寝かせたの。フライパンより、鉄板で焼いた方が本当はパリっとするんだよ」


「へぇ……本格的だな」


感心していると、キッチンから電子レンジの音が鳴った。


「もう1品あるから待ってて!」


数分後、あかりが持ってきたのは、ふんわり膨らんだクレープ。


「あんバターもちもちクレープ!」


一口かじると、生地がもちっとしていて、小豆の優しい甘さとバターの塩気が絶妙に絡み合う。


思わず頬がゆるんだ。


「……これ、めちゃくちゃ美味い。生地がもっちもちだ」


「こっちはタピオカ粉を混ぜてるの。あんこは十勝小豆で炊いたの!」


嬉しそうに説明するあかりの瞳は、夢を語る子どものように輝いていた。



「……あかりが店を開いたら、俺、毎日通うかもしれない」


思わず熱く語ると、あかりは驚いた顔をして、それからふっと目元を潤ませた。


「ありがとう……」


「え、ど、どうした? 俺、変なこと言ったか?」


「違うの。お兄ちゃんが認めてくれたみたいで、嬉しいの。ずっと……スイーツのお店を開きたいって思ってたから」


「……そっか。あかり、すごく頑張ってたんだな」


佃煮屋の跡継ぎとして見られがちなあかり。


でも、その心には「自分の夢」がしっかり息づいている。


「あかり……」


潤んだ瞳のまま、あかりは俺の隣に腰を下ろし、小さな声で呼んだ。


「お兄ちゃん」


その声に応えるように、俺はゆっくりとあかりの頭を撫でた。


彼女はすっと体を寄せ、俺の胸に顔を押し付けてきた。


「……小さい頃を思い出すな」


俺の胸に顔を押し付けたまま、あかりは小さくうなずいた。


「スイーツのお店を開きたいって夢、誰かに話したことあるのか?」


問いかけに、あかりは首を横に振る。


「そっか……なかなか話すの難しいよな」


もう一度、頭を撫でた。


彼女はほっとしたように目を閉じ、そのまましばらく俺に委ねていた。



その夜。


寝る前に、あかりから「30分だけ頭なでなでして」とお願いされた。


シャンプーの甘い香りと、体温が近くに感じられる柔らかさ。


俺の鼓動がどんどん速くなるのが、自分でもわかった。


胸に顔をうずめたままのあかりが、くすっと笑って言った。


「お兄ちゃんのドキドキ……聞こえるよ」


その一言に、俺の顔は熱で真っ赤に染まった。




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