第23話 俺は原宿でクレープを食べ歩きたい(前編)
日曜日の午前11時。
俺は原宿駅の改札を抜け、人の波に押し流されるように竹下口へと向かった。
駅前には色とりどりの服を着た若者たちが行き交い、手にはショッピングバッグやスマホ。
すでに観光客らしい外国人のグループも目立っていて、異国の言葉が飛び交っていた。
長野の山奥で育った俺には、この原宿の賑わいは別世界に思えた。
「おーい、蓮!」
声をかけてきたのは、広告研究会の同期、同じ1年の**佐藤**。
彼も地方出身で、「実は俺も原宿来るの初めてなんだよ」と笑いながら手を振っていた。
「やっぱりすげーな、原宿。……どこから見て回る?」
「とりあえず歩いてみるか」
俺と佐藤は肩を並べ、人混みへと流れ込んだ。
◇
「蓮、知ってる? 原宿の流行りのフードって入れ替わりがめっちゃ早いらしい」
「へぇ、そうなのか」
佐藤のスマホにはまとめサイトが開かれていて、2025年の原宿スイーツランキングが映っていた。
「えっと、いま人気なのは……“クリームブリュレクレープ”だって。表面をバーナーで炙ってカリカリにするんだってよ。
あと“クロッフル”。クロワッサンをワッフルメーカーで焼いたやつ。韓国から来てるらしい。
それから“糸ピンス”。細い糸みたいなかき氷で、インスタ映え間違いなしだってさ」
「……すごいな。名前だけで甘そう」
「食べ歩きしてこそ原宿だろ?」
そんな会話をしながら、俺たちはいくつもの店先を覗いていった。
◇
人気店の前には長蛇の列。
国内の観光客だけでなく、外国人観光客の姿も多く、道行く人はそれぞれスイーツを片手に笑顔を浮かべていた。
「やっぱ混んでるなぁ……でもせっかくだし並ぶか」
俺たちは評判のカフェの列に並んだ。
およそ1時間待って、ようやく店内へ。
白とグリーンを基調にしたインテリア。木製のテーブルには観葉植物が置かれ、天井からはおしゃれな照明が吊るされている。
頼んだランチは、色鮮やかなプレートだった。
スモークサーモンとアボカドのサラダ、雑穀パン、スープはカボチャのポタージュ。
さらにチキンのグリルにはレモンソースがかけられ、爽やかな香りが広がっていた。
「これ、完全にインスタ用じゃん……でも美味い」
「な、田舎の定食屋じゃ絶対出てこないやつだな」
俺たちは笑い合いながら食べ進めた。
◇
食後、竹下通りへ。
狭い通りはまるでお祭りの縁日のように人で溢れていた。
「うわ……これが竹下通りか」
「人の波ってやつだな」
スイーツ店の列に並び、佐藤と一緒にクレープを購入。
俺も佐藤もクリームブリュレクレープを選んだ。
バーナーで炙られた表面がパリッと音を立て、甘い香りが広がる。
テイクアウトで歩道の隅に寄り、二人でかじった。
「うまっ……」
「なるほど、これが流行るわけだな」
◇
「それにしても、予想以上に人多いな」
「だよなぁ。……そうだ、お土産買って帰ろうと思うんだけど」
「お土産? 誰に?」
不意に聞かれて、俺は少し言葉に詰まった。
「……妹みたいな幼馴染と、今同居しててさ」
「へぇ? 妹みたいな幼馴染?」
佐藤の目が一気に輝いた。
「かわいいのか? で、付き合ってるのか?」
「つ、付き合ってない。ただの幼馴染だよ」
「ふーん……でも、それって同居じゃなくて同棲じゃねぇの?」
「ち、違うって!」
慌てて否定する俺に、佐藤は悪戯っぽく笑った。
「じゃあさ、付き合っていないんだったら、今度紹介してくれよ」
「……まぁ、本人に聞いてみるよ」
◇
夕方になり、原宿駅で佐藤と別れた。
人混みから解放され、電車に揺られながらも、胸の奥に妙なざわつきが残っていた。
(……なんだ、このモヤモヤは)
あかりは妹みたいな大切な幼馴染。
そう思っているはずなのに、友達から「かわいいのか?」と聞かれたり、「紹介してくれ」と言われただけで、心臓がざわついた。
(別に紹介してもいいはずだ。……けど、あかりを他の男に“かわいい”なんて言われるの、なんかイヤだ)
窓に映った自分の顔が、不機嫌そうに歪んでいることに気づき、慌てて姿勢を直す。
(落ち着け……ただの同居人。妹みたいな幼馴染。
——そうだ、これは独占欲とかじゃない。……ない、はずだ)
自分に言い聞かせても、胸の奥に広がるモヤモヤは消えてくれなかった。
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