第23話 俺は原宿でクレープを食べ歩きたい(前編)

日曜日の午前11時。


俺は原宿駅の改札を抜け、人の波に押し流されるように竹下口へと向かった。


駅前には色とりどりの服を着た若者たちが行き交い、手にはショッピングバッグやスマホ。


すでに観光客らしい外国人のグループも目立っていて、異国の言葉が飛び交っていた。


長野の山奥で育った俺には、この原宿の賑わいは別世界に思えた。


「おーい、蓮!」


声をかけてきたのは、広告研究会の同期、同じ1年の**佐藤**。


彼も地方出身で、「実は俺も原宿来るの初めてなんだよ」と笑いながら手を振っていた。


「やっぱりすげーな、原宿。……どこから見て回る?」


「とりあえず歩いてみるか」


俺と佐藤は肩を並べ、人混みへと流れ込んだ。



「蓮、知ってる? 原宿の流行りのフードって入れ替わりがめっちゃ早いらしい」


「へぇ、そうなのか」


佐藤のスマホにはまとめサイトが開かれていて、2025年の原宿スイーツランキングが映っていた。


「えっと、いま人気なのは……“クリームブリュレクレープ”だって。表面をバーナーで炙ってカリカリにするんだってよ。


あと“クロッフル”。クロワッサンをワッフルメーカーで焼いたやつ。韓国から来てるらしい。


それから“糸ピンス”。細い糸みたいなかき氷で、インスタ映え間違いなしだってさ」


「……すごいな。名前だけで甘そう」


「食べ歩きしてこそ原宿だろ?」


そんな会話をしながら、俺たちはいくつもの店先を覗いていった。



人気店の前には長蛇の列。


国内の観光客だけでなく、外国人観光客の姿も多く、道行く人はそれぞれスイーツを片手に笑顔を浮かべていた。


「やっぱ混んでるなぁ……でもせっかくだし並ぶか」


俺たちは評判のカフェの列に並んだ。


およそ1時間待って、ようやく店内へ。


白とグリーンを基調にしたインテリア。木製のテーブルには観葉植物が置かれ、天井からはおしゃれな照明が吊るされている。


頼んだランチは、色鮮やかなプレートだった。


スモークサーモンとアボカドのサラダ、雑穀パン、スープはカボチャのポタージュ。


さらにチキンのグリルにはレモンソースがかけられ、爽やかな香りが広がっていた。


「これ、完全にインスタ用じゃん……でも美味い」


「な、田舎の定食屋じゃ絶対出てこないやつだな」


俺たちは笑い合いながら食べ進めた。



食後、竹下通りへ。


狭い通りはまるでお祭りの縁日のように人で溢れていた。


「うわ……これが竹下通りか」


「人の波ってやつだな」


スイーツ店の列に並び、佐藤と一緒にクレープを購入。


俺も佐藤もクリームブリュレクレープを選んだ。


バーナーで炙られた表面がパリッと音を立て、甘い香りが広がる。


テイクアウトで歩道の隅に寄り、二人でかじった。


「うまっ……」


「なるほど、これが流行るわけだな」



「それにしても、予想以上に人多いな」


「だよなぁ。……そうだ、お土産買って帰ろうと思うんだけど」


「お土産? 誰に?」


不意に聞かれて、俺は少し言葉に詰まった。


「……妹みたいな幼馴染と、今同居しててさ」


「へぇ? 妹みたいな幼馴染?」


佐藤の目が一気に輝いた。


「かわいいのか? で、付き合ってるのか?」


「つ、付き合ってない。ただの幼馴染だよ」


「ふーん……でも、それって同居じゃなくて同棲じゃねぇの?」


「ち、違うって!」


慌てて否定する俺に、佐藤は悪戯っぽく笑った。


「じゃあさ、付き合っていないんだったら、今度紹介してくれよ」


「……まぁ、本人に聞いてみるよ」



夕方になり、原宿駅で佐藤と別れた。


人混みから解放され、電車に揺られながらも、胸の奥に妙なざわつきが残っていた。


(……なんだ、このモヤモヤは)


あかりは妹みたいな大切な幼馴染。


そう思っているはずなのに、友達から「かわいいのか?」と聞かれたり、「紹介してくれ」と言われただけで、心臓がざわついた。


(別に紹介してもいいはずだ。……けど、あかりを他の男に“かわいい”なんて言われるの、なんかイヤだ)


窓に映った自分の顔が、不機嫌そうに歪んでいることに気づき、慌てて姿勢を直す。


(落ち着け……ただの同居人。妹みたいな幼馴染。


——そうだ、これは独占欲とかじゃない。……ない、はずだ)


自分に言い聞かせても、胸の奥に広がるモヤモヤは消えてくれなかった。

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