第15話 俺は映えるBBQでラムチョップを味わいたい(前編)

ゴールデンウィークの真っ只中。


新入生歓迎を兼ねたイベントサークルのバーベキューが、多摩川の河原で開催されていた。


「うわぁ……すご」


河川敷一面に広がる緑の芝生。その上にテントやテーブルが並び、男女あわせて三十人近いメンバーがわいわいと準備を進めている。


俺は思わず感嘆の声を漏らした。


バーベキュー自体は、実家の長野でも何度もやったことがある。庭にコンロを置き、親父が焼いた鶏肉や野菜をみんなでつつく。


けど、今日のこれはまったく雰囲気が違った。


机の上には色とりどりの食材やカラフルな紙皿が並び、音楽スピーカーからは流行りの洋楽が流れている。インスタでよく見る「映えるBBQ」ってやつだ。


「参加費七千円もするんだしな。楽しませてもらわねぇと」


胸の奥で小さく呟く。



経験者ということで、俺は炭火を担当することになった。


炭火用の着火剤を使って着火し、団扇であおいで火を広げていく。


炎が落ち着き、炭全体にじんわりと赤い色が回った頃、トングで炭を端と中央に分けて傾斜を作った。


「おお、プロっぽい!」


「すげー、火加減ゾーンができてる!」


先輩や同期から口々に褒められる。


ちょっと鼻が高くなる。地方の庭先でやってきた経験が、まさか東京で役立つとは。



炭がいい具合に育ったところで、調理が始まった。


まずはトマトとモッツァレラチーズを串に刺して並べたカプレーゼ。


焼き目をつけたあとにオリーブオイルをかけると、香ばしさと爽やかさが同時に広がる。


「うまっ。トマトが甘ぇ……」


口に入れると、トロリと溶けたチーズとジューシーなトマトが弾けて、オリーブの香りが後味を引き締めていく。


次に登場したのは、豪快なラムチョップ。


骨つきの肉をジュウジュウと焼き上げ、ローズマリーとにんにくで香りづけする。脂が炭に落ちるたびに煙が立ちのぼり、食欲を刺激してきた。


「いただきます!」


かぶりついた瞬間、肉汁が口いっぱいに広がった。


ラム独特の濃厚な旨味に、ハーブの爽やかさが絶妙にマッチしている。


さらに、アクアパッツァ風のスキレット料理も登場。


鯛とアサリをトマトやハーブと一緒に煮込み、白ワインで香りづけ。


川辺の風を受けながら食べると、都会にいるのを忘れてしまうくらい贅沢な気分になった。


「……七千円の価値あるわ」


思わず口にしてしまうほど、料理のレベルが高かった。



「蓮、飲み物は? カシスオレンジ風モクテルあるよ」


「マジか……ノンアルなのに見た目がカクテルっぽい」


氷の入ったグラスにオレンジとベリーの色が層をなして、写真映え抜群だった。


一口飲むと、爽やかな酸味と甘みが広がり、喉を涼やかに潤す。


周囲では先輩たちがインスタ用に皿を並べ、写真を撮り合っている。


俺も勧められてカメラに収まり、「いい笑顔!」なんて冷やかされる。


楽しくて、美味しくて、時間を忘れるほど満喫した。



けど、ふと頭に浮かんでしまう。


一緒にラムチョップを頬張って「おいしいね」なんて笑っている光景が頭をよぎる。


友だちを連れて参加してもいいらしいから、次はあかりを誘ってみてもいいかもと思った。



片づけのとき、余った串焼きを数本、先輩がタッパーに詰めてくれた。


「これ、持って帰りな」


「あ、ありがとうございます」


ラムチョップも一本入っていた。



日も暮れて、家に帰り着いた。


玄関を開けると、エプロン姿のあかりが笑顔で出迎える。


「おかえりなさい。お兄ちゃん」


その声を聞くだけで、心がほっとした。


俺はタッパーを差し出す。


「これ、今日のバーベキューの串と……ラムチョップ。余り物だけど」


「わぁ! いい匂い。おいしそう!せっかくだからレンジであっためて食べるね」


嬉しそうに目を輝かせながら、あかりはラムチョップを手に取り、温め直してから骨にかぶりついた。


「んー! おいしい!」と笑顔を弾けさせる。


俺は今日の出来事をぽつぽつと話して聞かせた。


多摩川の景色、豪華な食材、みんなで盛り上がったこと……。


「お兄ちゃんが楽しそうで、あかりも嬉しい」


ラムチョップを食べながら聞くあかりの笑顔を見て、胸がじんわり温かくなる。


都会のオシャレな時間も悪くない。


けど、家でこうしてあかりに迎えられる瞬間も悪くはないと思った。

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