第4話 俺はイベントサークルで美人と出会いたい(後編)

新入生歓迎会から帰ってきたのは、夜の9時を少し回ったころだった。

部屋の灯りがついているのを見て、玄関を開けると、ふわりと出汁の香りが漂ってきた。


「おかえり、お兄ちゃん。お茶漬け作っておいたよ」


キッチンから顔を出したあかりは、エプロン姿で小さく笑った。

 炊きたてのご飯と湯気の立つ急須。湯気と一緒に、安心感が胸に広がる。


「腹、減ってるでしょ? 昆布の佃煮、実家から送ってきたやつ。今日のは特に美味しいよ」


「……お前、なんでこういうタイミングで用意できんだよ」


「えへへ、妻の勘?」


そう言って微笑むあかりの表情は、何かのドラマで見た、長年連れ添った妻みたいに思えた。


(やばい。これじゃ、遊び歩いている悪い夫みたいじゃねぇか……)


用意された茶碗の中には、炊きたての白米。その上に、山谷屋特製の昆布の佃煮がのっている。


一口食べた瞬間、舌に広がる旨味と塩気に思わず息が漏れた。


「どう?」


「……うまい」


「ふふっ、良かった」


その笑顔を見ていると、都会での新しい出会いに胸を躍らせていた自分が、なんだか悪いことをしている気分になった。


シャワーを浴びて、リビングに戻ったのは夜10時を回ったころ。

ソファには、すでにあかりが座って待っていた。


「おかえりなさい。お兄ちゃん、疲れたでしょ?」


「まぁ、ちょっとは……」


「じゃあ、膝、貸してあげる」


「……は?」


俺が固まっていると、あかりは当たり前のようにポンポンと自分の太ももを叩いた。

ショートパンツから伸びる白い脚。柔らかそうな太ももが、妙に強調されて見える。


「え、いや、いいって……!」


「遠慮しないの。こういうときは甘えていいんだよ。はい、横になって」


強引に引っ張られ、そのまま頭をあかりの太ももに乗せられてしまった。


「……っ!」


瞬間、頭の下に伝わるのは信じられないほどの柔らかさだった。

クッションのようでいて、ほんのりとした温もりがじわじわと頭皮に広がっていく。

 太ももの丸みが側頭部に沿ってフィットして、思わず首筋が熱くなる。


(やば……なにこれ……。こんなの反則だろ……)


息を整えようとしても、耳の奥まで血がのぼってくるのが自分でも分かる。


わざとじゃないと分かっているのに、ふと動いた拍子に弾むような感触が押し返してきて、ますます心臓が跳ね上がった。


「ふふ。お兄ちゃん、やっぱり疲れてるね。顔に出てるよ」


「……お前な、こういうの、ずるいって」


「ずるい? 私、ただお兄ちゃんを癒したいだけだよ」


小さな手が、髪をゆっくりと撫でてくる。

その優しいリズムと、柔らかい太ももの感触に、意識がどんどん遠のいていく。


(……都会で彼女を作るんだって、決めたのに……)

(なんで俺は、ここで癒されてんだよ……)


瞼が重くなり、意識が溶けていく。


その夜、あかりの膝の上で眠りに落ちた俺は、「東京彼女計画」には強敵が存在することを、認識させられたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る