第34話

 2013年秋。

 

「翔子さーん!ご飯できたよー」

 私がそう言うと、翔子さんが自分の部屋から眠そうに出てくる。

「ふぁー杏おはようーありがとうー」

 あくびをしながらテーブルにつく翔子さん。

 2人でいただきますと言って、私の作った朝食を食べ始める。

 翔子さんが倒れて以来、朝ごはんも曜日別に交代で作ることにした。

 翔子さんは頑なにご飯の担当を譲りたくなかったみたいだけど、「私も花嫁修行したいし!」と適当に言った言葉に、「そう!杏が花嫁修行したいなら分かったわ!」と嬉しそうに頷いた。

 

 青さんと別れてからは、就活も本格的に考え始める時期にもなったので、毎日企業研究やインターン、説明会などせわしなく動いていて、寂しさも別れた実感さえ湧かずに毎日を過ごせていた。

 青さんとはKIRISAWAのシフトで何度か顔を合わせたけど、今まで通りの穏やかな余裕のある距離感で接してくれて、シフト前に「今日青さんとかぶるの気まずいなあ。」なんて思って項垂れてた私は拍子抜けだったけど、さすが、と思わざるえなかった。


「今日も説明会?」翔子さんは味噌汁をすすりながら聞いてきた。

「爽ちゃんと一緒にOB訪問で県立美術館行く」

「へー。楽しそう!」

「まあね。帰りは本通りで買い物して帰ろっかな」

「いいじゃん。ねえ、隼とはどうなったの?」

「どうもなってないよ」

「え?青さんと別れたのに?」

「別に隼とどうにかなりたくて別れたわけじゃないし。あっちも就活で忙しいだろうし」

「ふ〜ん。」

「神とはどう?順調?」

「うん順調よ。神くんは女慣れしてるからいいかもね。なんか色々上手」

「へー!よかったじゃん!」

「上手ってなんのことかわかる?」

「褒め上手とか?」

「キスとエッチ」

 私は味噌汁を吹き出した。

 「や、やめてよ、2人のそういうの想像したくないし、朝だし!!」

「あはは!杏って可愛いー!よかった!その反応は青さんに処女を奪われてないのね?」

「は……!?まじうざいんだけど!」

「可愛い〜!」

 翔子さんは神と付き合い始めて幸せすぎて、おかしくなってんのか。全く。


 ――――――


 OB訪問を終えて、私と爽ちゃんは本通り商店街を歩いて、特に目当てのものはないけれど、ブラブラと歩いていた。


「学芸員も楽しそうよねー。狭き門だけど」爽ちゃんが言う。

「うん!でも私はやっぱデザイン事務所志望にしようかな。やっぱり装丁したいし。」

「まあ杏はそうよね。今日は付き合ってくれてありがと。でも私は何がしたいかわかんなーい。あれもこれも興味が湧くのよ!」

「爽ちゃんならなんだってなれるよ」

「まあね」とニヤリとした爽ちゃんがふと目を丸くした。

「あ、あれ隼くんじゃない……?」そう言う爽ちゃんの視線の先には、隼が知らない女の子と2人で歩いていた。手は繋いでないけど、並んで歩いてる姿はまるで恋人同士みたいだった。

 それを目の当たりして、鼓動が一気に早くなることが分かる。

「うわっ……」と私はついに口に出した。

「前バーベキューに連れてきてたおなごとは違うタイプの子ねえ。あの子も随分ぶいぶい言わせんのね!ははは!」

 愉快な爽ちゃんの発言が胸にブッ刺さる。

 私があからさまにいたたまれない表情をしていたのか、爽ちゃんが提案してきた。

「杏、今日夜バイトないなら、うちのオカマバー来なさいよ!サービスしとくから!ちーちゃんもこの辺で働いてんでしょ?ちーちゃんが仕事終わったあと一緒に来ればいいのよ。あんたたち、ずっと来たがってたじゃない。」

「たしかに、行きたいかも。明日はバイト早番だから、終電で帰るけど。」

「いいんじゃない?今日はパーっと飲みましょ!」

「おっけーい!」


 私は先ほど目に映ったショックな光景を打ち消したくて、必死だった。

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