短編ミステリー『集団セラピーにて』

波多野ほこり@ミステリー

【患者1】の告白

 神原祐樹です。十七歳、西ノ里高校に通っています。


 僕には好きな人がいます。仮に、Aさんとします。

 彼女は明るく快活で、クラスの誰からも好かれています。料理研究部に所属しています。


 一度、料理研究部の活動中に部室に招かれたことがあるのです。

 今日はパエリアを作るんだ、って。僕、そこで過呼吸を起こして倒れてしまったんです、彼女がせっかく腕によりをかけて料理をしてくれているというのに。


 ——火が、怖いのです。


 幼い頃、自宅が火事になりました。あれは早朝の出来事でした。一人早起きをして朝食の支度をしていた母が、フライパンを火にかけたまま、貧血で気を失ってしまったのです。


 焦げたにおいに目を覚ますと、火は僕たち三人の寝室のすぐ目の前まで迫っていました。

 はじめ、何が起こっているのかわからなかった。慌てて父を起こし、すぐに母の姿が見当たらないことに気がついてパニックになってしまいました。

 幸い、出火に気づいた近所の人がすぐに消防車を呼んでくれたから、僕ら家族三人は大した怪我も後遺症もなく救出されました。


 でも、当時母のお腹に宿っていた僕の弟は流れてしまいました。あの日以来、火を見ると、弟の僕を責める声が聞こえるのです。


 パエリアの日も、そうだった。ガスコンロのほんの小さな火柱の合間から、弟の目が覗くのです。弟の姿はエコー写真でしか見たことがないはずなのに。


 ———おまえが死ねばよかったんだ。おまえに、このパエリアを食べる資格はない。ここから出ていけ。


 Aさんは、料理人になることが夢だと語っていました。彼女に生涯、寄り添える男になるには、火への恐怖を克服することは絶対条件だと思いました。この集団セラピーに通うことで、いつか、彼女に見合う男になれると信じています。


 けれど、Aさんはあの日から学校を休んでいます。きっと僕の反応がショックだったのでしょう。苦手な料理を作ってしまったのかもしれない。


 自責の念から登校できなくなってしまったのだとしたら———やはり僕には、火を克服する責任があると思います。次こそは、彼女の手料理を笑って食べられるように。

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