疾風迅雷

パンチ☆太郎

第1話

 吹き荒れた豪雨であった。

 空調の音が静かになっているところで、ころころと台車を動かしていた。

 床はコンクリートである。

 巨大な棚から一つ商品を取り出し、それをスキャンする。

 それを何時間もこなしていた。

 休み明けは疲れが抜けているからいいものの、連勤となると、足の裏が強烈に痛いのだ。

 歩き続けると、足が棒のようになって動かない。しかし、動き続けなければならないのだ。集中力も続かない。

 商品を探すときの手元もくるっていく。

 泥になっているようだ。

 もはや頭で何かを考えるということは億劫になっている。

 俺は機械だ。

 何の意思も持たない機械だ。

 そう思いながら、ひたすらに歩き続けた。

 そして作業を終え、帰ろうとしていたところ、1人の男が3人の男に絡まれている。

 気弱そうな中年であった。

 酒臭く、どうでもいいような話に花を咲かせている連中だ。

 倉庫の中はチームプレイとはいえ、ああいう手合いとは仲良くしたくない。

 すると、絡んでいた酒臭い男。襷には、佐々木と書かれている。

 そいつが話しかけてきた。

「おい、何こっちみてんだ?風間かざまくん」

 話したこともないのになれなれしいな。

 そう思いながら、言った。

「その男を離してやったらどうだ?」

「ああ?関係ないだろ小僧」

「ひっこんでろ!!」

 俺は睨みを利かせてやると、男たちは、言葉に詰まった。

 俺はすっと前に出た。

 佐々木たちは、それを見て下がる。

「やる気か?」

「俺はどっちでも構わないぜ」

 男は拳を掲げた。

 武術ぬ心得はないが、それほどの気迫は感じなかった。

 構える必要性を感じなかったので、俺は両手をぶら下げたままにしていた。

 佐々木は、いざとなれば、後ろの二人が助けてくれると踏んでいるのだろう。

 後ろの二人も佐々木が何かをしてくれると期待している。

 そのすきを狙って、絡まれている男、石田はその場から逃げていた。

「お前のせいで、石田に逃げられたじゃねえか」

 言葉を発してから、佐々木は、俺を殴ってきた。

 真っすぐだ。

 あまりにも真っすぐな正拳突きだ。

 空手か何かをやっているのだろうか。

 佐々木は、一撃で俺をのそうとしているのだろう。

 確かに、逃げられない。

 今から横に逃げても、その前に拳が体のどこかに届く。

 まあ、逃げようなどとは端から考えていない。

 俺はその男の腕を掴み、そのまま投げたのだ。

 佐々木はその場に倒れた。

 他の男はそれに続こうとしたが、足を掛けて、バランスを崩した後に、その顔に手を置いてやった。

 そして、最後の男には、顎にパンチをくらわせてやった。

 それで、俺は家に帰ることにしたのだ。

 ロッカーの中は、防犯カメラがついている。

 相手から仕掛けてきたとはいえ、これで、俺もクビだな。

 そう思い自転車にまたがろうとした。

 すると、ぬうっと男が近づいてきた。

 辺りは暗く、明かりだけがその男を確認する頼りだった。

「すごいパンチだな。風間くん。」

 ごつい男であった。

 腕も太く、顔には無数のしわが刻まれ、中年の太った肉体労働者にしか見えないが、体からはすごい熱気を発している。

「たしか、大友さん....」

「そう、大友康平だ。」

「俺に何か?」

「ああいった騒ぎを起こしちまうと、明日から来ないんじゃないかってな」

「そうだな。警察に行くことはないだろうが、職場には行けないな」

「どうだ?俺と一緒にタイへ渡ってみるか?」

「タイ?悪いが、俺は忙しいんだ。」

「おふくろさんのためか?それは立派なことだけどよ。こんなやりがいのない仕事をしていても、親孝行とは言わんぞ」

「あんたも一緒だろ」

「言うねえ。でも、あんただったら、一瞬でタイで金持ちになると思うぜ」

「もしかして、あっちに趣味でもあるのか?」

「そんな気はねえよ。あんただったら行けるのは、もう一つの方だ。それがこれよ」

 大友は、拳を掲げた。

「なんだ?」

「ムエタイだよ」

「ムエタイ...」

「明日から、仕事がなくなるわけだから、こいつで一発当てようぜ」

 そういうと、大友は、いきなりストレートのパンチを放った。

 それを、寸止めした。

 鼻の先が少し触れるところであった。

 風間は、一歩も動いていなかった。

 いや、動けなかった。しかし、動く必要だないとも思った。

「どうしてよけなかった?」

「当たる気配がなかったからです。それと、単純に動けませんでした」

 惚れ惚れするようなストレートを放った大友は言った。

「俺がお前を強くしてやる。ついてこい」

 大友の肉の興奮は未だに冷めていないようであった。

 板の上に、マットをのせた簡素なリングであった。

 ロープが4本引かれている。

 リングに上がっている二人は、舞っていた。

 試合前に舞わなければいけないのだ。

 そして、舞った後に、レフェリーがルールの説明をし、サイドに分けられる。

 赤コーナー風間一平

 青コーナータムロン

 風間の身長182cm体重108kg無駄な贅肉のない、引き締まった体をしていた。

 一つ一つの筋肉がしっかりも仕上がっている。

 セコンドには、大友がついていた。

「しっかりやれい!!一平!!」

 大友は、風間の背中をバンと叩いた。

 ゴングが鳴った。

 客は、コールをしている

 タムロン!タムロン!タムロン!

 風間をコールする声は聞こえない。

 ここは、タイの地元祭りの一環であった。

 3000人の観客が賭けをしている。

 ムエタイは賭けの対象となっているのだ。

 その資金が選手のファイトマネーとなる。

 タムロンの身長190cm体重112kg地元の有力選手で、風間は正直期待されていない。

 プロ1年目である。

 プロと言っても、子供のころからムエタイの選手として生きているので、キャリアとしては10数年であった。

 タムロンの目はさっきに満ち溢れていた。

 こんなところで躓くわけにはいかない。

 余裕綽々で、終わらせなければいけないのだ。

 タムロンの足が、地から、跳ね上がり、風間の右側部を襲った。

 腕でブロックしているものの、脳のダメージは計り知れない。

 ムエタイというのは、賭け事であるため、基本的に、KOでは、勝負が決しない。そのうえ、パンチの配点は高くないため、クリンチが多くなるのである。

 タムロンもリンチを多くして、一平を倒そうとしていたが、一平はそんな甘い相手ではなかった。

 

 

 

 

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疾風迅雷 パンチ☆太郎 @panchitaro

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