第19話 責任転嫁
「……で、どうするんですか。このままじゃ間に合わないですよ」
朝の生徒会室は、まだ花音の姿がなかった。
珍しいことではあるが、昨日の険悪な空気を知る役員たちはそれぞれ黙々と資料をめくりながらも落ち着かない様子だった。
「結局、発注が遅れたのは副会長の連絡ミスだろ?」
会計の男子が口を開くと、副会長が眉をひそめる。
「いや……確かに僕が担当だったけど。でも、最終確認をしたのは会長だ。だから最終的な責任は会長に――」
「それは……違うと思います」
その瞬間、静かに手を上げたのは書記の一年女子だった。
普段はあまり目立たず、議事録を黙々とまとめている彼女の声に、全員が驚いて振り向く。
少し震えてはいたが、まっすぐな声だった。
「最終確認は確かに会長だったかもしれません。でも会長に任せきりにして、自分の役目を軽く見てしまったのは良くないと思います」
空気が張り詰める。
副会長は顔を赤くしたが、書記の言葉に耳を傾けていた。
「それに……全部を会長に押しつけてきたのは、私たち全員です」
書記は視線をそれぞれの役員に合わせながら続ける。
「会長がすごく頑張ってくれてたから、私たちも『任せれば大丈夫』って……。でも、結果として会長に負担をかけすぎて、今回のことを招いたんだと思います」
しばしの沈黙。
やがて副会長が大きくため息をついた。
「……確かに、僕の担当も会長に任せっきりだった。全ての責任も押し付けようとしていた。反省してる」
別の役員も頷く。
「このままじゃ本当にまずい。会長に謝って……それから、私たちで立て直さない?」
それが合図となった。
責任を押しつけ合っていた空気が、一転して「どうすれば良いか」を考える方向に変わっていった。
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そのころ、花音は教室の席に座っていた。
クラスメイトの声で教室は賑わっているが、花音の耳には入ってこない。
(……私のせいだ)
副会長の発注ミスを止められなかった自分。
責任を押しつけられそうになった昨日の記憶。
何より、自分が他者を強く叱責してしまったことが胸を刺していた。
(結局、私はみんなをまとめる器じゃなかったんだ……)
机の下で拳を握りしめる。
(でも、逃げるわけにはいかない。選ばれたのは私なんだから)
けれど、その「選ばれた理由」を思い出すたび、胸が重くなる。
――自分が立候補したわけではなかった。
――満場一致で押し上げられただけだった。
(私の意思じゃなかったのに……)
そのとき、隣の席の女子が心配そうに声をかけてきた。
「花音、大丈夫? 顔色悪いよ」
「……うん。大丈夫」
笑顔を作ったが、頬は引きつっていた。
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昼休み。
花音は躊躇いながらも重い心と足を生徒会室に進めた。
「この部分、俺が担当する」
「じゃあ、私はこちらの確認を取ります」
「先生への説明は一緒に行こう」
そこには昨日と違う空気が広がっていた。役員たちが真剣な表情で資料を広げ、議論をしている。
花音は部屋の前で、足を止めた。
(……どういうこと?)
驚いている花音に気づき、書記が立ち上がった。
「会長!昨日は……すみませんでした。でも、これからは任せきりにしません。私たち協力してやります」
会計も続ける。
「責任を押しつけるんじゃなくて、ちゃんと自分の担当を果たす。……だから会長も、一人で抱え込まないでください」
副会長も、気まずそうに頭を下げた。
「…すみませんでした。ぼくの発注ミス、役員全員でリカバリーします。業者にはもう連絡しました。追加費用はかかるけど、納期はぎりぎり間に合うかもしれません」
花音は言葉を失った。
胸の奥に、じんわりと温かさが広がっていく。
(みんな……変わろうとしてる)
(私も変わらないといけない)
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放課後、生徒会は急ピッチで動いた。
副会長は業者と連絡を重ね、納期を短縮する交渉を続ける。会計は追加費用の見積もりをまとめ、先生に掛け合った。書記はスケジュールを練り直し、細かい作業を振り分ける表を作る。
「ここ、手伝える人をリスト化しました。これで分担できます」
「いいね、それなら効率的だ」
一人ひとりが真剣に役割を果たしていた。
花音はそんな姿を見守りながら、自分に言い聞かせる。
(私は全部を背負わなくていい。……みんなに任せていいんだ)
必要な場面では花音がサポートに入り、先生との調整や外部への信頼回復のための説明を担った。
「責任は生徒会全体にあります。私たちで必ず修正します」
その言葉に、先生も「任せたぞ」と応じてくれた。
夜になる頃には、計画はギリギリながら実現可能な形に整えられていた。
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窓の外ではグラウンドの照明が落ち、遠くに車の音だけが響いている。
生徒会室の蛍光灯の白い光が、机の上に散らばる書類やメモを淡く照らしていた。
「……よし、これでなんとか形になった」
会計が最後の数字を書き込み、長い息を吐いた。
「業者も納期を確約してくれた」
副会長も疲れた笑みを浮かべる。
「スケジュールの調整も終わりました。あとは作業を分担して進めるだけです」
書記がまとめの用紙を差し出す。
花音は手元の資料から目を上げた。
机を囲むみんなの顔は、疲れているのに不思議と輝いて見えた。
ふと視線を窓の外に向ける。夜の校庭に浮かぶ月が、どこかやさしく微笑んでいるように見えた。
今までの自分なら『明日も私が頑張らなきゃ』と気を張っただろう。でも今は違う。
(明日は、みんなと頑張ればいいんだ)
花音は、思わず声に出していた。
「……ありがとう、みんな」
役員たちは驚いた顔をした後、少し照れくさそうに笑った。
「こっちこそ、会長に任せきりですみませんでした」
「これからはみんなで協力しましょう」
花音は重くのしかかっていた鎖がほどけ、肩が軽くなった気がした。
「……これなら、乗り越えられる」
月明かりが差し込む窓を背に、生徒会室を後にする。夜の廊下を生徒会のみんなで歩きながら、花音は胸の奥に芽生えた感情を噛み締めた。
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