第6話
「朱里? ごめんね、その人のことは知らないや。お兄さんの大切な人?」
「あ、いや……すみません、こんなところに座り込んでて……」
朱里に似た女性はフッとタバコの煙を吐き出す。そして、にこりと妖艶に笑った。
「別に。構わないさ。それよりも、あんた、つかれてないかい?」
「え? あ、あぁ、ちょっとだけ……いや、疲れてないですよ。これくらい、平気です」
「ふーん、私にはそんな風には見えないけどね」
女性はそう言うと部屋の中へと戻ろうとする。
悠真は朱里に似たその人の背中を見送る。朱里に似た人に出会えただけ、今日は収穫があったと言ってもいいだろう。
そう考えて、ゆっくりとその場を立ち去ろうとする。すると、扉の向こうから女性が頭を出して、首を傾けていた。
「あれ? 来ないの?」
女性の言葉に悠真の足はぴたりと止まる。この人はなにを言ってるんだろう、と頭が混乱していると、女性はさらに言葉を紡いだ。
「あんたの話、聞かせてよ。あんたの抱えているもの、私も興味が湧いた」
女性は糸を手繰り寄せるように悠真に向かって手招きする。悠真は一瞬悩んだあと、朱里の面影があるこの女性と話がしてみたいと思った。
悠真が女性の方に一歩踏み出すと、彼女は満足そうに笑った。女性は笑うと右に笑窪ができるようだった。
――朱里とは違う。朱里は笑窪なんてできない……やっぱりこの人は朱里とは違うんだな。
朱里との違いに気がついた時、少しだけ心が重くなるような気がした。朱里はどこにもいないんだと、言われているようで涙が滲む。
「泣いてたらせっかくの男前の顔が台無しだよ、お兄さん」
ふわっと独特な匂いが鼻につく。気がついた時には目の前はタバコの煙で覆い隠されていた。
煙の向こうでは女性がジッと悠真の瞳を見ていた。
「さ、行こうか。ようこそ、私の館へ」
扉の向こうには照明が極限まで減らされて、薄暗い部屋が広がっていた。
どうやらお店の裏口だったようで、入ってすぐはキッチンだった。たくさんのグラスといろんな種類のお酒が埋め込み式の棚に並んでいた。
「……バー、ですか?」
「そうだよ。私はムーンライトっていう店のマスターをやってるのさ……さ、こっちに来て」
女性はキッチンからホールに悠真を連れて行く。カウンター席の真ん中に悠真を座らせると、キッチンにまた戻っていく。
手際よく、ドリンクを作る道具を取り出すと、ちらっと悠真の方を見た。
「お酒は大丈夫? 問題なければ、私の方で作っちゃうけど」
「大丈夫です。あっ、でも、そんなに今手持ちなくて……」
「気にしないで。私があんたに作ってあげたいだけだからさ。それでも気に病むっていうなら、ぜひうちをご贔屓にしてほしいかな」
揶揄うように笑った女性に悠真は少しだけ緊張を解いた。
「私はサラサって言うんだ。お兄さんの名前は?」
「俺は、悠真って言います」
「悠真、いい名前だね」
サラサは手元でメジャーカップにお酒をついではシェーカーに入れていく。完全に感覚で作っているようだったが、きっとレシピがあるのだろう。
その手つきは慣れており、見ていてスッと胸のつっかえが落ちていくようだった。
「どうして悠真はあそこにいたの? 失恋でもした? それとも、仕事でうまくいかなかった?」
マドラーでカラカラと数回かき混ぜると、再びシェーカーに液体を入れていく。
「……俺は、あそこには…………」
震える声で悠真は話し始める。しかし、朱里のことを思い出すと、声を奪われたようになにも言えなくなる。息が詰まって、喉に何かが張り付いているようだった。
「俺は…………」
それでも、悠真はサラサに全てを話してしまいたかった。両親や朱里の家族、知り合いでは話せないことも、見知らぬサラサになら打ち明けられる気がした。
「俺は、俺は……幼なじみを――殺してしまったんです」
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