第5話

 街の光がやたらと目につく。飲んだくれの調子のはずれた歌声や、チンピラの下品な笑い声が耳に障る。


 夜の街は昼の街とは違って一気に治安が悪くなる。だから、悠真はこの時間があまり好きではなかった。


 だけど、朱里は案外この時間も好きだったようで、たまに二人で飲みに行くと楽しそうに人間観察をしていた。


 朱里曰く、人の本性がここには溢れているそうだ。


 社会に抑圧された大人たちが、一時でも我を忘れて楽しそうに過ごしている様子を見ると自分も開放感を得られるとか。


 正直に言えば、いい大人が羽目を外してケラケラ笑っていることのなにがいいのかは分からなかった。


 だけど、彼女がいなくなってしまった今、その思い出が悠真の心を支えている。


 好きではない夜の街も、彼女との思い出が詰まっている。だからこそ、何度もここに訪れてしまう。



 どれだけ、過去を追いかけても、朱里はもう帰ってこないというのに――。



 悠真は仕事終わりに会社近くの街や地元の飲み屋街を歩くのが日課になっていた。


 日によっては終電すら逃し、いつまでも朱里の面影を探す。


 そんな悠真の様子を両親は痛ましいものを見るように心配していた。特に、動揺していたとはいえ、自分の息子を責め立ててしまった負い目がある正美は、誰よりも胸を痛めていた。


 両親の心配も、朱里の家族の心配も全てわかっていた。


 だけど、悠真はこの行動を止めることができなかった。これをやめるということは、前に進むということだ。


 言い換えれば、未来に進むとも言える。それはつまり、朱里という人間の死を過去のものにするということだ。


 彼女の死を過去に追いやって、自分だけが未来を生きる。


 そう考えると、彼女を殺した悠真にそんな権利はないように思えた。


 だから、今日も悠真は夜の街を歩く。時間を見ると二十三時を過ぎていた。あと一時間もしないうちに、終電は目的地に向けて出発してしまうだろう。



 悠真の想いも、朱里の死も置いていって。



 悠真はいろんなことを考えて、気持ちが悪くなる。ふらふらと大通りから脇道に逸れるように移動する。


 どこかの店の勝手口の前に座り込む。黄色の空き瓶が入ったケースの奥で、膝を抱えて丸くなる。


 このまま、暗闇に溶けて消えてしまえればいいのに。


 そうすれば、自分も朱里の下にいけるはずだ。そうでなければいけない。


 グッと膝を胸に引き寄せて、腕の中にすっぽりと顔を埋める。


 その時、背中にドンッと衝撃が走る。


「あ、ごめん。人がいるとは思わなかったんだ」


 中性的な声が耳にスッと入ってくる。高くもなく低くもない。抑揚もあまりなく、耳障りな喧騒とは違い、とても心地よかった。



 悠真は謝ってその場を離れようとした時、その人の顔を見て言葉を失った。



 そこにいたのは、朱里に瓜二つな女性が、静かにタバコを蒸していた。




「…………あ、朱里?」

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