第36話 テ・アモ!

 二人が来てから三回目の土曜日はすぐにやって来た。間もなく夏の制服に衣替えだけど、カイトさんとユーリはきょう、ロンドンに帰っちゃう。

 なんだか、本当にあっという間だったなあ。


 私とママ、北斗は空港まで二人を見送りに行った。

 ほうきは緊急時きんきゅうじ以外は使っちゃいけないんだって。

 宇宙まで一瞬なのに、ロンドンに飛行機で帰るのって、なんか笑っちゃう。


「本当に本当にお世話になりました」

 カイトさんは深々と頭を下げた。ホント礼儀正しいなあ。


「お兄ちゃんになりたいって言ってたのにさ」

 北斗が別れをしんでユーリに言った。


「バ、バカ、それ言うなよ……」

 ん? 何あわててるの?


「またママのご飯、食べに来ればいいよ」

 私がそう言うと、ユーリは目を伏せ、ちょっと間を置いてつぶやいた。


「ああ。ぜったいまた来る」

「うん、待ってるよ」

「……桔梗ってさ」

「え?」

 あれ? また“桔梗”になってる。あれからずっと呼び名は“桜庭”だったのに。


「オレの魔法は効かないくせに、オレに魔法かけたよな……」

「え?」

 今、魔法って言った⁉ ママと北斗がいるのに!


「ユーリ、そろそろ行かないと」

 カイトさんが時計を見て言った。ごまかしてくれたのかな。

「え? ああ」

「またいつでもいらっしゃいね」

「はい。ありがとうございます」

「ユーリ、私、応援してるから」

「あ、うん……」


 顔を上げたけど、目つき悪い……怒ってるみたいだよ。

 それじゃあ別れがつらいの、隠せてないじゃん。こっちだってつらいのに。


「それでは皆さん、またいつか」

 カイトさんがほほ笑んで、二人は出国ゲートに入っていった。

 ユーリは黙ったまま。


「あーあ。行っちゃった」

 北斗がさみしそうにつぶやいた。


「魔法、見てみたかったね」

「ええ⁉ ママ、それって……」

「ああ、ごめんね桔梗、今まで黙ってて。きのうの夕方、桔梗が部活から帰ってくる前におじいちゃんが来て、二人と一緒に全部説明してくれたの。魔法にはびっくりしたけどね」

「え? おじいちゃんのことも知ってたの?」

「当たり前じゃない。実の父親とかわいい娘のことだもの。いくらおじいちゃんでも知らないまま預けるわけないでしょ。知らないふりしてくれとは言われてたけど」

「なんだ。一生懸命いっしょうけんめいずっと隠してたのに」

「ホントごめんね。あ、そうそう。ユーリくん、おじいちゃんとすっかり仲良しになっちゃってね。弟子になりたいなんて言ってたな」

「まったく、ユーリは調子いいんだから……」

「そうだ。桔梗はユーリくんのこと、どう思ってるの?」


「ええ⁉ いきなりそんなこと聞かれても……うーん、図々ずうずうしくてなれなれしいやつだったけど……あれ?」


 目に涙が浮かんできた。どういうこと?


「ふふ。桔梗も思春期だものね。よかった」

「え?」

「はは、お姉ちゃんニブいなあ」

 涙が止まらない。悲しいわけじゃないのに。


「あれ? ユーリ戻って来た!」

 北斗が指差した。


 出国ゲートの奥で、ユーリが手を振っている。

 私はあわてて手の甲で涙をぬぐった。


「おーい、桔梗‼」

 バカ、声が大きいって。


「今度来た時はオレ。ぜったいお前に魔法かけてやるからな!」


 だから私に魔法は効かないってば。

 あ、でもユーリのほうきには乗れてたんだよね……あれだけはホント、不思議。


「テ・アモ! 覚えとけよ‼」

 そう言ってユーリは両手を大きく振った。


「またね!」

 私が手を振り返すと、ユーリはにっこり笑ってゲートの奥に消えていった。

 なんだ、ちゃんと笑顔できるじゃん。やっぱりイケメン……じゃないけどね。


 でも、「覚えとけよ」って……何その負け惜しみみたいな捨てゼリフ。

 最後までおかしなやつ。

 あと何か言ってたけど……。


「てあも?」


 またラテン語かな。後で検索してみよう。

(終わり)

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転校生は魔法使い⁉ 私、陰陽師なんだけど 灰色鋼 @omrice

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