第7話
アイファルスが俺の家で魔道士になってくれると、そう返事を貰ったその日の夕方。
俺はアイファルスを連れて自分の屋敷の門扉を叩いた。平民の格好で。
「………!」
やって来たのは執事のゲルジットだった。
少しばかり驚いた顔をしたものの、すぐにいつもの穏やかな笑顔を浮かべるとお辞儀をする。
「お帰りなさいませ坊ちゃま。お客様も、ようこそいらっしゃいました。ご案内致します」
ゲルジット先導の元、屋敷の中へ入る。
自分の家に帰っているだけなのに妙に落ち着かない。そんな俺の様子を見てアイファルスが笑いを堪えているのが分かる。
「では、坊っちゃまはご自身のお部屋までリリィがご案内致します。お客様は
屋敷の玄関ではリリィが既に待ち構えており、ゲルジットはアイファルスを、リリィは俺をそれぞれ反対方向へと案内する。
俺の部屋と客間は真反対の位置にあるからな。
「よろしくお願いします」
アイファルスはそう挨拶をするとこちらに軽く手を振ってゲルジットの後をついて行った。
「坊っちゃまも参りましょう!」
「ああ」
リリィはうちで1番最近入ったメイドだがその仕事ぶりはベテラン顔負けで、その腕を買われてあっという間にメイド長にまでなった逸材だ。
俺は部屋で身なりを整えてもらってからリリィの案内で客間まで向かう。
恐らくそこには父さんも呼ばれていると思うんだが、アイファルスは大丈夫だろうか。
父さんと2人きりで会話した人間は大体生気のない顔になって帰ってくるから心配だ。
「こちらです!」
リリィは1つの客間の扉前で足を止めた。
「お客様と旦那様も既にいらっしゃいますよ」
「ありがとう、リリィ」
リリィはそれ以上何も言わずににこやかに礼をして去って行った。
ああいう振る舞いが出来るのは流石だよな。
1つ深呼吸してから扉をノックする。
「父さん、バルバスです。入ってもよろしいでしょうか」
「ああ」
扉の向こうからそう短い返事が返ってくる。
「失礼します」
アイファルスへの心配と俺自身の緊張とで不安になりつつ扉を開けると、そこには和やかな空気が流れていた。
そのことに困惑しつつもとりあえずアイファルスの向かい側にあるソファに座る。
「あの、えっと………」
自分の想像していた空気と真反対の空気に流石に戸惑ってしまいそう声を上げると、アイファルスが苦笑いしつつ説明してくれた。
「あぁ、えっと、ちょっと共通する話題があって。バルバスが来るまでのちょっとした雑談のつもりだったんだが、これが思ったより盛り上がってしまったんだよ」
アイファルスは俺が心配していたのとはまた別の意味で困っている様子だったが、それはそれとして父さんと盛り上がれる話題って何だ?
「バルバス、この方は良いぞ〜」
父さんが上機嫌にそう声を上げる。
こんなに機嫌の良い父さんはなかなか見られるものじゃないんだが………。
「父さん………アイファルスと一体どんな話をしてたんだよ。そんな機嫌良くなるような話だったのか?」
「ああそうとも。この方は国を動かす上で大切な心得をきちんと分かっておられる。今しがたお互いに仮想国を作り色々と論戦を繰り広げていたところだったのだよ」
父さんの話を聞いて納得した。
この人はとにかくこういう類の話が好きなんだ。もう仕事と趣味の境界が無くなっていて、というか多分元々趣味を仕事にしたような人だからそういう話題はさぞ盛り上がるだろう。
「そういうことかよ…………悪いなアイファルス。父さんは最近こういう話をする相手が出来の悪い俺しかいなくて退屈してたんだろうよ」
俺が少し投げやりにそう言うと父さんはすかさず釘を刺してくる。
「お前はもっと政治に興味を持ちなさい」
「へーい」
「ははは………」
親子の会話を目の前で見せられてアイファルスは微妙な笑いを溢した。
「父さん、その話はもう終わりにして、本題を話したいんだが」
このまま止めないでいるといつまで経ってもこの話をしていそうなので、今日わざわざアイファルスに来てもらった件に軌道修正する。
「ああ、そうだったな。すまないなアイファルス君。久々に語り合える相手がいたもので、少々盛り上がりすぎてしまった」
父さんは居住まいを正すとそう声を掛ける。
「いえ、僕も楽しかったですよ。それで、本題というのは僕がこちらで魔道士として働かせていただける、という件に関してですよね」
アイファルスは俺と話すときとはまた違った雰囲気で話し始める。
何だか俺だけ蚊帳の外のような感じがして、こう………変な感じがする。
「ああ、
父さんはこうやって他人の知られたくないことを何故か的確に当ててくるし暴いてくる。
アイファルスは「知らなかった」と答えるだろうから俺はこの後説教だな…………。
「ええ、提案自体は昨日していただきました」
しかし俺の予想と反してアイファルスは「知っていた」と答えた。
俺としては助かるが、一体どういうつもりだ?
アイファルスの意図が分からないままありもしない話は進んでいく。
「ですが、私は少々悩んでしまって………これまでずっと放浪の身でしたし、身分も貴族ではありませんから。ですので1度返事を保留させていただいたのです。そして本日、御提案をお受けする旨をお伝えし、こうしてお招きいただいた次第にございます」
アイファルスは大層丁寧な口調で父さんへ説明をした。事実とは違う説明を。
「ふむ…………成程。どうもありがとう」
父さんは特に何か突っ込むことはせずにそう礼を言った。
アイファルス………すげぇな。
父さん相手に話をして何も突っ込まれないというのは本当に稀な事で、礼まで言われているのは俺も初めて見たかもしれない。
父さんは少しの沈黙の後に口を開いた。
「では、明日から正式にシャルバスタ家の専属魔道士として迎え入れよう。何か持ち込む荷物などはあるかね」
「父さん………」
まさか、ここまであっさりと父さんが認めるとは思わなかったから少し拍子抜けする。
もっと交渉をしないと駄目かと思ったのに。
「ありがとうございます。荷物等は特にありませんのでお気遣いなく」
アイファルスはソファから立ち上がり父さんに礼を言うとそう言った。
「荷物無いのか?」
俺も宿事情などは特に聞いてなくて知らなかったから驚いた。
「ああ、いつも行き当たりばったりでな。必要なものは現地調達だったし、要らなくなったら人にあげたり売って路銀にしたりしていた」
「正真正銘、放浪者だな」
アイファルスの話を聞いた父さんはそう言って笑った。確かにそうだ。
「すごいなお前………」
素直に感心していると「言葉遣いが荒い」と父さんに怒られてしまった。ついやってしまう。
「もうこんな時間だ。正式な手続きなどは明日にして、今日は休むと良い。今日から君が使う部屋はゲルジットに案内させよう」
父さんは懐から懐中時計を取り出し時間を確認すると、そう言って立ち上がった。
「改めまして、明日からよろしくお願い致します。旦那様、バルバス様」
「ああ、頼んだぞ」
アイファルスは客間を出る前にそう言って礼をしてからゲルジットと共に立ち去った。
「俺も部屋に戻りますね」
「ああ」
リリィの案内で再び部屋に戻った俺はアイファルスが俺を「バルバス様」と呼んだことに少し寂しさを覚えつつ眠りについた。
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