18 奇跡

 :ダンジョンで寝落ち配信とは

 :いや、視聴者を寝落ちさせるんだぞ。配信者が寝てどうする

 :なんでモンスターが来ないんだ?

 :これは放送事故

 :はぁはぁ……寝てるぅ

 :お前はいい加減おちつけ

 :もう何時間経ってんだよ

 :死んでる?

 :いや、呼吸はしてるみたい

 :おっ起きたっぽいぞ

 :やっとかよ


 コメントが絶え間なくずっと流れてる。最初に知ったのはそのことだった。


 「まだ生きてる」


 いつモンスターに襲われてもおかしくない状況だったのに奇跡としか思えない。


 周囲を確認すれば、私が寝たときのまま何も変わらない。


 「腰が……痛すぎる」


 :あんな硬い地面で寝ればそうなる

 :ダンジョンで寝るなんてどういう神経してるんだ

 :でもそのおかげで同接が4桁突破してるからな


 『令那様が無事でよかったです。もし何かあればすぐに起こそうと考えておりましたが、何も起きませんでしたね』


 「そうね……喜ぶよりも先にN鉱石を回収しないと」


 トロール、バグベアと鉱石を回収してリュックに放り込む。P-Bladeを鞘に収め、シークピストルをホルスターにしまう。ようやく一息つける。乱れた衣服を整え、バキバキと音の鳴る身体を動かしながら、ダンジョン出口へと向かう。


 「ゲームみたいに一気に戻れたらいいのに」


 途中、中層ではオークやゴブリンと遭遇し、もうP-Bladeを握る気力もなかったから、シークピストルで倒し、N鉱石を回収する。身体がダル重い。脳の過負荷に疲労の蓄積がピークで、一刻も早く家に帰って、シャワーを浴びて、酒でも呑んで、ベッドで眠りたい。


 「あーマジで遠すぎない?」


 『あはは……もう少しです。頑張りましょう』


 どうにかして、ゲートを抜け、買取カウンターへ向かう。時間帯が悪かったのか、探索者でごった返していて長蛇の列ができている。


 ほんとにサイアク。文句を言っても仕方がないから諦めて最後尾に並んだ。


 「今日は焼肉な!」「またかよ。 流石に3日連続は飽きたわ」「ねぇ……新しい装備買っていいでしょう?」「中層までだわ。下層はコスパが悪すぎる」「おいっ、横入りするなよ」


 チーム単位じゃなくて代表者が並んでくれれば、もっとスムーズなのに。


 「お待たせいたしました。では、こちらのトレイにN鉱石を置いてください」


 私は探索者証を手渡し、リュックからN鉱石を一つずつ置いていく。トロールからゴブリンまでサイズの違うのを適当に乗せていく。


 「Eランクでこれだけのモンスターを倒したのですか?トロールはBランクですよ」


 「なにか問題ある?確認したいならずっと配信させられてるから、そっちで勝手に確認したら?それよりも早くして……疲れてるの」


 「はっはい。少々お待ちください」


 面倒なことになった。こういう時に限って嫌なことが立て続けに起こる。


 「なぁいまの見たかよ。トロールのN鉱石なんて初めて見た」「すげぇ」「Eランクって言ってたぞ勝てるわけないだろう」「チームで倒したに決まってるだろう」


 イライラしすぎて死にそう。こっちは立ってるのもやっとなのに。


 「あっあのぅ、すみません。お待たせいたしました。お会計いたしますね。えぇっと、総額が165000円、税金とダンジョン維持活動費が46200円、差し引きして118800円になります」


 Eランクに上がったから引かれるパーセンテージは下がってはいるけど、いまだに3割近く持っていかれている。命懸けで戦って、こんなに取られるなんて、ありえないでしょ。


 「あっあと、次回、探索者ランク更新になるそうです。探索者証は忘れず持ってきてください」


 探索者証を受け取り、入金を確認して、その場を離れた。いまは何も考えたくない。早く家に帰って、汗でべたつく身体を洗い流したい。


 「なっなぁこの後、暇?遊びにいこうぜ」


 「いかない」


 声を掛けてきた男を無視して、家路を急ぐ。徒歩10分の距離でも遠く感じる。いつもなら面倒な夜ご飯のことを考えなきゃだけど、瑠莉がいるから勝手に作ってくれてるはず。腹が立つけど、こういうときは便利だなって思う。


 「ただいま」


 リビングには今日も瑠莉がいて、テーブルの上には美味しそうなご飯が置いてある。


 「おかえり……先にシャワー浴びてきたら。汗の匂い凄いよ」


 「わかってる」


 勢いよく服をすべて洗濯機に放り込み、シャワーを浴びる。返り血も浴びていたのか、もしくは攻撃されたときにどこか怪我をしたのか、流れ落ちていく水が赤く染まっている。


 「はぁー明日は流石に休もうかな。そんなに連続で行くものじゃないと思うし」


 いつもより大量のソープを使って身体を隈なく洗う。別にこの後のことを期待しているわけじゃない。絶対に。


 適当に干してあった服を着てソファに座る。当たり前のように隣にいる瑠莉は無視して、ご飯に箸をつけた。


 「今日は中華にしてみたの。おいしい?」


 「……うん。こんなに料理ができるなんて知らなかった」


 「独り暮らしが長いからね。お金もそんなにないから自分で作るしかなかったの」

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