16 危機一髪
結果から言えば、ブレードを使えばいいという鈴の判断は正しかった。
銃では、特にピストルのように口径の小さいものになると、すぐに回復が始まってしまって、いつかは倒せるかもしれないけれど、それは効率的でも効果的でもない。タイパを考えれば、さくっとブレードで首を刎ね飛ばし、頭をバラバラに斬ってしまうのが一番早い……でもそこには問題がある。
「はぁーはぁ……。さすがにっ体長5メートルもあるモンスターを相手にするのは骨が折れるね……」
首を切り落とそうにも身長が足りず、ジャンプしても浅く首にブレードが刺さるだけ。血抜きしたいわけでもないのに、体液とか脂みたいなものが流れだしてきて、手がヌルヌルする。しょうがないから、足から解体していこうとして、何回叩きつけても、あまりにも脂肪が多いから刃が進んでいかない。
:がんばえー
:これはキツイ
:これ拷問だよな笑
:はぁはぁはぁ……うっ……ふぅー
:トロールの拷問シーンで抜いたのかお前は
:なんか飽きてきた
:えぇ
:確かに同接下がってて草
「もうほんとにやってられない。いい加減死ねよマジで」
:暴言が過ぎる笑
:また切り抜かれるぞ
:言うてるそばからさっそくSNSにあげられている模様
:これ、配信者に収益いかないの可哀そうだよな
:たしカニ
どうにか足の健を切り体勢を崩し、地面に膝をつけさせることに成功できた。これで、ようやく首まで刃が届く。
「グゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」
どうにか切り落としたトロールの顔に、弾がなくなるまで、銃弾を撃ち込み続けた。顔が穴だらけになって、ようやく息絶えたらしい。N鉱石の位置を探せば、左目周辺が赤く輝いている。
白濁した目玉をほじくり、これまでに見た中で最大サイズのN鉱石をゲットできた。
「もう疲れたから帰ろうかな」
時刻はまだ14時過ぎ。瑠莉と顔を合わせたくなかったから朝一で家を飛び出してきたけれど、よくよく考えて見れば、私の家なのに、私が気まずくなって家に帰りづらいなんてことがあっていいのか、いや、いいわけない。
「よいしょっと……やっぱり弾だけ装填してから帰ろうかな」
私は立ち上がろうとして、かすかに視界に影が差したのを認めて、咄嗟に〈セレリタス・メンティス〉を起動する。
そのまま転がるように横に移動すれば、私がさっきまで居たところに銀色の刃が、ゆっくりと通り過ぎて行った。
:よかった。死んじゃうかとおもった。
:あれはバグベアだな。知性の高いモンスターだから音を立てず忍び寄ってくる
:ある意味トロールより危険ってことか
:だからソロはやめておけとあれほど
:また瞬間移動してる
:まぁあの能力があれば勝てるよな。どんな相手でも
激しく脈打つ鼓動、完全に油断していた……ほんと死ぬ寸前だった。もし、影に気づかなければ、そもそもバイオインプラントがなかったら、私はもうこの世にいなかった。
バグベアは緑色の肌に黒い体毛が全身を覆っている。トロールとは違い、筋骨隆々で、片手剣や丸い木の盾を装備している。目には知性が宿っていて、爛々と輝き、私を見据え隙を狙っているように感じる。
攻撃を避け距離を取ることや、状況を把握するために思いのほか時間を費やしてしまったから、〈セレリタス・メンティス〉の効果時間は切れてしまった。再使用にはクールタイムを待たないといけない。
シークピストルを使おうにも弾はトロールに使い切ってしまっていて、戦いながら装填できればいいけど、そんな高度な技術なんて、そもそも持ち合わせてない。
「ちょっと……というか、かなり不味いかも」
私には剣術を習った覚えもなければ、練習さえしてこなかった。だから、バグベアにどれだけの実力があるのかがわからないけど、純粋に身体能力や武器の習熟度でいえば、軍配はバグベアにあがってしまう。
ただ、ひとつ有利に働いているのは、私がなぜさっきの攻撃を避けることができたのかをバグベアは知らない。きっといきなり、私が消えてしまったように感じているはず。
「グルルルルルルル」
バグベアは私と対峙しながら、剣と盾をぶつけ威嚇してくる。〈セレリタス・メンティス〉の再使用までのクールタイムは1分、残り30秒。ここをやり過ごせれば勝てる。
高揚とは違う、今までに経験したことのない緊迫感のある状況に、胃がきゅっとしまったような感覚がして、ある意味、スローモーションで動いているよりも時間の流れがやけに遅い。
早く早く早く早く……悟られる前に起動しないと。
先に動きだしたのはバグベアだった。
咄嗟に身体が動く。その場から大きく飛び退いて、バグベアと距離を取る。
Bランクモンスターのトロールを倒したときにさえ感じることのなかった恐怖が頭を過る。
:自分の力量を過信した奴から死んでいく。探索者はそういう世界なんだ
嫌。死にたくない。
汗が目に入りそうになって、慌てて袖で拭う。クールタイム終了まで残り25秒。
バグベアはそのまま私との距離を詰め、今度は盾で体当たりを仕掛けてくる。もう片方の手には変わらず剣が握られていて、剣先は私を貫かんと真っすぐ、こちらを向いていた。
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