12 関係性
「本日もお疲れさまでした。買取価格は24150円になります。Dランクモンスターの討伐が認められたため、ランク更新になります。次回の入場の際に係員にお申し付けください」
あれから中層の攻略を進めていたもののオークには一匹しか出会えず、ゴブリンにも遭遇しなかった。もしかしたら、他の探索者に先に討伐されてしまっていたのかもしれない……となると中層でもいまの生活水準を維持するだけ稼ぐことができないことになる。それならどうするか。もっと難易度の高く競合相手のいない下層、もしくは深層に行くしかない。
難波ギルドから家までは歩いて10分の距離にある。帰り道にあるコンビニに寄ろうとしてメッセージが入っていることに気づいた。
『夜ご飯は作ってあるから、そのまま帰ってきてね。もちろん、返信しなかったらどうなるかわかってるでしょうね?』
私は瑠莉のメッセージにすぐに返信して、胸をなでおろした。もし気づいてなかったら、昨日よりももっと大変なことになっていたかもしれない。しかも逃げ場もないし。
「ただいま」
玄関を通り、リビングに近づくにつれて甘い卵とケチャップの匂いが漂ってくる。
「おかえり。ちゃんと寄り道せずに帰って来れたじゃない」
「ギリギリだったけどね」
誰かが家で待っている。親元を離れてから初めての経験に、どこかこそばゆい。温かい料理、明るい食卓、ここ数年で味わったことのない感覚だった。
「ほらっ、早く服着替えて手も洗ってきたら?」
「わかった、わかったから」
考える間もなく背中を押され、洗面所に向かう。部屋着に着替え、手を洗い、ついでにうがいもした。
リビングに戻れば、オムライスに、サラダ、オニオンスープが並んでいて、運動してお腹も空いていたから、柄にもなくガツガツ食べてしまった。
「美味しい?」
「うん」
「もっとリアクションしてくれてもいいんじゃない?」
「そうかな。元々、そんなオーバーに反応するタイプじゃないから」
「知ってる」
じゃあ言わないでよ。そう言いたくなったけど、幸せそうに私が食べているところを見つめる瑠莉に、もうどうしたらいいかわからなくなってしまった。
「二日酔いは大丈夫だったの?」
「クスリ打ったら治ったわ」
「この材料はどうやって買ったの?オートロックなのに」
「コンシェルジュに配達してもらったけど」
「えっそんなの頼めるの?」
「当たり前でしょ。なんのために馬鹿みたいに高い家賃払ってるのよ」
スプーンを口に運びながら、隣に座る瑠莉にどぎまぎする。このソファで昨日あんなことしたのに、なんでそんな平然としていられるんだろう。
「なーに?」
「気にならないのかなって思って」
「令那が探索者をしていることを?」
ニヤニヤしながら、たぶん、私の質問の意図を分かったうえで別の答えを返してきた。
「……どうして私が探索者になったってわかったの?」
「逆になぜ気づかれないと思ったのかが、私にはわからないんだけど」
そういって、太ももを撫ではじめる。鬱陶しい。食事中に触られても嬉しくなんかない。
「昨日、令那と会ったとき腰に武器みたいなのぶら下げてたし、まぁ私たちみたいに顔を晒してしまった有名人ができる仕事なんて限られてる……にしても探索者になるなんて安直すぎるとは思ったけどね」
短パンの縁をなぞられ、ぞわっとして鳥肌が立った。
邪魔されながらも、ようやく食事を終えた。食器を片付けようとして流しに向かうと、キッチンには知らない調味料がずらりと並んでいる。棚をあければスカスカだったはずなのに、様々な食器や調理器具が丁寧にわかりやすく収納されている。私のキッチンじゃないみたい。特に料理をしたことがなかったから、元々私のでもないかもしれないけど。
「これは?」
「ネットで買ったの。大丈夫。お金は私が払うから」
そういうことじゃない。
「ねぇ。いつまでいるつもりなの?」
いつソファから移動したのか、瑠莉は壁を背にして、腕を組んで、私を見ていた。身長は少しだけ瑠莉の方が高い。その視線は私を咎めているようで、落ち着かない。
「令那が決めることじゃない」
「私の家でしょ」
「事務所にバラされたいの?」
「脅迫するわけ?」
「そんな態度なら、そうせざる負えないわね」
壁から離れ、少しずつ瑠莉が近づいてくる。
「なにがしたいの」
「私が欲しいのは一つだけよ」
「意味が分からない。友達でしょ。私たち。急にそんなことされても困る……うぐ」
カウンターに押し付けられ、無理やり口づけされる。台の上についた両手を上から抑えられ抵抗しようにも身動きできない。
「ぷはっ、やめてよ……ちょっと」
強引に舌をねじ込まれ、絡めとられ、掻きまわされる。嫌。嫌なのに。流されてしまってもいいって考えている私もいて、情けなくて。
「泣いてる」
「うるさい」
「かわいい」
「嫌い」
「知ってる」
私はなにをしているんだろう。瑠莉の両手が裾から入ってきて、ひんやりとした手が優しく胸を触る。どんどんお互いに息が荒くなってきて、もうキッチンにはいられなくて、でも明るいリビングのソファではしたくなかったから、妥協して寝室に向かった。おかしい。私はこんな人間じゃない。こんな簡単に乱れたりしないし、甘い声で喘いだりなんてしない。もうお酒の所為にもできなくて、でも認めたくはなくて。
ねぇ、どうしたいの。どうしたらいいの?
また、ふわっとした感覚と、激しい快楽に、私は必死に耐えることしかできなかった。
「逃がさないから……絶対に。令那は私のだから」
もう何回目かわからない。目も開けていられなくて、ただ、言葉だけが脳にこびりついて離れなかった。
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