アーク

すゆる

第1話 動き出した世界

「続いてのニュースです…」

朝の光が、窓を超え室内にやさしく差し込んでいた。

台所では、エプロンを身に着けた少女が、湯気を立てている味噌汁を味見していた。

「ご飯できたよ」

少女は食卓に食事を並べ始める。テレビを眺めていた男は、彼女に向き合う。

「…ありがとう」

男は食卓に並べられた朝食を見る。温かいご飯、味噌汁、焼き鮭、そして納豆。理想的な日本の朝食だ。

「…そうじろじろ見られると食事に集中できないんだが」

男は少し困惑しながら正面に座っている少女を見る。

少女は男が食事を口にするのを今か今かと待ちながら眺めていた。

「ごめん、不快だった?」

「いや別に…不快というわけではないが…」

男は声を詰まらせながら視線を朝食に逸らす。

「何というか…いつもすまないな。こういうことは年上の僕がやるべきことなのに」

少女は男の声を聞くと、少しいたずらっぽく微笑んだ。

「でもタカシさん料理するのあんまり好きじゃないでしょ」

「だとしても…」

少女は顔をグイと近づける。

「わたしは居候なの!このぐらいさせて!」

「…はぁ…分かったよ」

男は食事を開始し、少女はそれに満足したのか笑顔になった。

食卓はニュースの音声がBGMのようにしながら、黙々と続けられた。

「なあユナ?」

「なに?」

沈黙は、男の質問により破られた。

「お前17歳だろ?」

「うん?」

「仕事とかやらずに高校にいかないか?元居た高校は…まあ、国に申請すれば補助が出るし新しいところで…」

「いいの。わたしはこの生活で納得してる」

少女は男の提案をバッサリ断った。

「それにこのご時世勉学より食事にありつく方が大事でしょ」

「まあそれは否定しないが…高校に通えるのは今のうちだけだぞ」

男の声色は少し心配をはらんでいた。

「なに?心配してくれてるの?」

「当たり前だ。一応お前の保護者なんだ」

少女は軽く笑った。

「まるでお父さんみたいだね」

「……」

休日の朝は平穏で、誰にも破られないかと思われ――

ピーンポーン

チャイムが静寂を貫いた。

「あっ私が…」

「俺が出る」

男は立ち上がりインターホンを確認する。

「…ッ!」

「どうしたのタカシさ――!」

少女は男の前に割り込みインターホンをのぞき込み、絶句した。

「朝早くからすみません。新国連軍の者です。藤沢タカシさんのご自宅ですね」

インターホンの向こうには、スーツ姿の高身長の男と絵に描いたような兵士が立っていた。


「…新国連軍!タカシさん何かやらかしたの!」

少女――南ユナは男――藤沢タカシを肩つかんで揺らした。

「俺は何もやってないぞ!」

タカシはユナを引きはがし玄関に向かう。

「タカシさん!下手したら裁判なしで殺されるかも!」

「それだったらどっちみち逃げ道はないさ。それに僕はやましいことは何もない」

タカシはゆっくり玄関の扉を開ける。

「あなたが藤沢タカシさんですね?」

「…はい」

「あなたは南ユナさんと共同生活を送っておられますよね。今彼女はおられますか?」

タカシは男の顔をじっくり見る。

「…わかりました。すぐ連れてきます」

タカシは素早く扉を閉じリビングに急ぎ足で向かった。

「ユナ!お前がおよびだ!何かしたのか⁉」

「えっ!わたしは人畜無害だよ!何もやってないよ!」

タカシはため息をつき玄関を指さした。

「とりあえず行ってこい。僕まで巻き込まれたらシャレにならん」

「そんな!私を見捨てるの⁉」

「とりあえず行け!」

タカシは引きつった表情のユナを押し込み玄関の扉を開けた。

「…あなたが南ユナさんですね?」

「アッハイ」

「あなたにこちらを渡せと…」

男の手から封筒が手渡される。

(…ひとまず粛清とかじゃないみたいだな…)

少しほっとした表情をしてユナは封筒を受け取った。

「…要…機密…」


「…いつまで黙っているつもりだ。ナツメ?」

広いエレベーターの中、タカシはサングラスをし、背を向けた女に声を投げかける。

「あちゃ。バレてたか」

女はサングラスを外し振り返る。

同日深夜。関東地方太平洋沿岸部の軍施設内部に、ユナとタカシは招かれていた。

「ひさしぶりだね、タカシ。元気そうだね」

「これが元気そうに見えるか?それなら眼科に行くことを推奨するよ」

「相変わらず毒舌だね~」

女はタカシに肘をぐりぐりと押し付ける。

「タカシさん、この方知り合いですか?」

「ああ。学生時代の友達の――」

「霧島ナツメ。よろしくね、ユナちゃん」

霧島ナツメはユナに握手を求める。

「…よろしくお願いします」

ユナはナツメの手を取った。ナツメはぶんぶんと腕を振った。

「それでどうしてこいつと俺をこんなところに呼んだんだ?僕は軍人なんかになるつもりはないぞ」

ナツメはタカシに振り向く。

「宇宙怪獣が現れてもう五年。人類は窮地に立たされている…まあ半分ぐらいは自業自得だけど。このピンチを脱するための切り札を人類は用意した」

エレベーターが地下深くに到着し、ドアが開かれる。

ナツメはゆっくり歩みだし、二人はその後を追う。

「人類最後の切り札。ロマンがあると思わない?」

「否定はしない。だがそれが俺たちを呼んだ理由の説明にはならないぞ?」

「その余裕ぶった態度がどこまで続くか見ものだね」

ナツメは廊下の突き当りにあるドアを開け、その先にある部屋の端、ガラス張りの前に立つ。

「「!」」

ユナとタカシはガラスの向こう側にある物体に身が釘付けになった。

「これが人類最後の切り札…スーパーロボット『アーク』だ!」

「…アーク!」

広く静かな空間にたたずむ鋼鉄の巨人と表現できるか、現実離れした空間に二人は衝撃を受けた。


「…それでどうして俺たちをここに連れてきたんだ?これを見せたいだけって訳ではないだろ?」

少しの沈黙の後、タカシはゆっくりと口を開いた。

「正直に言うとタカシを呼んだのはこれを見せたかっただけだね」

「おい!…だったらユナに用があるのか?」

「そうだね」

ナツメは先ほどから口を閉じ黙り込んでいたユナに振り向く。

「ユナちゃん。君にはこれに乗って欲しい」

「え」

ユナは驚きのあまり硬直してしまった。

「…ひとまず詳しい説明をしてくれないか?」

「分かってるよ」

ナツメは振り返る。

「旧権力者を蹴落として世界救済会議が世界の実権を握って三年。軍の再編や経済の立て直しを中心に活動していたが、裏でこういう『切り札』を研究者たちにコツコツ夜なべさせて作らせてたんだよ。それでこれはその一つで私はこいつの責任者ってわけだ。元自衛官の実績を買われてね」

「随分出世してたみたいだな。前会ったときに教えてくれてもよかったんだぞ」

「機密事項だから無理だね…あっ、このことは誰にも言わないでね☆下手したら私クラスの首が十個飛びかねない」

「だったら呼ぶな!お前は変わんねぇな…それでこいつをあのロボットに乗せたいってどういうことだ?」

タカシは少し声を荒げながら隣で借りてきた猫状態…いやマネキンぐらい固まっていたユナを前に押し出す。

「ニュートロン接続のタイムラグ及び命令ミスが少ないであろう人間…ま~簡単に言うとこのアークを動かすための適合者ってやつかな?」

ナツメはそう言ってユナの肩を掴んだ。

「ユナちゃん、アークに乗れ」

「えっ!あっ!えっ!」


深夜の信号は、何とも言えないノスタルジーを感じられるものだ。

信号を待っているユナとタカシの間に言葉はなかった。

「…なあユナ。こんなこと聞くのもなんだが本当にやるのか」

「あたりまえですよ。それにナツメさん言っていたじゃないですか『拒否権はないよ。上の連中はあの手この手で乗せようとしてくるぞ』って」

ユナは若干ナツメのモノマネをしながら青に変わった歩行者信号を渡り始めた。

「…逃げるんだったら今のうちだぞ。人間、変わりはいなくても上位互換や下位互換は探せば見つかるもんなんだぞ」

タカシはユナの一歩半ほど後ろで後を追う。

「それにこんな腐った世の中は命を張って守る価値があると思うか?」

タカシはゆっくり歩きながら横を向き大通りを眺める。

『人類救済会議に従え さすれば道は開かれる』

『文明を捨てよ さすれば救われる!』

『全人民武器を持て! 最後まで人間を貫け!』

『どうせみんないなくなる』

掲げられた有象無象のプラカード。

感情とそれっぽい理屈のぶつかり合い。

「…まああの人たちは守りたくはないけど…タカシさんのことは守りたいかな?」

「俺?」

「…わたしの…家族…だからかな…?」

ユナはタカシに背を向けたまま言葉を絞り出す。照れているのか少しうつむいている。

「…嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

タカシはユナの頭を少し丁寧に撫でた。

「…けどお前って結構魔性の女って奴なんだな。あんまりその聖人っぷりを他人に見せすぎるのはいけないぞ」

「?」


遠くで爆発音が聞こえる。

「…母さん…父さん…?」

瓦礫の中からゆっくりと体を起こす。奇跡的にひどいけがは負ってないようだ。

絶えず聞こえる爆音。飛び交う絶望と怒号。

「一体自衛隊は何をやってるんだ!」

「助けてくれぇ!挟まれて動けねぇ!」

「もうおしまいだわ!ここで私は死ぬのよ!」

周りを見渡す。破壊された建物、崩れつつある高層住宅。

「…父さん…母さん…?」

ゆっくりと目の前にあるタンスを押し上げる。

「……ッ!」

一目見てもわかる。即死だ。

「…う…うわ…」

ゆっくりと空を見上げる。化け物が空を支配し、街を破壊していく。

「…うわぁ…ああ…うわあ…う…う…――」

――少女は言葉にならない叫びをあげた。


「…夢…?」

ユナはゆっくりと起き上がる。

「……いけない!もうこんな時間!」

ユナは掛布団を吹き飛ばし慌てて部屋を出る。

「タカシさん!起きてください!起きろぉ!」

タカシの部屋のドアを蹴り開け、ユナは室内に乱入し――。

「ぐふっ!」

ドアの目の前に立っていたタカシがどむっと吹き飛ばされる。

「げる…ぐぐぅ…」

「あぁ!タカシさん!」


「それで今日からだっけ?」

「そうですよ。一体どうやってあのロボットを動かすのか正直ピンときませんけど」

二人はニュースを見ながら食卓を囲む。

「何かあったらすぐ言えよ。ナツメの奴にいじめられたらすぐ言えよ。あいつはろくでもない奴だからな。あとしっかりご飯食べるんだぞ。腹が減ってはなんとやら…」

一方的に話し出すタカシに、ユナは少しだけ笑顔を浮かべた。

「…なんかお父さんみたいだね」

「まあ一応親父だったからな…」

タカシはゆっくり振り向く。そこには家族の写真が立てかけられていた。

「…ごめん!失言だった!」

「別に大丈夫だよ。こんなこと言うのは父親失格だと思うが…もう過去だから…折り合いつけないとならんのだよ」

「そうだね…過去と折り合いをつけないとね…」

二人の間に沈黙が走る。

「…そろそろ仕事に行く。戸締りしろよ」

タカシは立ち上がり、ユナの頭を乱暴に撫でる。

「お前はまだ子供なんだから甘えたりわがまま言ったりしろよ。今は僕が保護者なんだし…とにかく大人になったらなかなかできないぞ!」

少し早口なタカシに、ユナは満面の笑みを浮かべた。

「やっぱりお父さんみたいだね」


「えー、これより第一回パイロット交流会を開きます~!どんどんパフパフ~」

「……」

会議室の中に、絶妙な空気が流れる。

「あのぉ~ナツメさん…?」

ユナが周りに気を使いながら腕を挙げる。

「はい1番ユナちゃん!」

「これはいったい?」

ユナは周りを見渡す。自分と同じように固まってる少女が四人いた。アークのパイロットになるための訓練をするといわれてこの基地に来たはずだが、謎の会に参加させられていた。

「言ったでしょ、交流会。今から君たちは命を預け合う仲間なんだからな!」

子曰く、訓練をする前に仲間について知っておいた方がいい、らしい。

「別に仲良くする必要はないが喧嘩だけはするなよ」だと。

ナツメはなかなか愉快な性格のようだ。

「えーと、南ユナです。静岡出身です。え~趣味はゲームです…よろしく」

色々と考えながらユナはこれから仲間になるらしい四人の少女に自己紹介を行った。

急な無茶ぶりでいい自己紹介とは呼べないが、一般的に見たら問題はないだろう。

「北原リオです。長野出身です。…趣味は…特にないです。これからよろしく!」

ユナと背丈が同じぐらいの少女が全員に笑いかける。

「泉ハル」

メガネの少女は、誰とも目を合わせずに機械的に自分の名前を発音する。

「柏原ミナだ。埼玉出身、趣味は…料理かな?よろしく!」

高身長の少女は、柔らかい表情で全員の顔をしっかり見る。

「…青木セイ…」

小柄で小動物のように雰囲気を感じる少女は、小さな声で自分の名前を告げた。

「それで私!アーク部隊の指揮官で君たちの頼れるお姉さん!霧島ナツメだ!」

(同級生のタカシさんは…たしか…)

「…31歳」

「え、おばさんじゃん」

「おいだれじゃぼけぇ!31歳はおばさんじゃない!」

ナツメは咳払いをし、全員の顔を視界にとらえる。

「私が言えたことではないが…君たちに世界の命運なんてクソみたいなものを背負わせることになるのは本当に申し訳ない。だが我々が出来ることは何でもする!それで許してもらおうとは思わないが…とにかく頼む!」

「……」

先程までもギャグ空間はどこえやら、シリアスタイムが訪れる。

「ん…今…なんでもって言いましたよね」

リオはゆっくりと手を挙げる。

「無理なものは無理だが…」

ナツメの気弱なセリフに、リオは少し笑って返答する。

「おいしいご飯、くれませんか?」


「どんどん食べなさいよ!」

「別にリオちゃんが用意したものじゃないでしょ…」

一時間ほど後、会議室にはごちそうが並べられていた。

寿司にお刺身、ステーキ等々。現在戦いの影響で入手が難しくなっている文字通りのごちそうだ。

「…お寿司だなんて何年ぶりかな…?」

「……!」

ミナとセイは目をキラキラさせながら料理を眺めていた。


ユナは気を使いながら「えーと…いただきます」

リオは喜びを隠しきれない声色で「いただきます!」

ハルは沈黙「……」

ミナは丁寧に「いただきます」

セイはどうにか声を絞り出して「い…いただき…ます…」

それぞれの特徴を出しながら、五人は手を合わせた。


「――避難所を転々としてたけど、今はその人の家に居候してるの」

「苦労してきたんだね~」

ユナの身の上話に、リオとミナは耳を傾けていた。

「うちは早々に両親が死んでね…それで妹二人と三人で暮らしてたんだけど…二人とも…」

ミナも続けて自分の過去を語りだした。

こんな不景気な世の中で話せるのは暗い身の上話ばかりだ。

「いろいろあったから寿司なんて久々だな…戦うのは嫌だけどこれ食べれたからもう未練なんてないかな…」

「縁起でもないこと言うな!」

三人はなんか仲良くなっていた。子供の適応力はすごい。

残り二人は静かに食事を食べていた。

周りを気にせず、セイは小動物のように黙々と食事を頬張っていた。

「かわいい子ですね…」

「かわいい子だね…」

「かわいい子ね…」


「――システム接続確認 起動テスト開始まで3…2…1…0!」

「うごけぇ!…あれ?」

「…とこのように、現在では君たちはアークを動かすことが出来ない」

「おい!うちは噛ませ犬か何かか!」

目の前にあるアークの中から、ミナは声を上げる。

ミナ以外の少女とナツメは、ユナが初めてアークを見た部屋に集め荒れていた。

「ものすごーくざっくり言うと、こいつは脳波コントロールできる!というかこんな巨大なマシンを動かすために…まあ完全機械化が一番だけど、宇宙怪獣のやつらどういうわけかハッキングしてくるからある程度人力でいとダメだ…けどあの規模のマシンを操作するためにはたくさん人間が必要だけど…人はそこまで連携できないしすぐ揉めるから一人でこれを操作するための脳波コントロールって訳なんだ!」

「けど上手いこといっていないんでしょ?」

「そう言われると痛いな…けど言い方悪いが動かせないのは君たちがマシンに適応できていないからだね。まあ同じ人型とはいえいきなり

40Mの巨人を操作できる方がおかしいけどね」

ユナは何となくアークを眺めていると頭に様々な思いがよぎった。これに命を預けることになるのかと考えていると、リオが後ろから肩を叩いた。

「な~に悩んでるの?」

ユナは振り向きリオと目が合う。北原リオは社交的な人間でムードメーカ―という言葉がぴったり当てはまる人間だ。

「…戦うことになるのかと思うとちょっと…不安というか恐怖というか…」

「まあ心配だよね~自爆したりしないか心配だよね?」

「そういう心配をしているわけではないんだけど…」

能天気なリオに、ユナは若干ツッコミを入れていると、背中からミナが二人の肩に手を置いた。いつの間にかアークからこの部屋に帰ってきていたようだ。

柏原ミナは高身長で年長者。面倒見がいい性格なようでまさに姉御である。

「それでどうやったらうちらはこいつを動かすことが出来るんだ?」

ミナはナツメの方向を向く。

ナツメはミナの質問に静かに答える。

「…わからん!」

「は?」

「わかったら苦労しない!」

無駄に堂々としているナツメに、少女たちはため息をついた。

「ナツメさん。我々は世界を守るという義務があります。もう少し具体的な方法を提示していただきたいです」

先程まで口を閉じて黙ってたハルが声を上げた。

泉ハルは眼鏡をかけていて理屈っぽい性格のようだ。あまり感情を表に出さず淡々と嫌味っぽい正論を言う、まさに『正論を言う人間は嫌われる』の具体例といった感じである。

「…そんな若いころから硬い言葉を使ってると脳がカッチカチのあずきバーになっちゃうよ」

「ふざけている場合ではありません!」

ハルは一息入れ、言葉を続ける。

「第一、あなたのような責任感のかけらもないような人間がこのアークの責任者というのが納得できません。一体どういう方法でこの席を手に入れたのかは聞きませんが、世界の命運がかかっている立場なのですよ。立場をわきまえて発言すべきです」

「うわぁ!タカシぃ!助けてぇ!こんな子相手にしたくないよぉ!」

正論過ぎるハルの意見に、ナツメは頭を抱える。

「いい年した大人が何騒いでるんだか…」

バカバカしい光景にユナたちは呆れるしかなかった。

「……」

愉快な会話劇を繰り広げている後ろで、セイは沈黙していた。

青木セイはどうも内気な性格のようで、あまり他人とかかわりたがらない性格のようだ。

「…何というか…バカばっか…」


「え~詳しいテストやちょっとした訓練の結果、ユナちゃんが一番アークをうまく使えるんだ!ってことが分かりました。あと半月もすれば動かせるようになるかも。残りのメンバーも三か月もあればきっとものにできる」

「ああそう。それでどうしての俺の家に来てそれを話すんだ?」

数日後の夕方。タカシの家にナツメが訪れていた。

「ちょっとした相談だよ」

ユナは買い物のために家にはいない。

「相談?俺にはちょっと荷が重い気がするけど」

「別に難しいわけことではないよ。気難しい女の子の口説き方を教えてほしいな☆」

ナツメの発言にタカシは顔をしかめる。

「どうして俺に女の子の口説き方を教わりたいんだ?理由は聞かないでおくが別に俺はモテるタイプじゃ…いや…けど女の子を口説いた経験はないぞ」

「ふぅ~ん?じゃあどうやって私とユリの心を奪ったわけ?」

ナツメの発言にバツが悪そうに顔をそらしたタカシの目に、一枚の写真が写った。

タカシが、ナツメが高校生の頃の写真だ。そして二人のほかにもう一人写っていた。

「こんなこと言いたくないし、傷心中のあんたの心に付け込むみたいで気に食わないけど…今でも私はあなたのことが好きなの」

ナツメは真っ直ぐタカシを見る。

タカシは顔を顔を伏せる。

「ユリが病気で死んで…ユイちゃんも宇宙怪獣の攻撃で死んじゃって…あんたは私じゃ想像できないぐらいつらい気持ちだと思う。けど私はあんたのために出来ることをしてあげたい…こんな私でもユリとの約束は守りたいんだ…」

部屋中に重たい空気があふれる。

「…昼ドラも真っ青なドロドロ展開している最中に申し訳ないけど…ご飯作るから…その…もう少し明るくしてくれないかな?」

いつの間にか帰宅していたユナが、気まずそうに声を上げる。

「「!ユナ(ちゃん)!帰ってきてたの(か)?」」

「まあそこそこ前から…ナツメさんもご飯食べていきますよね?」

「あ、ああ!ごちそうになるよ…少しお手洗いに行かせてもらうね」

ナツメは立ち上がっり、急ぎ足でその場を後にする。

「え~と…タカシさんって想像以上に過去に色々あったタイプの人間なんですね?」

空気感に堪えられなくなったユナがゆっくり声を絞り出す。

そんな様子に少しバカバカしく思い、タカシは少し笑みを浮かべた後、語りだす。

「…妻が病死して、娘と暮らしてきたが宇宙怪獣の襲撃で死んだことは話したよな?」

「…はい」

「妻、ユリとは高校生の頃出会ってな、よくナツメと三人でゲームとかして遊んだものだ」

タカシはゆっくりと過去を思い出しながら続ける。普段の若干無愛想な様子と違い、表情は柔らかかった。

「まあさっきの話を聞いたらわかると思うが…まあ恋愛関係でいろいろあってな…結果的に俺はナツメを振ったんだ」

「…タカシさんってモテるんですね。意外です」

「なんか気に障る言い方だな…」

ユナは調理に取り掛かり始める。

「それで訓練とやらは上手くいってるのか?」

「う~ん…正直分からないかな?」

タカシは視線を立てかけてある写真にずらす。娘の写真だ。

「何回も言ってる気がするが、困ったことがあれば言えよ。俺は一応保護者なんだ」

何度目と聞くその言葉に、ユナは笑いながら答えた。

「ありがとう。これからお父さんって呼んでいい?」

「…やめてくれないかな…僕はまだ、過去を乗り越えれてないからな…情けないことに」

「…そんなことないですよ」

ユナはそう言って料理を再開しようとした。だが、手が硬直する。

「…お父さん…か…。わたしも全然立ち直れてないのかな…?」

ユナのつぶやきは、料理音にかき消された。


「流石だねユナ。おまえがナンバーワンだ!」

訓練終わりの疲れ果てた背中に、リオがキンキンに冷えたジュースを首筋に押し付ける。

「ヒャ!冷たい!――リオやめてよ。心臓が三メートルぐらい飛び出すかと思ったよ」

ユナはため息をつきながらジュースを受け取る。

「いやぁかっこよかったよユナ。一瞬で中型宇宙怪獣五体を殲滅するだなんて。シュミレーションの中とは言えすごいよ」

いつの間にか後ろに回り込んでいたミナが、ユナに背中から抱きつく。

「シミュレーションだよ。まああくまで訓練だから実戦じゃどうなることやら…」

「またまたご謙遜を~」

リオが肘でぐりぐりした。

イチャイチャしている三人の後ろから、ハルが声をかける。

「ユナさん…あなたは優秀です。あなたの力があれば宇宙怪獣の殲滅は容易いでしょう。あとはあなたを解析して効率よいアークとの適合方法を見つけるだけです」

「あ…ありがとう」

ハルはユナに一歩近づく。

「あなたの力があれば宇宙怪獣を全滅するのも簡単です」

なんかテンションが上がっているハルに、ユナは浮かない表情をする。

「…あまり戦いが強いというのは自慢したくないかな…」

「なぜです?その力があれば宇宙怪獣だけではありません。テロ組織や反政府組織を倒すことだってできます」

「…同じ人間とは…あんまり争いたくないかな…」

声が沈んでいくユナに、ハルは純粋な疑問を投げかける。

「あいつらは人類の敵です。何を躊躇しているのですか?」

「おい!」

リオが間に割り込む。

「流石にその発言はライン越えだ。看過できないな」

ミナも前に出る。

「なぜです?人類が宇宙怪獣と戦うのを妨害している人間など、どんな信念があると許しておける存在ではありません!」

リオとミナはハルを睨む。

「…ユナ!行くよ!」

二人はユナの背中を押し、そそくさとその場を離れる。

「…私たちは正義の味方なんです。周りもそう認めるんです…」

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