第4話

 その日、ヤラカシ子爵の屋敷に陰湿な殺人事件が発生しました。

 死んでいたのはヤラカシ子爵ご本人、下手人はヤラカシ子爵の娘アワレだという。

 父を殺したアワレは直ぐに捕まり、事情聴取がされました。

 オワッテル皇国の警察は中々に優秀で、各地から集められた選りすぐりのエキスパートたちで構成された正義の犬ですね。

 そんな正義の犬が、どう考えても裏がありそうなこの事件をどう扱ったのか。

 その答えは、拘置所でアワレ前にありました。


 「ねぇどんな気分かしら親殺しって、気持ちよかった?」


 アクマリーゼです。透明なガラス越しにアワレが見たのは天使のような微笑みをした悪魔でした。


 「お、お願いです、誰にも言いませんから殺さないで……!」

 「―――」


 アクマリーゼは口をパクパク動かします。

 それは周囲には何も聞こえない、でもアワレにははっきり聞こえました。

 エメットの魔法でテレパシーに変換したのですね。


 ――恨むなら貴方のご家族を恨みなさい。


 アワレは顔を真っ青にして、気絶してしまいました。

 この悪魔は、子爵家に慈悲を与えるつもりはありません。

 悪の美学とでも言いましょうか、アワレにどでかい心の闇をプレゼントすると、拘置所を出ました。

 ちなみに警察署の署長はコワイ家の縁故ですので、アクマリーゼは疑われもしません。

 まぁ彼女を敵に回せば、何をされるかわからないので、手を出さない警察は賢明ですね。

 正義の犬ではなく公権力の犬ですが(苦笑)。


 さてさて、悪の女帝にでもなりたいのか、アクマリーゼですが、今日の予定はとくにありません。

 彼女はのんびり街を歩くと、あるヤミ金融の事務所が目に入りました。

 まぁよーするにヤ付く職業の方々の事務所ですね。


 彼女はなんの遠慮もなく、事務所に近づくと入り口に立っていた若い男がアクマリーゼに気付きます。


 「おいおい、嬢ちゃんがこんなところになんのよう」

 「ん」


 ルビアが前に出ます。

 この子マイペースですから、殆ど目立たないのが欠点ですね。

 若い男はルビアを見ると、背筋を伸ばし、直ぐに頭を下げました。


 「これはルビア姐さん! どうぞ中へ!」

 「ん」

 「貴方、自由ねー」

 「ん」


 ちなみに、奴隷ですがルビアたち三人は普段は割と自由です。

 サフィーは普段は屋敷の管理で一日を過ごし、エメットはなんと学校に通っていたり。

 アクマリーゼはもう卒業手前ですが、エメットには戯れで入学させました。

 さて、事務所ですが、中には強面のオニーさんたちが凄みを効かせて待っていました。


 「こいつはルビアの姐さんじゃねぇですか、まさか金を借りに?」

 「ん」


 ルビアはアクマリーゼに顎を向けます。

 それを見た組長と思しき男は、目を見開きます。


 「生憎あいにく余るほどあるのよねー」

 「アクマリーゼ……!?」


 当然このご令嬢は知られているようです。

 ちょっかいをかければ、全て破滅、それは皇家でさえ変わらないと噂の。


 「こいつはどういう要件で、アクマリーゼ嬢」

 「べーつに、なんか焦げついた人とかいないー?」


 火遊びでもしたいのか、ある角刈りの男がニヤニヤ笑いました。

 当然アクマリーゼは気づきますが、無視します。

 組長はしばし沈黙すると、やがておごそかに言いました。


 「支払い出来ない奴を探しているのか?」

 「クスッ、面白い声で鳴きそうでしょう?」


 アクマリーゼは優雅に口元に手を当てます。

 まったく空気感に合いませんが、彼女はそのまま通します。


 「アクマリーゼの悪名といえば知られている……どこまで残虐なんだ」

 「なぁそれより、この俺と遊ばない、気持ちいいクスリもあるぜ?」


 先程の角刈り、無謀にもアクマリーゼに近寄ります。

 まぁ見てくれだけは、この国でも最高クラスですが。

 組長は止めようと立ち上がります。

 ですが角刈りは止まりません。

 いくら悪名知れても所詮は女、どうせ権力で悪さしているだけと高を括ります。

 まぁ常識的に言えば、それが悪役令嬢のテンプレートですけれど、ここにいるのはクレイジーサイコパスですよ?


 「アハッ、クスリは苦くて嫌よ」


 アクマリーゼは素早く動くと、角刈りの顎を蹴りでかち上げました。

 誰もが呆然ぼうぜんと止まってしまいます、あ、いえルビアはのんびり欠伸していますね。

 主人のピンチに全く動じないなんて、将来大物でしょうか。


 さて、顎をかち上げられた哀れな角刈り、これでも不良を相手に一度も負けたことのないアクマリーゼを見誤り、背中から倒れるとアクマリーゼはその上に馬乗りになります。

 勿論レイプ、などするつもりもなく、彼女は角刈りの顔面を殴ります。


 「良い音を聞かせてね! アハハッ!」

 「お、おい誰か止めろ!」


 既に半殺しにされた角刈り、愉悦に震えるアクマリーゼは拳を血塗れにして、組長を見ます。


 「待った! 従う! アクマリーゼ様には逆らわねぇ! だからそいつの命だけは!」

 「飽きちゃった」

 「……はい?」


 アクマリーゼはのんびり欠伸します。

 角刈りは気絶していますが、死んではいません。

 殺す価値もないと、判断したのでしょうか、まぁ十中八九本当に飽きたのでしょう。


 「もっと刺激的かと思ったけれど、この程度なのね」

 「ん」


 ルビアも、ここにアクマリーゼを満足させる人間はいないと言います。「ん」は圧縮素子でしょうか?


 「あ、アクマリーゼ様、一体なんの目的で、カチコミ……じゃ、ない?」

 「カチコミならもうしましたし」


 ヤクザの皆さん大きな口を開けて、呆然としてますよ。

 まぁ新聞に目を通してもヤラカシ子爵殺人事件がアクマリーゼと繋がる筈もないのですが。


 「アンタ……何者だ?」

 「フフッ、わたくし? わたくしはアクマリーゼ、悪の華」


 妖艶に微笑むと、血塗れの手で口元を覆う。

 あまりにも非現実的、ヤクザたちは惨めに失禁しながら、へたり込むのでした。

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