第8話

 翌日、僕はロナを連れて警察署へと向かった。昨日ロナに買ってあげた靴は、少しだけもう黒くなっている。まるでそういうデザインみたいだ。

「私、靴気に入った!」

 ロナはこれから向かう先をよく分かっておらず、るんるんと機嫌良く歩いている。知らないほうが幸せかもな。

「これからロナのことについて聞きにいくって言ってたでしょ。怖くないの?」

「分かったほうが怖くないもん」

 そういえばそうだった。ほくろかと思えば文字だったときの恐怖を思い出し、ロナのほうが度胸があって頼もしく感じた。

 警察署へと着き、先日の火災の被害者であることを伝えると、その担当の警察官へと取り次いでくれた。

「防護服を着て逃げた容疑者たちは捕まえたのですが、供述していることが意味不明で……」

「おそらく、僕が今から言うことも意味が不明だと思うんですが、証拠があるので説明してもよろしいでしょうか?」

 これまでの経緯を話しながら、手袋を外し黒くなった右手を見せると、目を見開きじっくりと観察された。

「これは……」

「容疑者たちしか知らない情報があると思うんです。右手を治すために解決方法を探りたくて。彼らを交えて一度お話したいです」

「まだ信じられませんが、まずは一度上に許可を取ってからになります。一度おかけになってお待ちください」

「分かりました。それではお待ちしてます」

 ロナは僕達の会話をパチパチとまばたきをして大人しく聞いていた。椅子のほうを見たから座ることは理解したらしく、ボフッと飛ぶように座った。

「お話聞けるんだね」

「うん。緊張してきたな」

「『きん』」

「『緊張』はこれから来ること、それからすることに対してドキドキすることだよ」

 「ドキドキ」は分かるのか。もしかして火災でドキドキしたから?

「へえ。……私、本当に知らないことだらけだね」

「仕方ないよ。ロナは悪くない」

 そうはいっても悲しそうな顔は変わらない。「分からないことが怖い」んだから、怖くてたまらないんだろう。簡単な辞書でも渡したいけど、もし記憶が文字に浮かぶのが確定なら辺りが真っ黒になってしまう。

 小走りでこちらへ向かう音が聞こえると、先ほど話した警察官がいた。

「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」

 別室へと案内され、その場には見たことのある施設の職員が手錠で拘束されていた。

「うわああああ! やめてくれそいつを近付けるのは!」

 ロナを見るやいなや叫びだした。なんだ、何を知っているんだ。

「落ち着け。話をこれから聞くから」

「落ち着いていられるか!」

 突然の大声で、ロナは僕の後ろで震え怯えていた。

「単刀直入に聞く。ロナは何の能力を持っているんだ?」

「お前はもう少しは気付いているだろう。あれだけ一緒にいたら無事ではいられない。そいつは、記憶が触れている存在に印字されるんだ」

「浮かんでくるというより、やっぱり滲む感じなんだな」

「そうだ。それに一番怖いのは、感情が爆発したときに一気に文字が周りに解き放たれる。だから、できるだけ『そばにいるだけでいい』と言っただろ。お前はそいつの寂しい感情を爆発させないための抑制する係だったんだよ。いるだけで良かったんだよ」

 ちょっと待て。情報も一気に爆発している。

「あの施設は、そいつから地球がいずれ黒く染まらないように守るためのものだったんだよ。その能力の使い道も結局分からず、せっかく処分するのを決めて拘束したのに、勝手に助けやがって。どうなっても知らないからな」

「……今まで僕と同じ係をしていた人たちは今どうしてる?」

「さあな。とにかくそいつから俺を離してくれよ!」

 さあな、じゃねえよ。黒くなった人たちがいないってことは「処分」したんじゃないか。放火に人殺しに。こいつらは罪が重すぎる。

 ロナのことを化け物扱いしやがって。そうだロナ。こんな話聞いて大丈夫なわけない。   

 振り返っても、ロナはスンとしていた。「ダメージなんかありません」と顔で語っていた。

「にわかに信じがたいが……その『係』の方の消息を調べつつ、放火は否認していないのでこのまま拘束し続けます」

 そう言って警官は今日のところはこれで、と僕たちを追い出すように部屋の外へ指差した。

 文字が印字されるのを怖がっているのだろう。さっきまで丁寧な案内だったのに。

「……帰ろっか」

「うん」

 ロナは変わらず、るんるんと機嫌良く歩き出した。心が強すぎないか。知っている知識量は年齢よりも幼いが、心の強さは年齢よりもあまりにもありすぎる。

「感情を爆発させないように我慢してるのか?」

「さあね」

「嫌な返しを覚えるんじゃない」

 悪い大人に影響されてしまったな。

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