第21話 キツネさまにおまじない

 たくさん泣いて、涙も息も落ち着いてきた。

 頭と気持ちの整理も、少しずつできるようになってきてたの。

 

 シラネは消えたんじゃなくて、神様に戻ったんだ。

 もしかしたら、もうわたしのすぐとなりで、見守ってくれてるのかもしれない。


 わたしは、シラネがくれた、“ことのは守り“をじっと見つめた。

 手の中にある青い石は、もう光を失っていたけれど……。

 

 ぎゅっとにぎると、かすかにシラネのぬくもりが残っているような気がしてね。

 そんなささいなことが、すごくうれしかったんだ。


(また……きっと、会えるよね)


 涙でぐしゃぐしゃになった顔をぬぐって、わたしは目を閉じた。

 それで、心の中で小さく誓ったの。


(わたしも、シラネのこと、ずっと想ってる。約束だって、守るからね)


 朝の光につつまれた境内は、いつもより少し静かに感じたけど。

 わたしの心の中には、シラネがずっとそばにいるみたいな、あたたかな気持ちが残っててね。

 さっきまで涙でいっぱいだったのに、ふしぎとやさしい気持ちで満たされていったの。


(うん……そうだよ)


 泣いてばかりじゃ、シラネが不安になっちゃうよね。

 さみしいけれど、ひとりじゃない。

 きっと、シラネが見守ってくれてる。


 光をなくしたネックレスが、わたしとシラネの約束の証。

 その小さな石に、わたしは願いをこめた。


(また会える日まで……ぜったいに忘れないから)


 夏の空を見上げながら、わたしは心の中でシラネの名前を呼んだ。

 さらりと境内を吹きぬけたさわやかな風は、シラネが「またな」って言ってくれたみたいに聞こえたんだ。


 *


 鳥居をくぐると、照りつける夏の太陽がわたしを迎えてくれた。

 さっきまでとちがう、にぎやかな夏の音。

 セミの大合唱や、遠くで遊ぶ子どもたちの声に、大人たちの話し声。

 

 家までの道のりで、わたしはいろんなことを考えたんだ。

 夏休みの宿題のこと。

 友だちと遊ぶこと。

 そして、これからもずっと、シラネに会いに行く毎日のこと。

 

 姿は見えなくなっちゃったけれど、シラネはちゃんといてくれる。

 困ったときも、うれしいときも、きっと見守ってくれてる。


 道の途中で、ちょっとだけ涙がこぼれたけど──悲しくて泣くのは、これが最後。


(今日から、夏休みだ……!)

 

 シラネと交わした約束を胸に、わたしは夏の道を歩き出した。


 *


 あれから、一週間がたった。

 

 毎日、夏休みの宿題をやったり、あすかちゃんたちと遊んだりしてすごしてたの。

 すごく楽しくて、あっという間に一日が終わっていったんだ。

 

 もちろん、神社に行くのも、毎日かかさなかったよ。

 夏休みの三日目は雨が降っていたけれど、わたしは傘をさしながら神社まで歩いたの。

 シラネとの約束を守るためなら、雨も風もへっちゃらだもん。


 

 そして、この日の朝も、わたしは神社に向かって歩いてた。

 お母さんに「暑いから被りなさい」って渡された麦わら帽子を、少しだけ深くかぶる。

 視界からちらりと見える景色は、夏の陽射しを浴びて、きらきらしているように見えた。


 そうして、鳥居の前に着いてね。

 わたしはいつも、鳥居をくぐる前に、ことのは守りをぎゅっとにぎるの。

 シラネに“来たよ“って合図を送るみたいな感じかな。

 

 それから石段をひとつずつ登って、賽銭箱の上にある鈴を鳴らす。

 二回おじぎをして、二回手を叩いてから、ゆっくり目をつむって──いつもみたいに、お願いするの。


(シラネとまた、会えますように)


 心からの願い。

 わたしの想い。

 シラネに届きますようにって、たくさんお願いしたんだ。


(シラネ。わたし、今日も笑ってるよ。だから安心して、見守っててね)

 

 そうして目を開けて、最後にもう一度おじぎをしようとしたとき。

 びゅうっと風が吹いて、麦わら帽子が飛ばされちゃったの。


「あっ……! 待って!」

 

 ころんと転がった帽子を追いかける。

 遠くまで飛ばされなくて、すぐに拾えたんだけど、思わずくすっと笑っちゃった。

 

 きっとシラネが見ていたら、「気をつけろよ」って笑いながら注意してくれるんだろうなって。

 耳と尻尾をぴょこんって動かすところまで、想像できちゃう。

 

 そんなことを思いながら、麦わら帽子についた砂をはらっていると──。


「……まどか」


 その声に、心臓がどきんと大きく動いた。

 はっとして振り返ると──あのときと同じ光の粒がたくさん集まって、やさしくきらめいている。

 その中に、白い影が少しずつ見えてきて。


「……っ!」

 

 声が出なかった。

 おどろきと、信じられない気持ちと、どうしようもないうれしさで、胸がいっぱいで。

 わたし、すぐにわかったの。

 白い影は、わたしだけが知っている、あの耳と尻尾の形をしていたから。


 目頭がじんじん熱くなって、こみあげる感情はもう抑えられなくて。

 わたしの視界は、涙でにじんでいった。

 それでも、たしかに、あの笑顔が光の中にあったの。


「まどか……また、会えたな」


 その言葉といっしょに、光の中から、はっきりとシラネの姿があらわれた。

 ふわふわの白い耳、ゆれる尻尾。

 ずっと会いたかった──わたしの、大切な人。


「……シラネっ!」


 気がついたら、わたしは駆け出してた。

 涙で前がにじんでよく見えなかったけど、そんなの気にしない。

 とにかく、シラネのあたたかさに、もう一度ふれたくて。

 夢やまぼろしじゃないって、ちゃんと確かめたくて。


 どんって胸に飛びこむと、シラネはぎゅっと抱きしめてくれた。

 あたたかくて、心地よくて。

 封印する前の冷たさや透明感なんて、ぜんぜん感じられなかった。

 

「……シラネ……! ほんとに、ほんとに……!」


 しゃくりあげながら名前を呼ぶと、シラネは小さく笑って、わたしの頭をなでてくれた。

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