赤い月の夜

五來 小真

赤い月の夜

 赤い月が見えた夜の0時に鏡を見ると、大人の姿が映りその夜はその姿でいるらしい。

 そんな噂を耳にしてはいたが、赤い月なんて見えやしなかった。

 それがある日、突然見えたのだった。


「これは試さねば——!」


 0時を待って鏡に映ると、果たしてかっこいい大人の姿が映っていた。

 早速気になっていた場所へ行く。

 『スナック』と書かれた店は、以前行ったときは『子供は入れないのよ』とたしなめられてしまった。

 しかし今日は堂々と入れるのだ。


「いらっしゃい。——あら、イケメンさんね」

「……お菓子は、何がある——?」

「は?」


 ――結果は最悪だった。

 スナックとあるのに、お菓子の一つも置いてない。

 出された飲み物は苦くまずい。

 おまけに女の人が寄ってきて、うざいったらありゃしない。

 その夜の思い出は最悪であり、大人になろうとは考えなかった。


 それからしばらくして、実際に大人になった。

 どういうわけか、あの鏡に映った大人の姿ではなかった。

 言いたくはないが、そこまでかっこよくないのだ。

 そして容姿の違いからか、女性は寄ってこなかった。

 ようやく女性の良さに気付いたというのに、だ。


 ——多分、あの姿は別人なのだ。

 ああ、どうしてあの時もっと堪能しなかったのか?


 ——とか考えていると、ふと疑問が湧いた。

 今、赤い月の日に鏡を見たらどうなるのだろう?


 ……もしかしたら、イケメンになれるのではないか?

 その気持ちが通じたのか、また赤い月が見えた。

 早速0時に鏡を見る。

 鏡には、初老の男が映っていた。


 なるほど、更に大人になるのか。


 一瞬ガッカリしかけたが、さすがイケメンだ。

 年を食って渋みが増している。

 素の自分よりモテるんじゃないか?

 そんな気持ちで、夜の街へ繰り出した。


「席をご一緒しても——?」

「どうぞ」

 思った通り、女性が寄ってきた。

 しかしなんだろう?

 どこか気持ちが高ぶらない。

 相手の女性が悪いわけではない。

 普通にタイプだ。


「そろそろわたし、帰らないと」

「ああ、楽しい一時でしたね。またの機会に——」

 女性とはそのまま別れた。

 心情的には帰したくなかったのだが、身体が全く欲してない。

「いたたたた……」

 家に帰るのには苦労した。

 酒の耐性が落ちてるようで、節々が痛いのだ。

 

 一夜明け、元の姿になって悟った。

 物事には適齢期があるのだ。

 今楽しみたいことは、年齢を重ねると楽しみでなくなってしまうのだ。

 だとするなら——。

 そして僕は、夜の街へ女の人を探しに出た。

 全ては空振りに終わったが、欲しているものに手が届きそうな感じがたまらない。

 いや、実際にはどっちにしろ届かないのだが。

 

 <了>

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赤い月の夜 五來 小真 @doug-bobson

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