第三話 白馬の王子様というよりはウザイの貴公子

「我々は脅迫したいのではない。支配したいだけだ」


熊蜜の声は低く、氷の刃みたいだった。

吐息が白く揺れる。外の冷気が入り込み、蛍光灯の明滅が顔の半分を照らす。


その言葉が胸を刺した。

支配。なんて響き。

でも――どうせ“はちみつパンケーキ”の支配なんて、

糖分と虚勢でできてるんでしょ、って言葉は、喉の奥で飲み込んだ。


「支配したいだけ……って?聞くだけで鳥肌立つわ。その言い方、何だよ。ふざけるのも大概にしろ」


声が裏返る。震える手を見られたくなくて、拳を握りしめた。

手下の一人が小さく笑い、空気がひび割れる。

泣きそうなのに、涙が出ない。息が白く曇るだけ。


ピロン──。


場違いな電子音が鳴った。ドアが開く。

冷たい外気が吹き込んで、蛍光灯が一瞬だけ揺らめく。


「おーい! 大丈夫ー?」


聞き慣れた、呑気すぎる声。

それだけで、心の糸が少し緩んだ。


ツートンの髪が光を反射してキラッと光る。

いつもならウザいだけなのに、今は妙に眩しく見える。

……なんで今、来るの。警察呼べって言ったでしょ。


「ねーなにこれ? パーティ? 俺、招待されてないんだけど〜?」


その軽口に、空気が一瞬で変わる。

千尋は店内を一瞥した。熊蜜、手下たち、私。

全員の位置を視線ひとつで計算して、鼻でふっと笑った。


「外からも聞こえたけど、支配ねぇ……」


熊蜜が眉をひそめる。「また変なのが来たな」


「それはお互い様じゃん。名前からしておかしいし。“はちみつパンケーキ”って」


千尋はレジ裏に歩み寄り、縄を手早くほどいた。

指先がかすかに冷たくて、

「痛くなかった? 大丈夫?」と覗き込む声が、逆に心拍を乱す。


「……まぁまぁかな」


「ん、ならよかった。じゃああともう少し、頑張ってね」


笑顔。いつものウザい無邪気さ。

けどその目だけは、刃みたいに鋭かった。


「で、さっき“支配したい”って言ってたけど」


千尋が一歩、熊蜜へ。

レジの蛍光灯が背中を照らし、床に長い影を落とす。


「……アンタさ、“支配する”って言ってるけど、顔が“支配されたいです”って言ってるよ。いい大人が支配とかウケるんですけど」


ピシッ、と熊蜜のこめかみが跳ねた。手下が一斉に固まる。


「何だと?」


「真顔で“支配したい”って言う奴って、だいたい自分が服従したいんだよね。知ってた?」


「ほざくな」


熊蜜の声が低くなる。店内の空気が一段冷える。

千尋はあくまで笑顔で、首を傾けた。


「図星? かわいいじゃん。支配願望ある奴ほど、根っこMなんだよ。

 強がるくせに、壊されたいって顔してる。俺、そういうの、すぐわかるんだよね」


沈黙。

熊蜜の瞳が殺気で濁る。


「笑うな。貴様、ただの客ではないな?」


「当たり前じゃーん。俺、“支配したがる大人”が一番苦手な“年下の天敵”なんで。

 見下されんのも嫌いだけど、舐められるのは――もっと嫌い」


熊蜜は静かに立ち上がり、襟を正す。

背筋がやけに整っていて、それが逆に不気味だった。


「口の利き方を改めろ。無礼な少年」


「え〜、なんで? 礼儀正しくしても見下すくせに」


千尋が肩をすくめ、ゆるく笑った。


「でもまぁ安心して。“舐めてる”っていうか――最初からお前、俺の中じゃ“敵”じゃなくて“的”なんだわ」


その瞬間。

熊蜜が動いた。


風を切る音。腕が閃く。

千尋が軽く頭を傾けた――そのすぐ横を拳が通過。

風圧で床のチラシが舞い上がる。


「はい、速いけど単調。次はこっちね」


カウンターのように足が閃き、熊蜜の脛を蹴る。

鈍い音。熊蜜の体が沈む。

続けて肘が顎を打ち上げ――ガッ!


だが熊蜜も即応。

腕で受け止め、スーツの袖が裂ける。

返す拳で千尋の肩を狙うも、ひらりと避ける。

その一連の動きがあまりに速く、私は目で追えない。


「……ふざけた真似を」


「いや、真面目にしてるって。てかさ――」


千尋の瞳が一瞬、氷みたいに冷たくなった。


「“支配したい”って言葉は、自分の不安を隠す呪文だろ?

 本当は、誰かに決めてもらいたいくせに。強がってるだけ」


「黙れ!!」


熊蜜の怒号。

蹴りが飛ぶ。ゴンッ、と壁が鳴る。

千尋が数歩後退――でも、笑みは崩れない。


「ほらな。冷静装ってたけど、ただの“怯えた大人”だよ」


「震えてなど――!」


「してるよ」


一歩、また一歩。

千尋が近づくたびに、床の蛍光灯の反射が揺れる。

まるで影が生きて動いてるみたいだった。


熊蜜がナイフを抜く。

鋭い金属音が走る。


「ちょ、ナイフ!? “はちみつパンケーキ”名乗るならフォークのほうがお似合いなんじゃない?」


「手加減はしない。消えてもらう、少年」


「“少年”じゃねぇし」


閃光のように突き出される刃。

千尋はレジ台を滑るように避け、熊蜜の手首を掴んで――膝で肘を折る。


バキッ!!


熊蜜の叫び。

だがナイフを離さない。指が白くなるほど力を込める。


「しつこいタイプは嫌われるよ」


ナイフを弾き飛ばし、

千尋はそのまま蹴りで柄を跳ね上げ――熊蜜の顔面へ。


ゴンッ!!


鼻血が飛ぶ。熊蜜がよろめく。

手下たちは、息を呑んで後ずさる。


「“支配したいおじさん”と“自由すぎる年下”の相性、最悪なんだよ。

 今その顔が証明してる」


私は震える手で、近くの棚から未開封のレジ袋を掴んで投げた。


「千尋っ!!」


「サンキュ、ナイス袋!」


熊蜜の顔に袋がかぶさる。

その瞬間、千尋が跳ぶ。

飛び膝蹴りが一直線に――


ドカッッ!!!


熊蜜がガラス棚に激突。

蛍光灯がチカチカと明滅する中、静寂。


「ふふん、見た? これが“年下のくせにムカつく男”の実力で〜す」


千尋がピースサインを向ける。

首元が少しはだけて、“蓮”の刺青がのぞいた。

熊蜜は血を吐き、膝をつく。


「お前……何者だ……? その墨……まさか……!」


千尋は振り返らず、笑って言った。


「俺? 俺はねー、水蓮幹部、桐島千尋。

 ま、そっちと同業みたいなもん。よろぴくね〜」


水蓮? 幹部? 何それ?

頭の中が混乱する。でも、助けてもらった以上、言わなきゃ。


「……ありがと。助けてくれて。けど、なんでお前? 普通、警察じゃない?」


千尋は肩をすくめる。


「気にしなくて良くない?俺はただ肉まんのお礼に来ただけ〜。

 あ、次ピザまんね」


ウインク。

ウザい。でも、不思議と嫌じゃなかった。


蛍光灯がまた一度チカチカと光る。

雪の反射が窓を白く染めていた。

息が白い。血の赤が滲む。


店内の惨状を見る。うーんこれは、店長になにか言われたら逃げればいいか。

あとはもう知らん。お金の話になったらあいつに請求しよう

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コンビニ店員と反社のお兄さん。 からあげぽっぽ @karaagepoppo

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