原昌和の聖糞飛来怪談

原昌和

第1話 親父の生き霊 前編

 俺が生まれた頃は、バブル真っ只中ということもあり、今思えば結構裕福な家庭だったんだと思う。


 しょっちゅう海外旅行にも連れて行ってもらってたし、親父も羽振りが良かった。

貸しビル、墓石屋、料亭、海外に電気部品工場と、かなり手広くやっていたみたいなんだよね。


 まあそんな順風満帆な時は徐々にくたびれて、俺が高校生になる頃には、会社は社員達の結託によって乗っ取られて、親父は完全に職を失って、家には毎日借金取りが来る状態になってた。


 でも俺は特に気にもしないで、借金取りをかいくぐりながら、学校に通ってたし、バイトにも行っていた。


 友達がうちに遊びに来る時も、インターホンで呼び出してる最中に借金取りと遭遇しない為に、独自の呼び出し方法を作っていた。


 俺の部屋の壁ってのは、マンションの階段室の壁と表裏一体になっていて、その階段室の壁を蹴ると、ちょうど俺の部屋の壁が鳴る訳だ。

 

 だから来る奴はみんな玄関のドアに向かう前に、階段室に行って壁を蹴って合図を出してから、素早く俺の家に入って来る様にしていた。


 幸い俺の部屋は玄関から一番近い間取りだったので、スムーズに来客者を部屋に誘導出来たんだよ。


 友達が帰る時も、まず俺が玄関のドアスコープで外に人がいない事を確認して、小声で「またな」と言い、鍵を開けて少しドアを開けた隙間から滑り出る様に友達を帰らせていた。鉢合わせたらやべぇからな。

 

 そんな感じで、借金取りが来る家にも関わらず、俺の部屋には毎日5〜6人の友達が遊びに来ていた。溜まり場だわな。


 そんな最中に親父が失踪した。家に帰って来なくなった。


 ただでさえ貧乏なのに、親父までいなくなって母ちゃんは気が狂いそうになってた。と言うか狂ってたのかも知れない。


 毎日、仏壇に頭を突っ込んで、叫ぶ様にお題目を上げていた。親父が帰って来ます様にと、お祈りしてた訳だ。


 親父が残していったYシャツを、両手で顔に押し当てて、匂いを嗅いで


「昌和。お父さんの匂いがする」


 と言って泣いていた。


 正直、あの時の母ちゃんを見ていると、心が辛くて俺までどうにかなっちまいそうだった。


 それが理由という訳ではないけど、俺は昼間通っていた高校に通うのが馬鹿馬鹿しくなって、学校に行くフリをして、高速道路の下を緑地化する為に作った細長い公園のベンチで寝ていた。


 起きたら、母親が持たせてくれた弁当を食って、夕方までギターを弾いていた。帰るとまた母親が仏壇に頭突っ込んでる訳だが(笑)


 そんな風に公園に通っていると、その公園には他にも利用者がいることに気付く。

 

 ホームレスのおっちゃん達だ。


 おっちゃん達は、どこから持って来たんだか、一升瓶の酒を昼から飲んでいた。


 ボーッと観察してると、おっちゃんが


「おーい兄ちゃん。一緒にやるか?」


 と声を掛けて来たので、


「コレ酒の肴にどうだい?」


 と母親の弁当を、おっちゃん達に振る舞った。


 おっちゃん達は「うめぇうめぇ」と喜んで、弁当のおかずを酒で流し込んだ。


「お前作ったんか? 料理上手だなー」


「いや母ちゃんが、俺が学校に持ってくための弁当作ってくれてるんだよ。でもおっちゃん達が楽しそーだったからさ、一緒に食いてえなって思って。」


 そう俺が言ったら、おっちゃん達は静かになって俯きながら、ポロポロ泣き出した。


「この馬鹿野郎! お前の母ちゃんがこの状況見たらどんな気持ちになるか考えたことあんのか!」


 怒られたよ。


 でもそれからもおっちゃん達とは、よくその公園で母ちゃんの手弁当を肴に酒を飲んで学校に行ってる筈の時間を暮らしていた。


 そんな風に、俺は人に恵まれていた。


 友達も、俺がどんな状況でも面白がって遊びに来てくれていたしね。それがその頃の俺の支えだった。


 俺は高校を正式にやめた。

 

 それでも母親は


「夜学に行きなさい。定時制の高校が近くにあるから。」


と学校に行く事を勧めて来たので、母親の気持ちも立てて、高校を入り直すことにした。


 夜学ってのは夜の17:00くらいから一時限目が始まる感じで、21:00には授業が終わる。


 俺にとっては不思議な感覚だった。学校に夜忍び込んでいる様な、ワクワクする感覚が新鮮だった。


 そこでもすぐに友達は出来て、学校帰りによく俺の家で遊ぶ様になった。原付7人乗りとかで移動したりしてたなぁ(笑)


 つまりは昔からの友達と、定時制高校からの友達も混合で俺の家に集まって遊んでいる事が多かったんだよね。でもすぐにお互い昔からの友達みたいに打ち解けてたと思う。


 そんな感じでみんなのお陰もあって結構楽しく生きていたと思う。


 ある日、今も続いてるうちのバンドのメンバーがうちに遊びに来ていた。



 遊んでるうちに、ふと腹が減って来たので、メンバーを部屋に残して、俺1人リビングで飯を食っちゃおうと思って。


 玉子かけご飯を、ちゃちゃっと食うつもりだったんだけど、リビングのテレビでやってた番組がちょっと面白くて、そのまま番組を見終えちゃったんだよね。


 部屋出て40分とかみんなを放置しちゃってた訳で、悪い事しちゃったなと思って戻った。


「ごめーん。テレビ見ちゃってた。」


「おせーよー(笑) でも良かったじゃん。親父さん帰って来たんだね。」


 当然親父は帰って来ていない。失踪したままだ。


「いや、親父いないよ?」


 と言うと、


「いやいやいや! お前が飯食ってる真ん前に親父さん座ってたじゃん。」


 と食い下がられたので、ビックリした。


 コイツらとは長い付き合いだし、親父の失踪の事で冗談を言う様な事をする奴らでは無い。


 だから、


「本当にコイツら何か見たんだな。」


 と言うのが伝わった。


 しかし、居ないものは居ない訳で、「ちょっと来て」と言って、家中を見せて回って、親父がいない事を確認してもらった。


 最後に親父の部屋を見せようと思って、親父の部屋を開けようとしたけど、今は物置みたいにしていて、物がつっかえてドアがちょっとしか開かなかった。


 その隙間から部屋を見てもらった。


 確かに埃臭くて誰もいないのがわかったみたいで、「本当だ、、、」と納得してくれたけど


「じゃあ俺たちが見たのは何だったんだろうね」


 と不思議がっていた。


———『親父の生き霊』後編に続く———

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