第2話 実力以上の活躍



「うおおおおお! 効かねえんだよ、そんなもん!」


 咆哮し返し、彼は渾身の力で戦斧を振り抜く。ドラゴンの鱗は、あらゆる金属よりも硬いと言われている。並の武器では傷一つ付けることすら叶わず、逆に刃が砕け散るのが関の山。

 しかし、ガレスの戦斧は違った。

 振り下ろされた刃は、ドラゴンの分厚い前脚の鱗に吸い込まれるように突き刺さり、甲高い破壊音と共に、深々と肉を裂いた。


「ギィイイイアアアッ!」


 初めて与えられた明確なダメージに、ドラゴンが苦悶の叫びを上げる。

 ガレスは勝ち誇ったように笑った。

「どうだ! 俺の腕力とこの斧にかかれば、竜の鱗だろうが豆腐と変わらん!」

 己の剛腕への絶対的な自信。その言葉に偽りはなかったが、真実のすべてでもなかった。彼が振るう戦斧は、確かに名工の作ではあった。だが、それだけでは古竜の鱗をこうも容易く断ち割ることはできない。

 その戦斧が、決して刃こぼれしない絶対の鋭さを維持している理由――それを、ガレス自身が知ることはない。


 彼らの熱狂から少し離れた後方。岩陰に隠れるようにして、一人の青年が戦況を固唾をのんで見守っていた。

 癖のある茶髪に、穏やかな翠色の瞳。Sランクパーティの一員としては、あまりにも地味で飾り気のない革鎧を身に着けたその青年こそ、パーティのテイマー、レインである。

 彼の足元には、真っ白でふわふわの羽毛に覆われた、飛べない鳥の雛のような魔物が、心配そうに体を震わせていた。フェザーコカトリスのココだ。

 レインは、ガレスの活躍に安堵のため息をつきながら、そっとココの小さな頭を撫でてやる。

「大丈夫だよ、ココ。君が毎日、羽で磨いてあげているおかげで、ガレスさんの斧は今日も絶好調だ」

 ココはレインの言葉を理解したかのように、「ぴっ」と小さく鳴き、彼の指にすり寄った。

 彼女の抜け落ちた羽を使い、レインが特別に作った砥石。その砥石で磨かれた刃物には、「決して損なわれない鋭さ」という神話級の祝福(バフ)が付与される。

 もちろん、その事実を知る者は、このパーティにはレイン一人しかいなかった。


「フフ、いい気味ね。私の魔法で、その熱を永遠に凍らせてあげるわ!」


 ガレスが作った好機を逃さず、後方から響くのは、鈴を転がすように艶やかでありながら、絶対の自信に満ちた声だった。

 パーティの紅一点、魔術師のセシリア・アークライト。艶やかな黒髪を揺らし、体のラインを惜しげもなく晒すローブを纏った彼女が、両手を前方へと突き出す。その指先に、世界の法則を書き換えるほどの膨大な魔力が収束していく。

「凍てつけ、万物――『絶対零度(アブソリュート・ゼロ)』!」

 放たれたのは、絶対的な冷気を纏った極大の氷塊。それは一条の光となってドラゴンの巨体に着弾し、爆発的な勢いでその体を純白の氷で覆い尽くしていく。

 灼熱の溶岩地帯に、ありえないほどの極低温の吹雪が吹き荒れた。ドラゴンの動きが、目に見えて鈍くなる。

「グ…ルルル…」

 怒り狂ったドラゴンは、その憎悪をセシリアへと向けた。口内に灼熱の光が収束し、次の瞬間、セシリアが立っていた場所を極太の火炎放射(ブレス)が焼き尽くした。

「セシリア!」

 アレクが鋭く叫ぶ。だが、その心配は杞憂に終わった。

 炎が過ぎ去った後、セシリアは涼しい顔でそこに立っていた。彼女のローブはブレスの余波をまともに受けていたはずなのに、焦げ跡一つない。まるで、春のそよ風でも受けたかのように、平然としていた。

「フフ、私の『絶対零度』からは誰も逃れられないわ。もちろん、あなたの炎もね」

 セシリアは、自分が纏うローブの性能に絶対の信頼を置いていた。王国最高の魔術師が編み上げ、幾重にも魔法防御の術式が施された特注品。その性能が、古竜のブレスすらも無効化したのだと、彼女は信じて疑わなかった。

 だが、そのローブが本来持つ性能は、高位の火炎魔法に数秒耐えるのが限界だということを、彼女は知らない。

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