第11話 女子大生生活
女子大生としての生活にもどった。私の女子大生としての一日は基本以下のようである。
朝、外から響いてくる起床ラッパの音で目を覚ます。ノルトラント出身者の話だと、女学校の寮では起床は廊下を当番の生徒がハンドベルを鳴らしながら歩いてくるそうだが、女子大は隣接する騎士団式になっているらしい。祖国では王宮暮らしであったから侍女が優しく起こしてくれたが、ここでは自分で起きるしかない。洗顔のため寮の廊下に出ると、同級生たちと朝の挨拶を交わすのが楽しい。
自室に帰ると着替えて朝の清掃、つづいて朝食まで短いが自由時間である。将来騎士団の幹部を目指す学生はランニング、これはネリスさんやマルスさんが一緒に走っている。私は朝の自由時間を、自分の自由な学習時間にあてることにしている。夕方から夜の学習は授業の予習復習でいっぱいいっぱいで、自分なりに興味をもてたことの学習にまで手が回らない。せめて朝の短い時間は自分の好きなようにしたい。最近は1年次に学習した線形代数の復習にあてている。ヘレンさんが量子力学の深い理解に必要になると教えてくれたのだ。
勉強しているとすぐに朝食の時間がくる。やはりラッパの音で食堂へ急ぐ。
朝食は、寮生全員で一斉にとる。日によっては大聖女様も参加される。ノルトラントの朝食は量が多い。パン、牛乳、卵、ベーコン、野菜などをしっかり食べる。果物かヨーグルトがつく。最初のうちはとても食べきれなかったが、今はこの朝食が楽しみである。席はきまっていないのだが、なんとなくいつもヴァルトラントからの留学生といっしょにテーブルを囲む。私とシルヴィー嬢は理学部、マルティナとシュテフィは神学部、カレンとグリゼルダは法学部である。ノルトラントの学生たちは同じ学部の学生と一緒に食べているようだが、私は他学部の様子も知りたかったので、このメンバーはありがたい。
朝食後は大学の教室に移動する。
大学の授業は、午前2コマ、午後2から3コマの枠が設定されている。毎日1コマから2コマが授業がないのだが、ほとんどの学生は空いている教室、図書室、食堂などで自習に励んでいる。朝食・昼食・夕食時と掃除の時間以外は食堂は開放されていて、暑い日は日差しから、寒い季節は風や雪から私達を守ってくれている。お茶やお菓子も用意されていて、図書室と違って談笑していても注意されることはない。なによりありがたいのが手空きの大聖女様のお仲間や教員が食堂に来てくれることだ。これは休息のためではなく、私達学生の学習の支援のためである。特に人気なのがフィリップさんで、ほとんどの質問に明確に応えてくれる。ヘレンさんの配偶者であることは全員周知の事実であるが、やはり若い男性の存在は学生たちの目の保養になっているらしい。フィリップさんは飄々としていて知識をひけらかすこともないし、いやらしい目をむけてくることなどあるわけがない。たまに学生のほうで勉強に夢中になってフィリップさんに近づきすぎてしまうことがあるが、なぜかそういうときはかならずヘレンさんが現れてフィリップさんをつねっている。
昼食も食堂であるが、朝食と異なり一斉ではない。午前の授業が早めに終わっている学生から食事をしてしまう。特に午後に実験を予定している学生は早めに食べ、実験室で準備に入る。逆に午後イチの授業がない場合、わざとゆっくり目に食堂に行き、のんびりと食べる。もちろん友人たちとおしゃべりしながらで、これが楽しい。
実験がある日は大変だ。前の週に実験課題が与えられており、昼食後さっそく実験準備にかかる。一応開始時刻は決まっているが、早めに準備して文句を言われることはない。そして実験が終わるまで、その日は帰れない。真っ暗になるどころか夕食に間に合わなくなることすらあるから、早めにみんな実験を始めるのだ。なお夕食に間に合わなかった場合、実験仲間と照明が減らされた食堂の片隅で冷えてしまった食事を食べる。厨房の職員に迷惑をかけるわけにはいかないので、自分たちで温め直すことは許されている。だが、実験で疲れ果てた体ではその気力もなく、うらびれた気分で冷たい食事を食べる。前の冬、私も実験が全然おわらなかったことがあった。仲間たちと無言で食事を摂っていると、騎士団の方がお茶をもってきてくれた。すっと持ってきてさっと去っていってしまわれたから、毎週実験が遅れた学生にお茶を出していたのだろう。
実験があろうとなかろうと、夜は翌日までの宿題に追いまくられる。消灯時刻は決まっているが、おしゃべりなしに自習するのは許されている。深夜まで勉強して、用を足しに廊下に出ると、結構な数の部屋から明かりが漏れている。苦労しているのは自分ばかりではないと気づき、少し気が楽になる。
私の留学は半分は自分のため、半分は国のためだ。だから成績が悪いなんてことは許されるわけがない。そして王族である私は、できればノルトラントで配偶者を見つけることを期待されていた。もちろん政略結婚である。その父に与えられた任務はいつも頭の隅に引っかかっていたが、とにかく勉強がいそがしかった。接触する若い男性は皆大聖女様のお仲間であり、配偶者が決まっていた。だからこちらについては全く成果があがっていなかった。
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