第8話 大聖女様の周辺

「女子大には帝国からの留学生、カトリーヌという者がいたな」

「はい、陛下」

「確かその者は帝国の聖女候補ということであったな」

「はい、陛下。そのこともあって、私と異なり神学部に在学しております」

「それで、交流はあるのか?」

「いえ、陛下。学部が異なりますのであまり交流はございません。私も彼女も勉学が忙しいもので」

「女子大での学習は、それほど厳しいのか」

「はい、授業外でも相当予習復習しないとついていけません」

「では、カトリーヌとはあまり会話していないのだな」

「ええ、たた彼女も祖国でそれなりの立場がありますから、顔を合わせれば少しは会話はいたします」

「ふむ、それで」

「会話から判断する限り、カトリーヌは純粋に宗教的理由で女子大に留学しているようです、それに……」

「それになんだ、オクタヴィア」

「カトリーヌはアン大聖女様を尊敬、いや、崇拝しているようです、陛下。帝国の大聖女様に害をなす行動に大変憤慨し、ノルトラントに帰化申請をいたしました」

「ははははは」

「女子大の教員たちはなんとかカトリーヌをなだめたのですが、カトリーヌは帰国したらクーデターを起こし、帝国を崩壊させ、ノルトラントに帰属させると息巻いていたようです」

「うむ、そうか、そなたから見て、本気か?」

「はい、陛下。少なくともその騒ぎを起こしたときは、本気であるように見えました」

「うむ、わかった。ヴァルトラントにステファン王子と大聖女様をお迎えするのに、カトリーヌは使えるかもしれん。ただ、その本心が確実にわかるまで、我々の計画に迎え入れるのはひかえよう」

「承知いたしました、陛下」

「あと一つ、オクタヴィアに聞いておきたいことがある」

「はい、陛下」

「うむ、ゲオルグ」

 父は外務大臣のゲオルグに質問を促した。

「オクタヴィア殿下、最近、大聖女様のおそばに常に仕えている人物がいるとか」

「レイコ様のことでしょうか」

「レイコ殿と言われるのか、1年ほど前に突如現れ、それからずっと大聖女様のおそばにいると聞いていますが、どのような人物なのでしょうか」

「その方ならやはり、レイコ様です。去年の夏の終わりに現れて、それ以来大聖女様のお近くでお仕事をされているようです」

「うむ」

「私もよくはわからないのですが聖女様と同じ黒髪をされています。お年は私より少し上に見えるのですが、何故か大聖女様やお仲間たちを『先輩』と呼んでいます」

「大聖女様と同じ出身地なのでしょうか?」

「いえ、ゲオルグ大臣、大聖女様はベルムバッハという農村の出身ですがレイコ様は『サッポロ』と言っておられます」

「サッポロ? 知らぬ名だな」

「私も調べてみましたが、そのような地名はみつかりませんでした」

「それで、どのような能力を持っているのだ、そのレイコという人物は」

「それがまた不思議なのですが、大聖女様と同じく自然科学にとても詳しく、大聖女様の科学の議論に参加できるほどです。ですから女学校や女子大でも授業を教えています」

「ほう、ではその能力故に大聖女様はおそばに置いているのだろうか」

「それもあるかとおもいますが、実はレイコ様が現れたとき、やはり黒髪の女の子3人も一緒にいたらしく、この3人も大聖女様は大切にされています」

「どうも謎だらけだな」

「よく考えるとそうなのですが、大聖女様やステファン殿下、そしてお仲間の方々もあまりに自然とレイコ様を受け入れているので、いつの間にか私達学生も気にならなくなっていました」

 ここで前宰相のディートリヒが質問した。

「もしやそのレイコ殿と、あのドラゴンと関係があるのだろうか」

「よくわかりませんが、レイコ様とルドルフくんは親しげではありました」

「う~む」

 父上、ゲオルグ大臣、ディートリヒ前宰相の3人共言葉を失ってしまった。私は、

「そのあたり、探ってまいりましょうか」

と聞いてみたのだが、父上は、

「いや、やめておこう。下手に大聖女様の周辺を嗅ぎ回って我が国の心証が悪くなってしまってもまずい」

とおっしゃった。ゲオルグ大臣、ディートリヒ前宰相も同じ考えのようである。

「わかりました。積極的な情報収集はやめておきましょう」

「うむ、そのようにしてくれ。ただしオクタヴィア、そなたはとにかく大聖女様をはじめとしたノルトラントの重要人物にはヴァルトラントの心証を良くするよう努めてくれ」

 もとよりそのつもりであったが、

「はい、心得ました、陛下」

と返事しておいた。

「うむ、たのんだぞ」

「はい、陛下」

「それはそうとだ、オクタヴィア」

 父上の言葉に、私は嫌な予感がした。

「はい、陛下」

「そなた、ノルトラント留学のもうひとつの目的、そっちのほうはどうだ」

 予感通り、その話になってしまった。

「もうしわけありません、陛下。勉学に時間がとられ、しかも女子大は王都の郊外にあるため男性との出会いはほとんどありませんでした」

「そうか、それはいかんな」

「はい陛下。これについては私も心苦しく思っております」

「まあ、気長にやっていくしかないか」

「申し訳ありません、陛下」


 こうして私と父上の面会は終わった。

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