第7話 戦争への道
昼食の時間になった。昼食に指定された場所は家臣が陪食するときのための食堂であったから、意外な気がした。父である国王への報告を兼ねた昨日の夕食の続きを昼食で行うということになっていて、昨日は家族だけでの食事であったからだ。
食堂へ行ってみると、外務大臣のゲオルグ、前宰相のディートリヒがすでに居た。
「オクタヴィア殿下、本日はお招きいただきましてありがとうございます」
ゲオルグの挨拶に、父が二人を呼んだことがわかった。ゲオルグは痩身高身長のオジサマで、私の留学のために骨をおってくれた人物でもある。
「お忙しい中、お越しいただきありがとうございます。おかげさまで勉学に専念させていただいております」
「殿下、お久しぶりにございます」
そう挨拶してきたのはディートリヒだ。
「こちらこそお久しぶりです。いかがお過ごしですか」
中肉中背の彼が、すっかりやつれたように見えた。
そもそもこの場に彼が呼ばれたことに、私は違和感を覚えていた。
ディートリヒは愛国者である。そのこと自体は間違いない。ただ彼が宰相として職務に邁進していた期間、運悪く不作の年が相次いだ。彼は苦労して外国、主に帝国から借金して食料の輸入に尽力した。しかし農業以外にろくな産業がない我が国は、不作が続けば債務は膨らむ一方であった。聞く話によれば彼は帝国からそそのかされ、軍部をまとめあげ開戦への道を走ってしまった。
先程の私の問いかけに対し、ディートリヒは力なく返答した。
「私はいわば国賊ですから、領地に帰りひっそりと暮らしておりました」
彼は終戦交渉が終わったあと、責任を取って宰相を辞任し隠遁生活にはいってしまっていたのだ。
そこへ父が入室してきた。母や弟もいる。号令がかかる。私も跪いて臣下の礼をとる。
「皆のもの、楽にせよ。席につき、食事としよう」
父は気さくな声で皆に命じた。
着席すると早速父は話を始めた。
「オクタヴィア、ここにディートリヒが居ることに驚いたであろう」
「はい、陛下」
「ディートリヒは自身を国賊などと言っているが、ディートリヒの政策を裁可したのは余だ。責任は余にあり、本当の国賊は余なのだ」
ディートリヒが口を挟む。
「陛下、そのようなお言葉は」
「よいのだ、将来の国政に深く関わるエルハルトとオクタヴィアには本当のことを知っておいてもらわなければならない。今日は食事をとりながら戦争へ至る道程、そして現状についてディートリヒとゲオルグに話してほしいのだ」
「はい、陛下」
「そしてエルハルトとオクタヴィア」
「はい、陛下」
「ディートリヒはもう表立って動くことはできない。また、今後帝国との関係が悪化した場合、交渉の窓口となっていたゲオルグは責任をとらされ、外務大臣の座から引きずり降ろされるだろう。ただ余としては、この二人の手腕、頭脳を手放すつもりはない」
「はい、陛下」
「ディートリヒとゲオルグは、政策顧問として宮廷に残ってもらう。ただ世間や外国からの批判もあるだろうから、具体的な役職は与えず、見た目としては失礼ながら落ちぶれた政治家として振る舞ってもらう」
父を含めた3人からの話は、恐ろしいものだった。
まず3年にわたった不作。備蓄の食料が尽きそうになり、父はディートリヒの進言を受け入れ、帝国商人からの借金を始めた。
「エルハルト殿下、オクタヴィア殿下、私としても気が進む話ではなかったのです」
ディートリヒは言い訳のように言う。
「帝国からの商人のうしろには、皇帝の意図が見え隠れしていました。返済が遅れれば帝国のは我が国を飲み込もうとしていると」
私はただうなずくことしかできなかった。
「もしも民が飢え、反乱でもおきればそれこそ帝国の思うツボです。反乱の鎮圧を理由に帝国軍が国内に侵入してくるのは目に見えていました。ですから借金に借金を重ねるしかなかったのです」
私自身、少しずつ食事が簡素になっていくことから我が国の農業がうまくいっていないことはわかっていた。何年も夏の曇り空が多すぎたこともよく覚えている。
父が話を続ける。
「そうした中、毎年受け入れていた帝国の軍事顧問団が、恐ろしいことを言い出したのだ。それは魔物を軍隊に組み込むことだ」
またも私はうなずくことしかできない。
「その魔物を使ってノルトラントに進行し、食料を奪い、耕作地を奪ってこいと迫ってきたのだ。おそらく帝国からしたら、ヴァルトラントの勝ち負けはどうでもよかったのだろう」
「どういうことでしょうか、陛下」
「我が国が勝てば、安定した農業国ノルトラントにダメージが入り、我が国への貸出金の回収が見込める。また我が国が負ければ貸出金の回収が難しくなるから、我が国を併呑する気でいたのだろう」
「そうすると陛下、ノルトラントからの賠償金請求が少なかったため、我が国の寿命が伸びてしまったということでしょうか」
「そうとも言える。シモンの事件は、帝国は好機ととらえているかもしれん」
「それは……」
「戦後我が国がノルトラントと接近しているのは、帝国にとっては悪い話であろう」
「そうですね、陛下」
「であるからオクタヴィア、おそらく帝国は今後、我が国とノルトラントの外交関係が悪化するよう、ありとあらゆる手を打ってくると考えられる」
「はい、陛下」
「そこでなんだがオクタヴィア、女子大には帝国からの留学生、カトリーヌという者がいたな」
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