ある活動者の始まりの話

おむすび

第1話

 何か、何か成し遂げたい。


 誰か、誰かのために、役に立ちたい。


 文字を紡いで、誰かの心に響いて、それで救えたらいい。


 歌を歌って、誰かの心の琴線に触れて、生き方を大きく変えれたらいい。それで、絶望から救えたらいい。


 誰かを救いたい。


 そんな僕の思いも、自己満足でしかない。

 綺麗事を並べているだけだ。

 誰かを助けた、そういうことで、自分の存在価値を見いだしたいだけだ。


 悪く言えば、誰かの不幸から、自分の幸せを得たいだけだ。


 そんなことに気づいた。気づいてしまった。


 そんなエゴの塊みたいな思いを抱えた、汚れた自分を、僕は大嫌いだ。


 でも、きっと思いは嘘じゃない。

 自分を騙す理由がない。

 だから、「誰かを救いたい」って気持ちは、嘘じゃないんだと思う。


 それもまた、自己中だけど。


 僕は自己中な、至って普通の人間だー。


 ‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾

「はー、。」


 朝起きてスマホの通知を確認し、落胆した。

 今日もまた、通知は来ていない。


 僕は、いわゆる「歌い手」というジャンルでネットで活動している。


「歌い手」は主に、VOCALOIDの曲を歌い、それを「歌ってみた」として動画投稿サイトに投稿する人達のことである。


「昨日投稿したのに、何の反応も無い、。」


 言うまでもなく、自分は底辺歌い手だ。

 Xのフォロワーも二桁、YouTubeの登録者数も二桁の底辺の中の底辺だ。


「始めて二ヶ月だし、しょうがないよな、。」


 そう自分を納得させようと呟くが、納得は出来なかった。


 少なくとも人並みには歌が上手いという自信があったからだ。


 知り合いからは「歌上手いね!」とか言われるのと、三年以上VOCALOIDの曲を歌い続けてきたので、慣れているし、更に、ボカロは得意分野であったからだ。


「ブーブー」


「!」


 通知が来た!

 喜びで小躍りしたくなる衝動を抑え、スマホを見る。


 何故通知が来たのがわかったのかって?

 …。俺が独りだからだよ。

 正確に言えば、友達はいる。

 けれど、自分から連絡を取らないからほぼ友達の通知が来ることはない。

 だから、孤立しているような感じになっている。


 スマホをみると、案の定活動に関する通知が来ていた。


「うぽつです! 今回も良かったです!……。」


 そんな文面から始まり、十数行に及ぶ長文コメント。

 泣きそうだ。


 このコメントを送ってくれたのは「おさかなフィッシュ」さんという方だ。

 僕の数少ない登録者さんであり、普段からコメントなどしてくれて、多分僕のことを推してくれている方。


 そのコメントに、丁寧に返信を書く。

 日頃の感謝と、感想への感謝、そしてこれからも聴いてもらえるようにお願いする内容を綴った。


 普通なのだろうが、僕がこれだけ丁寧に返信し、リスナーを大事にするのか。

 そのきっかけは一ヶ月とちょっと前のある出来事が理由であったー。


[一ヶ月前とちょっと前]


『ちっ! なんで伸びねーんだよ!』


 僕は初投稿から二週間も経っているのにも関わらず、伸びない歌ってみたに対して悔しさの混じった怒りが込み上げていた。


 再生回数は十八、そのくせ、低評価三。

 高評価は零。

 普通に泣きたかった。


 自信があったからこそ、泣きたかった。


『なんでだよ、俺より歌下手くそな奴が俺より登録者とか高評価数上なんだよ!』


 理由はわかりきってる。けれど、やはり認められなかった。


 そんなとき、一通の通知が来た。


『コメントだ、!』


 そう、一件だけ、一件だけコメントが来ていたのだ。


 嬉しかった。

 というのも、コメントが来たことによって、これから自分の活動はもっと伸びるぞ、という期待が裏にはあったー。


 それから三日後。

 あれ以降、コメントはない。ましてや、高評価もチャンネル登録もない。


『…。ちっ、くそが!』


 正直、こんなにも甘くないものだとは思っていなかった。


『あー、もうやめちまうか。』


 そういって、アカウントを削除しようとした。


 だが、ここで消してはならないと、直感的にそう思ってしまった。

 どうしようかと、悩んでいると、ふと僕の活動を応援してくれていたリアルの友人を思い出した。


『流石に、あいつに言わないで辞めるのはだめか。』


 そう呟き、LI〇Eを開き、電話をかける。

 たったワンコールでそいつは電話に出た。


『おう、どした?』


『よう、久しぶり。実はさ、僕活動アカウント消そうと思っていて。』


『あー、そう言うだろうと思ってたよ。』


『は? なんで?』


『だって、お前のことだし結果出なかったから辞めるんだろ? 俺毎日お前のアカウント見てんだよ。わかるのに決まってるやん。』

 驚いた。

 意外と友達は、僕のことを理解していたようだ。


『…。よくわかったな。すげぇや。』


『伊達に三年間お前と仲良くしてないからね。』


『そうだよな。わかってるならいいや。そゆことで。』


『あー、ちょっと待って。』

 なんで僕を引き止める?

 お前になんのメリットもないだろ。


『…。なんだよ。』


『お前、コメントちゃんと読んだ?』


『は?』


『だから、コメントをちゃんと読んだかって聞いてるんだ。』


『…。読んだよ。』


『じゃあその人の名前は?』


『…。』


『ほらな、答えられない。お前、読んでないだろ。』

 図星だった。

 こいつはどこまで僕のことを理解しているのだろう。


『お前さ、何してんの?』


『…、は?』


『だから、お前は何をしてんだよ? 今いないフォロワーやら登録者やらのこと考えるよりも前に、今応援してくれているフォロワーを大事にしろよ!』


『…!』

 頭を殴られたかのような衝撃が走った。

 そして続けざまに


『一回でいいから、お前、コメントを最後まで読んでみろ。』

 コメント欄を開き、読んでみる。

 名前は「おさかなフィッシュ」

 およそ十数行からなる、投稿お疲れ様の言葉と、感想、そして、最後に記された文。


「私は一週間まで、人生もうやめにしようと考えていました。生きる希望が無くなったからです。ですが一週間前に貴方の歌に出会えて、聴いて、私はまた生きようという気持ちがが芽生えてきました! 貴方は私を変えてくれました、! 命の恩人です、本当にありがとうございました!」


『…。』


『読んだか? これでわかったか? お前の歌で、救われている人がいることを。』


『…。』


『これでよくわかっただろ。お前は、今、この人に必要とされている。未来のフォロワー達は呑気にTLを流し見しているだろう。どっちが大切か、今決めな。』


 答えはもう、決まっていた。


『ごめん、ありがとう。目が、覚めた。』


『…。』


『僕は、今のフォロワーを今大事にする。』


『…。』


『そして、僕は誰かを救う歌を歌いたい。いや、歌う。そのために、もっと、もっと真剣に取り組むことにするよ。』


『…。そうか。そうお前が決めたならいいと思うぞ。』

 _______________________________________________

 これが理由であった。


 そこから、一ヶ月間本気で取り組み、XとYouTubeのフォロワーと登録者が二桁に到達した。


 まだまだ底辺歌い手だけど、いつか、大きなステージに立つことを目標に、頑張ることにする。


 そして、自分の最大の願いは。


 君を救う歌を歌いたいー。

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