探偵専門学校ラブコメ推理学科
夜野 舞斗
プロローグ 探偵に誘われ
Ep.1 青春の終わりと靴下の謎(発端編)
誰か早く転生させてくれ、と。
トラックでも何でも突っ込んできて、僕を早く次の世界へ連れて行ってくれと。
中学最後の思い出作りで行われているグラウンドのドッジボールを木陰のそばで見ながら、願っていく。
もう後がないのだ。
「小木くん。その怪我、まだ痛むの?」
自分の絶望に浸っている時、こちらに走ってきたクラスメイトが一人。クラスでも随一の人気者でもある彼女。成績優秀でよく人のことを気に掛ける。おせっかいすぎるところがいいところの少女。
「あ、ああ、それよりも……水道のところに座ればいいのに」
「あっ、いや……。こっちでいいんだ……」
彼女は足を伸ばして、こちらを下から見つめている状態だ。謎のキラキラな目線が眩しすぎる。
こんなところで僕に構うなとも思いたい。ドッジボールをしている奴等が次々とこちらに嫉妬の視線を向けて。その間に女子が投げているボールになぎ倒されている状況だから。負けたら、僕のせいになる! アイツらが弱いのがいけないのに!
気持ちも知らない彼女はただただボヤく。
「本当小木くんも災難だよねぇ。異世界に連れてかれるところだったんでしょ?」
「人がトラックに轢かれたことに対しての表現がマイルドすぎない?」
「しかも、受験真っただ中のシーズンで? 結局、最後の最後まで試験日程間に合わなかったんでしょ?」
その通り。
だから疎外感を感じてしまうのだ。目の前に広がっているクラスメイトはほぼ、何処に進むのかが決まっている。未来が分かっている。
明日も卒業式で寂しいと泣けるのだろう。しかし、僕には感情が湧かない。
もういっそ今の現実から逃げてしまいたい、と。
ただただ楽観的な彼女は僕のそんなところを否定する。
「でも、本当幸運だよねぇ。トラックに轢かれたのに吹っ飛んで、骨がその辺折れるだけで済むなんて」
「そりゃ、そうだけどさ」
「命のありがたさを教えてくれたんじゃないかな。高校だって編入するって手もあるし、終わりなんかじゃないんだよ。人生、そんな簡単に終わったりしないよ」
少しだけ、ほんの少しだけ。彼女に助けられたような。
自分の悩みを少しでも聞いてもらうことが大切だったのだなと強く感じる。最中、呑気な彼女に思うことがあった。
「そういやさ、柴内さんは決まったんだよね? 何処の学校なの? やっぱ、あそこの県立高校?」
彼女はすっとこちらを見た後、首を横に振った。
「いや、そこじゃないんだ。そこは行かなかった」
「あれ、選ばなかったんだ……」
その後「私立の方にしたの?」と聞こうとして思いとどまった。もしかしたら彼女は何か諦めた事情があったのかもしれない。
変な詮索をして、最後、余計な嫌われ事をしても良くない。すぐに口を閉じて、彼女の顔から視線を外そうとした。
最中、眼に映ったのが彼女の素足だった。彼女は靴を放って、裸足をぶらぶらさせている。
「あれ、裸足……?」
彼女みたいな素行良好な子が白い肌の足をそのままパタパタ動かしているのが気になった。
「ああ、靴下破れちゃって」
「そ、そっか……」
話しているうちにオリエンテーションも終わり、午前中で放課後となった。
皆が明日の卒業式を期待していく。僕は教師にどの高校なら、通信制の高校にするのか教師と一通り話し終わって暗い気持ちで進んでいく。
僕はどうすればいいか判断に迷う。これはもう事故に遭う前からの性格だ。
皆が帰る中、僕だけはずっと部屋の中で思考する。
一人で。
誰も邪魔のない中で。
そのはずだったのだが。後ろでざざざざとやたらうるさい音がする。気付けば窓、黒板の下、皆のロッカーをジロジロ見ている人がいる。
「……あの、柴内さん?」
彼女は掃除用具のロッカーを片手で勢いよく閉め、そこに自身の手を挟んで「痛い!」と言ってからこちらに反応した。
「ど、どうしたの!?」
「それはそっちのセリフだよ……えっ、みんなが忘れ物をしてないかチェックしてるの?」
「ああ、ちょっと思い出を忘れちゃって……」
「思い出忘れたのに掃除用具箱は探さないでしょ。何の思い出よ」
「……あはは……あは……掃除中に野球やって、箒で窓ガラス割っちゃった思い出」
「何やってんだ……」
彼女はごにょごにょして、指をツンツンしながらも何かを喋り出す。
「いや……く」
「聞こえない。どうしたんだ? いつもの柴内さんは何処ですかー? おーい?」
「ごにょにょ……く、くつ……」
「くつ……ん?」
彼女は少し頬を赤らめて。腕を上下に振って、叫び出す。
「靴下が片方見つからないんだよぉ!」
その告白。卒業式の前に告白する輩もいようが。こんな告白をシチュエーションで受けるとは。よく見ると隣のクラスの男女の生徒が気まずそうに走っていった。
たぶん雰囲気をぶち壊しにしたのだろう。申し訳ない……のか。
取り敢えず、情報を聞いていく。確か、靴下は。
「破れたって言ってなかった? 捨てたんじゃないの?」
「いや、まぁ、だって品行方正な私が破れた靴下を持ってるだなんて……みんなに知られたくないじゃん? だって、このままだと卒業式前に靴下を失くした人ってレッテル貼られるんだよ?」
「僕の中では既にそうなったけど……」
「君は大丈夫だよ! そういうレッテル貼らないでしょ!」
いや、テンションが高い人だっていうのはもうレッテルに貼り付け済みです。手遅れだと思います。はい。
ただ、彼女の叫びように何だか余裕の無さも感じている。
確かに明日、何処かから彼女の靴下が出てきて。自分のものだとバレたら、笑い者になってしまう。僕は慣れているものの、そうでない彼女は違うのかもしれない。
「分かった。手伝うよ。何処に落としたのか、心当たりはないの?」
「ない! いつの間にか消えてた!」
「無くなったのに気付いたのは?」
「帰宅する前だね。自転車の鍵を取ろうとしたら、破れてない方がないのに気付いちゃって!」
「廊下に落ちてなかった?」
「いや、そんな訳……ううん、まぁ、そりゃあ、多少テンション上がって振り回したりしたけどさ……落ちてるはずは……」
見てこようと思い立つ。その姿でもうほぼ笑い者になっているのではないか。僕が調べても、既に処置の施しようがない気がするのだが。
こうして、僕は成り行きで校舎の中を探索することとなってしまったのだった。
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