室町マッスル無双 一休さん 【読切】

五平

屏風の虎

殿様は、いつにも増して退屈していた。今日の昼餉は精進料理で、しかも妙に薄味だったからだ。奥歯に詰まった豆腐のカスを気にしながら、彼はいつもの如く、一休を呼び出した。目の前には、名も知らぬ絵師が描いたという絢爛豪華な屏風。そこには、牙を剥き、眼光鋭く睨みつける、まるで生きているかのような猛虎が描かれていた。筆遣いの勢いからして、この絵師も只者ではないだろう。おそらく、描いている最中に筆が折れ、墨が飛び散り、しまいには半狂乱になって咆哮しながら描き上げたに違いない。そんな妄想が殿様の脳裏をよぎった。


「一休、屏風の虎を捕らえてみよ」


殿様は、これ見よがしに扇子で屏風を指し示した。いつもの禅問答だ。いつものように、一休は屁理屈を並べ、殿様はそれをさらに屁理屈で返す、という不毛なやり取りが始まるはずだった。しかし、今日の一休は、何かが違った。その瞳は、いつになくギラギラと燃え盛り、まるで火薬庫に火が付いたかのような、尋常ならざる気迫が漲っていたのだ。


「心得たァァァァァ!!!!」


一休の返答は、もはや人間の発する声とは思えなかった。それは、まるでゴリラとライオンと、さらに言えば戦闘機が同時に咆哮したかのような轟音で、部屋中の障子がカタカタと震え、天井の梁がミシミシと軋みを上げた。殿様は思わず耳を塞いだ。次の瞬間、一休の姿が視界から消え去った。彼の動きは、光速を超え、音速を置き去りにし、次元すら歪ませるかのような超常的な速さだった。


ドガァァァァァン!!!!!!


一休の拳は、もはや拳ではなかった。それは、重力と時間の概念を超越した、純粋な破壊の塊だ。それが屏風に叩き込まれた瞬間、部屋中に爆風が吹き荒れた。屏風は粉々になるどころか、原子レベルにまで分解され、その破片は宇宙の塵となって消え失せた。壁に掛かっていた掛け軸は燃え尽き、床の間の花瓶は蒸発し、殿様の頭の上からは屋根瓦がバラバラと降ってきた。

そして、その爆心地から、恐ろしい咆哮が響き渡った。


\ガオォォォオオオオオオオ!!!!!!/


それは、ただの虎の咆哮ではなかった。それは、太古の昔に地球を支配したティラノサウルスと、宇宙の果てから飛来したスペースタイガー、そして何よりも、一休の筋肉からほとばしるオーラが融合したかのような、途方もない轟音だった。爆煙が晴れると、そこには信じられない光景が広がっていた。粉砕された屏風の跡地から、体長5メートル級の巨大な虎が姿を現したのだ。その虎は、体毛が鋼鉄のように輝き、瞳からはレーザー光線が放たれている。尻尾はまるで巨大なチェーンソーのように回転し、背中にはロケットブースターまで装着されているではないか!


一休は、そんな異形の虎を前にして、口元に不敵な笑みを浮かべた。

「来たな、筋肉の幻影よ!!いや、もはや幻影どころか、筋肉の権化にして、筋獣の王!!」

一休はそう叫びながら、身につけていた袈裟を文字通り“爆破”した。その下から現れたのは、もはや僧侶のそれではない。それは、神話の巨人さえも霞んで見えるほどの、無限に隆起した超絶肉体だった。大胸筋は巨大な二つの惑星のように輝き、上腕二頭筋はマッターホルンとエベレストが合体したかのような威容を誇る。腹筋は鋼鉄の板が何重にも重ねられた要塞と化し、背中からは翼が生えている!否、それは翼ではない!鍛え上げられた広背筋が、あまりにも巨大すぎて翼のように見えているだけなのだ!


「いや、本物!?ていうか、何で虎がサイボーグ!?ていうか、一休、その筋肉どうした!?いつから翼生えた!?」


殿様は、もはや言葉を失い、口から泡を吹いて卒倒しかけていた。禅問答はどこへ消えたのか?なぜ本物のサイボーグ虎が、この部屋に?そして、なぜ一休は神と見紛うほどの筋肉を持っているのだ?彼の常識は、一休の筋肉によって粉々に打ち砕かれた。


一休は殿様の混乱を意に介さず、サイボーグ虎に向かって宇宙の法則をも捻じ曲げるかのような力強い拳を握りしめた。

「南無阿弥陀仏!!筋肉万歳!!プロテインは正義ィィィィィ!!!!」

一休の口から放たれたのは、もはや念仏ではなかった。それは、全宇宙の筋肉とプロテインを賛美し、自らの肉体に宿る力を無限に引き出すための、魂の雄叫びだった。彼は一瞬でサイボーグ虎との距離を詰め、その巨体を軽々と持ち上げ、そのまま必殺の「阿弥陀如来バックドロップ・アルティメットインパクト・ゼログラビティ・メガトンクラッシャー」を放った!


サイボーグ虎の重みが畳を粉砕し、床板を貫き、地盤をも揺るがした。部屋は崩壊し、城全体が激しく揺れ、遠く離れた隣町の住民たちも「大地震だ!」と騒ぎ出す始末だ。まるで天変地異が起きたかのような衝撃だった。


叩き伏せられたサイボーグ虎は、一休の圧倒的な筋肉の前に、搭載されたAIがフリーズし、レーザー光線が消え失せ、ロケットブースターが完全に沈黙していた。その威厳ある姿は見る影もなく、まるで生まれたての子猫のように、か細い電子音を漏らす。


「ミャ~ン…(ピッ…ピッ…)」

サイボーグ虎は、一休の足元で、完全に猫型ロボットと化していた。


一休は、銀河系の塵すら寄せ付けない完璧な肉体で立ち上がり、崩壊した城の瓦礫の中で、殿様の方を振り向いた。彼の筋肉は、朝日を浴びて神々しく輝いている。


「屏風の虎は幻、本物の虎はマッスルで掴め! そしてサイボーグ虎は、プロテインで屈服させよ!これが禅、いや、筋禅である!!」


彼の言葉は、もはや禅の境地を遥かに超え、筋肉の宇宙、プロテインの銀河系、筋トレの多次元世界を提唱する、新たな哲学の誕生を告げていた。殿様は、一休の言葉を理解しようと、ただただ口を開けて、宇宙の彼方を見つめるしかなかった。彼の常識は、もはや存在しなかった。彼の意識は、一休の筋肉によって、遥か彼方の宇宙へと旅立っていた。そして一休は、瓦礫の山となった城跡で、一人、雄々しくポーズを決めていた。

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