第17話 銃と日常の重み
森の朝は静かだ。鳥の声が時折響く以外、風が木々を揺らす音と自分たちの気配しかない。
焚き火の残り火に薪をくべながら、俺は膝に横たえた黒い銃を見つめていた。
軽いのに、ずっしりと重い。
不思議な感覚だ。持ち歩くだけで、昨日までの森での生活が変わってしまう気がする。
「……便利道具なんて言葉じゃ片づけられないな」
独り言をつぶやくと、近くで伏せていた母狼が片目を開け、こちらを一瞥した。
その視線には「わかってるのか」とでも言いたげな重みがあった。
ルナは無邪気に尻尾を振りながら、俺の足元で丸まっている。
朝の作業を終え、水を汲み、簡単な朝食を済ませると、俺は森の広場へ出た。
銃を抱え、深呼吸をひとつ。
「さて、実験してみるか」
昨日は壁を撃ち抜くことに夢中で、生活に使えるのかどうかまでは考えなかった。
でも、もし少しでも役立つなら、俺たちの暮らしはぐっと楽になる。
まずは焚き火。
レバーを引かずに魔力を込め、引き金を軽く引く。
――ボッ。
短い炎が銃口から吹き出し、積んだ薪に着火した。
火は一気に広がり、ぱちぱちと音を立てる。
「おお……便利だな」
だが、喜びも束の間だった。
火力が強すぎて、せっかく刺しておいた肉の塊があっという間に焦げ始めたのだ。
煙が鼻を突き、慌てて火加減を抑えようと水を出して消す羽目になった。
「……やっぱり加減が難しい」
次は水を冷やす実験。
桶に溜めた水に銃口を向け、氷のイメージを流し込む。
――コツン。
小さな氷塊が水面に落ち、ゆっくりと溶けていく。
すくって口に含むと、確かに冷たい。
夏場のコンビニで買った氷入りのペットボトル水を思い出す感覚だ。
「おお……これはいい」
だが氷の大きさを制御できず、桶の中にでかすぎる氷塊がどんと沈み込む。
勢いで水が跳ねて足元を濡らし、思わず舌打ちした。
「使えなくはないけど……調整できないと不便だな」
最後は風。
落ち葉が積もった場所に構え、軽く引き金を引く。
――フッ。
乾いた音と共に、落ち葉が一気に吹き飛び、舞い上がった。
その勢いで隣の木の枝が折れて、バサリと地面に落ちる。
「……やりすぎだ」
生活の便利道具どころか、むしろ破壊の道具にしかならない。
試すたびに、胸の奥に冷たいものが沈んでいく。
「これは……やっぱり戦うための武器、だな」
言葉にすると、余計に重みが増した。
母狼はそんな俺をじっと見つめ、何も言わない。ただ、その存在自体が問いかけのようだった。
実験を終えて、俺は銃を抱えたまま木陰に腰を下ろした。
額にはうっすらと汗がにじんでいる。慣れてきたとはいえ、魔力を流し続ければ疲労は溜まる。
「……戦うための武器」
そう呟いた瞬間、近くで母狼が立ち上がった。
森の奥を振り返り、静かに歩き出す。
「……狩りか」
ルナが尻尾を振ってついていく。俺も立ち上がり、銃を構えたまま後を追った。
森は深く、木漏れ日が斑に地面を照らす。
母狼の足取りは迷いがなく、やがて草むらの先で立ち止まった。
鼻先を低く下げ、息を潜める。
俺も思わず息を殺した。
視線の先に、小型の魔獣――角の生えたウサギのような獣が群れている。
草を食む姿は愛嬌があるが、その鋭い牙がただの動物ではないことを示していた。
母狼が一声低く唸る。合図だった。
ルナが飛び出した。小さな体が茂みを蹴り、獲物へ突っ込む。
魔獣たちは驚き、四方へ逃げ散った。だが、ルナは一匹を見事に噛み止める。
母狼も別の一匹を叩き伏せ、その首を容赦なく噛み砕いた。
残った一匹が俺の前に飛び出してきた。
「っ……!」
銃を構え、魔力を流し込む。
――ドンッ。
轟音と共に魔力弾が放たれ、魔獣の体を直撃した。
次の瞬間、肉片と血が飛び散り、獣の上半身が粉々に吹き飛んだ。
「……うっ……」
思わず吐き気を覚え、口を押さえる。
剣で斬るのと違い、あまりに一瞬で、あまりに残酷な光景だった。
それでも、倒れた魔獣の残骸を見下ろしながら、はっきりと思った。
「……使いこなせば、剣よりも狩りは楽だな」
威力が強すぎて恐怖すら覚える。だが、もし加減を学べば――これは圧倒的な武器になる。
胸の奥のざわつきを抑え込むように、俺は銃を握る手に力を込めた。
解体は慣れてきた。ナイフで皮を剥ぎ、肉を切り分ける。
血の匂いも、もう吐き気を催すほどではない。
切り分けた肉を収納魔法に収めると、母狼がゆっくりと近づいてきて、俺の肩を鼻先で押した。
「……わかってる。守るために、だ」
そう返すと、母狼は何も言わず森の奥へ視線を向けた。
そのときだった。
遠く、森の向こうに立ち昇る煙が見えた。
「……煙?」
ただの焚き火にしては濃すぎる。
街道沿いの集落か、野営地が襲われているのかもしれない。
ルナが耳を立て、唸り声を上げる。母狼もわずかに体を低く構えた。
俺は銃を握りしめ、目を細める。
「関わらなきゃ、楽に生きられる。……でも」
喉まで出かかった言葉を飲み込み、母狼と視線を交わした。
その瞳の奥に答えを探すように。
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