人造人間ペニオの冒険

美崎あらた

第1話 アルキメデス事件

 桜田ペニオは人造人間である。彼を生み出したのは悪の組織ではなく、一人の魔法使いであった。桜田ペニオは人造人間であり、培養槽で目覚めた時からすでに、身体は小学四年生くらいのサイズ感であった。見た目は子どもだが、それにしては立派なイチモツが股間に付いていた。それは創造主たる魔法使いのコンプレックスの裏返しであったのだが、そんなことをペニオは知る由もない。

 培養槽から出た時にはすでに、父親の姿は無かった。ペニオは他にやることも無いので人間界に混じって暮らすようになった。少々生い立ちは特殊かもしれないが、自分も立派な人間なのだ。その証拠に、立派なイチモツも付いている。ペニオはそう思っていた。


「おい、サトシのちんちんおっきなっとるで!」

 そう言ったのはクラスのお調子者、今西くんである。ペニオが同年代の股間を凝視したのは、それが初めてだった。宿泊学習でキャンプをした日の朝だった。爆睡中のサトシくんの股間は、たしかにもっこりと膨らんでいた。世に言う朝勃ちである。

「エロい夢見とるんかなぁ?」

 今西くんは探求心をあらわにしている。

「ふーん?」

 人造人間桜田ペニオは首をかしげる。

 小学五年生の秋ごろだった。早い子は精通している可能性がある。しかしまだ、何も知らない少年が大半であった。知らないは知らないのだが、己の股間がムズムズしてくるのは、どうやらイケナイことだというのはなんとなく皆わかっている。少なくとも、今西くんのように人の股間が膨らむところを大声で発表するのはよろしくない行為であると誰もが考えていた。なぜなら、己の股間がムズムズするのは決まって、スケベなことを考えた時だからである。そこには明確な因果関係がある。

 しかしながら、ペニオにはその実感も無かった。己の股間にぶらさがったそれとエロい夢との間に何らかの因果関係があろうとは全く思えなかったのである。


 桜田ペニオは正直な人造人間であった。その正直ぶりは道徳の教科書に載せても恥ずかしくないくらいのレヴェルである。彼がはじめて嘘を吐いたのは、中学二年生のある夏の日であった。

「桜田君のお父さんは、何してる人?」

 次の時間はプールの授業だった。クラスの男子たちはむさ苦しい更衣室で身を寄せ合ってもぞもぞ水着に着替えている。質問者は吉野君だ。彼の父親はベンチャー企業の社長らしい。

「ふつうに、会社員だよ」

 これが、桜田ペニオのはじめて吐いた嘘だった。ペニオは本当の人間になりたかった。それ故、己が人造人間であることは誰にも打ち明けていなかった。この時まで「あなたは人造人間ですか?」と単刀直入に聞かれたことは無かったため、嘘は吐かずに生きてこられたのだ。ムク。

「会社員と言ったって、いろいろあるでしょうよ」

「電機メーカーで、デジカメを作ってるんだ。最近はスマホが普及してるから厳しいっていつもボヤいてるよ」

 最近どこかの本で読んだ誰かの台詞そのままである。桜田ペニオの父親は魔法使いだが、そんなことは説明したって信じてもらえないだろう。ムクリ。

「お、おい。桜田君、それ……」

「え?」

 ムク、ムクリと。桜田ペニオの立派なイチモツが水着をぶち破って屹立していた。ぶち破ってというのは比喩でも誇張でもなく、真実であった。水泳パンツはウェストのゴムだけを残して布地は四散していた。ペニオのペニスの圧倒的質量に耐えられなかったのだ。

「まさか、俺のことをそんな目で見ていたのか!」

 吉野君がペニオを拒絶する。表情にはもはや恐怖の色が浮かんでいる。

「ち、ちがう!」

 桜田ペニオは普通の人間になりたい。同性愛者を普通ではないなどと言うつもりは全くないが、ペニオは人並みに女子が好きだった。断じて、クラスの男子たちの着替えを見て勃起したのではない。しかしペニオのそれはブオンブオンと風を切って揺れる。意に反して、まったく収まる気配はない。今や更衣室中の視線がペニオの男根に集中している。

 何を隠そう(いや、何も隠せてはいないのだが)それは初めての勃起であった。この時まで、ペニオにとっての勃起とは保健体育の知識だった。それは、理科の授業で物質の最小単位は原子であると教わったり、社会の授業で寛政の改革を行ったのは松平定信であると教わったりするのと同じくらいに、実感の無いものだった。何しろこの目で見たことが無い。いくら破廉恥なことを考え、桃色文献を参照しても、ペニオのペニスはピクリとも反応しなかったのだから。

「ちがうんだぁあああああ!」

 ペニオは羞恥に耐えきれなくなり、タオルでイチモツを隠し、それを抱えるようにして学校を飛び出した。半裸で街を駆け抜けるさまは現代のアルキメデスといった様相であった。


 嘘を吐くと鼻が伸びてしまう人形の話があったが、桜田ペニオはどうやら嘘を吐くと陰茎が伸びてしまう呪いにかかっているようだった。そのように、プログラムされている。嘘を吐いて人を欺くことに性的な興奮を覚えるとかそういうことではなく、嘘を吐けば彼の意思や感情に関係なくいきり立つのであった。それは本当の人間を目指す彼にとっては重大な欠陥であった。

 アルキメデス事件以来、桜田ペニオには変態のレッテルが貼られた。直接の目撃者も伝聞によってその噂を得た者も、彼を遠巻きにして関わろうとしなかった。誠実な人造人間である桜田ペニオは、公然に猥褻物を陳列する意図が無かったことを懸命に説明したが、誰も聞く耳を持たなかった。そもそも意図の問題ではなかった。ともかくイチモツのサイズが規格外であったのだ。馬並みを通り越して像並み。性的を通り越して暴力的ですらあった。

 そういうわけで桜田ペニオの中高時代は孤独であった。男子も女子も遠巻きにして近寄ってこない。ペニオはしかし過度に落ち込むことも無く、学業に集中することにした。嘘さえ吐かなければ、何も生活に支障はないのだ(と、当時の彼は思っていた)。そもそも学業こそが学生の本分であろうと真面目に考えた。友人や恋人がいない分、勉強に充てられる時間は他の同級生よりも多くなる。さらには筋力トレーニングにも励むようになり、ペニオは心身ともに壮健になっていった。

 並大抵の努力では入学することが適わない某国立大学に進学することによって、ペニオは中高時代の人間関係をリセットすることに成功した。

「あーあ、セックスしてぇなぁ!」

 このように言うのは大学で友人となった畑山である。大学デビューを目指して茶髪にしたようだが、その効果らしきものはまだ測定されていない。その性欲を少なくとも男性陣の中では隠そうともしないので、ペニオは彼を尊敬していた。

「ペニオはしたことある?」

「ないよ」

「童貞か」

「そう」

「彼女がいたことは?」

「ないね」

「そうか、見た目は悪くないんだがな」

 畑山もガールフレンドのいない童貞である点は同じはずなのだが、なぜか勝ち誇ったような表情を浮かべ、品定めでもするかのように、ペニオの容姿を上から下までじっとり眺める。

「俺より先に卒業するんじゃないぞ」

「ハハハ、それはどうかなぁ~」

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