納骨堂、雨の日曜日

@Azagthlove

第1話

鉛色の空の下、裸の木々ばかりの山間にその寺はあった。日に数本しか走らない電車と路線バスを乗り継ぎ、赤や黄の落ち葉に色付いた舗装道路を歩き続け此処に辿り着いた頃には辺りは薄暗くなり始めていた。

履き慣れない黒い革靴に足が痛くなっていたが後少しと気を奮い立たせ庫裏の呼び鈴を鳴らすと住職が現れた。大叔父の納骨の手続きに来た事を説明し遅い時間になってしまった事を詫びる。「お気になさらずとも大丈夫ですよ。愛造様には私も大変お世話になりました。この様な寒村までお出で頂き有難う御座います。どうぞお上がり下さい」と柔和な表情で居間へ案内された。窓から見える庭は暗く、窓に雨粒が当たり始めていた。


簡単な手続きを済ませると今日はもう帰る手段も宿もないからと住職の厚意で夕食を頂き、六畳の和室に案内された。明日中に帰宅出来れば明後日、月曜日からの仕事にも影響は出ないだろう。疲労を幾らかでも軽減する為にも今日は眠らなければ。


強い風雨に雨戸が鳴り深夜に目覚めた私は尿意を覚え、便所の場所を尋ね忘れた事に気付いたが直ぐに見つかるだろうと廊下に出て、遠くに響く雷鳴の中を歩いているとやがて此方へと向かって来る人影が現れた。住職かと思い声を掛けようと歩み寄る内、それが遠い昔に会ったことのある人物の老いた姿だと理解出来た時、私は叫んでいたが、大きな稲妻に掻き消されていた。稲光が照らし出した白い貌に映える紅い眼だけが暗転する中で灯り続けていた。


心配気な住職の声にぼんやりと目を開くともう昼である事を告げられ、今し方の悪い夢について子供みたいだと自嘲しつつも語っていた。私の話が終わるまで黙っていた住職が、この村に伝わる昔話の様だとそのあらましを教えてくれた。

曰く、この森の奥の湖沼の主は星々の世界から逃げて来た旧き支配者であり、死者を操るのだが、操られた者の眼は深紅になり、いあふたぐん等と訳の分からない譫言を繰り返す様に成るのだという。

晩年の大叔父は軽い痴呆や妄想と慢性結膜炎に悩まされ、屋敷で働いていた使用人達も薄気味悪がり、最期を看取ったのは独居となった事を心配して通っていた住職だったそうだ。

この村で生まれ育った大叔父、羊飼愛造は当然この昔話を知っていただろう。広い邸宅に独りで、無意識に口から出るふんぐるいむぐるうなふ等という譫言に、鏡に紅く染っていく自身の眼を見る不安や恐怖は如何程だっただろうか。

疲労の所為だろうか、もう昼だというのに暗い、濡れた風景の窓硝子に映り込む私の目は真っ赤に充血していた。

私もやがてああ成るのだろうか、あの大叔父の様に。

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